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またひとつ物語を


 不気味な色に染まっていた空が次第に元の色を取り戻し、辺りが盛大に沸く。

 ラピスの面々を始め、皇妃様やサンセールさんたちも嬉しそうに歓声を上げた。皇帝は荒れ果てた地面の上に座り込んだまま顔を俯かせたけど、その顔に確かな安堵が滲んでいるのは見逃さない。

 さっきまで武器を手に争い合っていた帝国兵と反帝国組織の者たちは、今や敵も何もなく互いに抱き合って全身で喜びを表現している。……こういうのは、何度見てもいいものだね。


 そっと森羅万象を解放してみても、もう暴れようなんて気はないようだった。

 ああよかった……まったく、生きた心地がしなかったよ。強固な封印の術式を五層くらいかけてやっと鎮められるなんて、どうなってるんだこの武器は。神さまの武器だから仕方ないと言えばそれまでだけど、僕だってそれなりに場数は踏んできてるはずなんだけどなぁ。



「はあ……疲れた……」

「グリモア博士、大丈夫ですかな? ただでさえ博士は先ほど……」

「ははっ、大丈夫ですよ。ゆっくり休めばすぐ元気になりますから。リーヴェとヴァージャ様、あとネコちゃんが戻ってきたら暖かく出迎えてあげてください」



 思わずため息混じりに呟いたところで、傍にいたサンセールさんが心配そうに声をかけてくる。正直、サンセールさんだってボロボロだ。さっきリーヴェに治療してもらったお陰で元気には見えるけど、鎧にも身体にも無数の剣傷が刻まれていて、見てる方が心配になる。


 リーヴェがネコちゃん――ええっと、ブリュンヒルデだっけ。あの子に乗って空に飛び立った後、王城はものの見事に崩れ落ちた。それまでは辛うじて支えてたんだけど、やっぱりヴァージャ様のようにはいかないねぇ。


 脱出の時から、帝国兵と反帝国組織の面々が敵味方関係なく協力してくれたお陰で、死者はほとんど出ていないとのことだった。まあ、例外もいるんだけどさ。


 ――謁見の間を脱出する際、あの男女二人……マックとリスティって言ってたっけ。あの二人が立っていた床が抜け落ちた。謁見の間は三階、四階ほどの高さがあった上に瓦礫と化した床と天井の崩落に巻き込まれたわけだから、余程の悪運の持ち主でもない限りは生きちゃいないだろう。

 かわいそうに……僕がヴァージャ様だったら助けてあげたのかもしれないけどね、生憎と僕は()()()()()だからね、神さまのような優しさは持ち合わせてないんだ。



 王城はすっかり瓦礫の山になってしまったけど、逃げ出した面々は落胆することなく、むしろ晴れ晴れとした顔をしている。その大勢の中にニザーを見つけた時は蹴り飛ばしてやろうかと思ったけど、死にそうなくらいゲッソリしてたから今はやめておいた。


 それにしても……ヴァージャ様は気にしそうにないけど、リーヴェは気付いてるのかな。きみたちのやり取り、今もまだ空に映ってて話してることも全部筒抜けなんだけど。あんなに大胆且つ熱い告白が世界中の人に見られてたと知ったら、リーヴェのことだから卒倒するんじゃないだろうか。ははっ、戻ってきたら(ねぎら)いついでにからかってやろう。



「……神さまを愛した人間と、その人間を愛した神さま、か。いいね、物語にするにはちょうどよさそうだ」

「は?」

「あははは、いやぁ、何でもないですよ。こっちの話です」



 不思議そうな顔をしてきたサンセールさんに誤魔化すように笑って、空を振り仰ぐ。青々とした空には、幸せそうに笑うリーヴェとヴァージャ様、それとじゃれつくネコちゃんの姿が映し出されていた。


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