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元恋人はメチャクチャ勝手な人


 自分の力を自覚してから早二週間。許可をもらえるか心配だったけど、ミトラはヴァージャを孤児院に置くことを快く了承してくれた。


 この二週間で孤児院に賊がやってきたのは二回ほど、どちらもヴァージャにひと睨みされて脱兎の如く逃げていった。何かしらの力は使ってたのかもしれないけど、ただ睨まれただけでガラの悪い連中が真っ青になって逃げていく様は、見ていてなかなかに愉快なものだったが、少し可哀想でもあった。


 今では、孤児院のガキ共もヴァージャにすっかり懐いて、アンは勉強も教えてもらっているようだった。

 あそこにはヤバい用心棒が居座るようになったという噂でも流れ始めたのか、賊はまったく姿さえ見せない。


 平和だ、実に平和な光景だ。

 けど、そんな平和で順調な時こそ何かしら起きてしまうもので。



「リーヴェ」



 孤児院の玄関先の掃き掃除をしていた時だった。耳慣れた、でも今はもうあまり聞きたくない声が鼓膜を揺らす。反応するかどうかわずかに悩んだ後にそちらを振り返ると、予想と寸分違わぬ姿がひとつ。



「……ティラ、何か用?」



 ほんの二週間とちょっと前まで婚約していたティラだった。本当に可愛くて大好きだったけどさ、よくこうやって顔出せるよなって思ってしまうくらいにはその気持ちも冷めつつある。……ああ、そういえばオレがあの話を立ち聞きしてたの、マックもティラも知らないんだっけ。


 ティラは腰の後ろで両手を組みながら、軽く上体を前に倒しつつ歩み寄ってきた。その仕種をされると豊満な胸元がより強調されてつらいんだって。オマケに顔はとびきり可愛いし、高い位置で結い上げられた青味の入った黒髪からは風に乗って花のようないい匂いまでしてくる。――ちがう、違う違う、そうじゃないだろ、目の前にいるこの女は事故に見せかけて人を殺そうとするような女だぞ、しっかりしろ。



「うん……あのね、リーヴェの作る料理が恋しくなっちゃって」

「……え?」

「最近、なんだか調子が出ないの。魔物討伐に行っても思うように力を出せなくて。リーヴェの作るごはん食べてる時はそんなことなかったのに」



 ……それは、たぶん料理の問題じゃなくて。ああ、そういうことか。

 神さまに教えられるまでは全然気づかなかったけど、あの頃はティラのこと大好きだったし、大体いつも傍にいたし、常時グレイスの力が彼女に対して発動してたんだろうな。教えられた時はおこがましいと思ったけど、ティラ本人の口からそう言われたら信じないわけにもいかない。


 なんて考えてると、ティラはオレの手をがっちりと握ってきた。ずい、と下から覗き込まれて思わず軽く仰け反る。



「だから、久しぶりにごはん作ってくれない? この通り、助けると思って! ロンプもヘクセも、わたしが秀才(グロス)だからマックとのことは大目に見てたのに話しが違うってうるさいのよ!」



 マックが率いるウロボロスはまだ発足したばかりだけど、いずれは支配地域を拡大していくつもりで集まってる謂わば精鋭の集まりみたいなクランだ。ティラは確かに強いけど、オレと離れたことで高まっていた力が失われたんだろう。マックのことはあのクランの女の子たちなら誰でも狙ってるようなものだし、ここぞとばかりにティラのことを攻撃してるんだろうな。


 でも、いくらオレでもそこまでする義理はないだろ、ないよ。あるわけないよ。あってたまるか。



「リーヴェ、そろそろあの子たちが起きる時間よ」



 そこへ、天の助けとも言える声が背中に届いた。いや、地獄からの使者だったかもしれない。

 肩越しに振り返ると、そこにいたのはミトラだ。穏やかに笑っているように見えるが、彼女はこうやってにこにこしている時が一番怖いんだ。


 ミトラは立ち止まることもなく傍まで歩いてくると、オレとティラとの間に強引に割って入ったかと思いきや、掴まれていた手を無理矢理に引き剥がしてしまった。



「ティラ、もうここには来ないでちょうだい。リーヴェにも会いに来ないで」

「な……ッ」

「ティラはマックの方がいいんでしょう? それなのに、この子をあなたの都合のいいように使われるのはごめんなの、……さ、戻るわよリーヴェ」



 静かに、それでいて有無を言わせぬ迫力を滲ませた一言は、あのティラでも呆気にとられて反論できないくらいだった。ティラは秀才で、ミトラは凡人(オルディ)だ、才能だけで言えばティラの方がずっと上のはず。それなのに一言で黙らせてしまうミトラはすごい、というか怖い。


 引きずられるようにして孤児院の建物に戻る道すがら、ちらとティラを振り返ってみたけど、その顔は――諦めたようには見えなかった。



「……何なのかしらね、この世界って。なんで才能なんてものがあるのかしら。どうしてリーヴェがこんな想いをしなきゃいけないのかしら」



 建物に入る直前で、先を歩くミトラがそんなことをぽつりと呟いた。こちらからは背中側になるせいで、彼女が今どんな顔をしているのかはまったく窺えない。けど、覇気のないその声を聞く限り、泣きそうな顔をしているような気がする。


 ミトラは凡人だけど、凡人は無能にも秀才にもなれない所謂“半端者”だ。落ちこぼれではないけど、優秀でもない。ゼロにならない代わりに十にもなれない位置づけだ。それがわかった両親に、彼女もまた子供の頃に捨てられたのだと聞いた。


 だからミトラは殊更、オレや孤児のことで胸を痛める。マックとティラのことを話した時、あまりにも怒るものだからヴァージャと二人で宥めたのはまだ記憶に新しい。



「……いいんだって、結婚前にわかってよかったんだよ。結婚してからだったら、むしろ立ち直れなかったかもしれないし」



 もし結婚してから「あいつ殺そう」なんて画策されてたら、立ち直れなかった気がする。今回は結婚前だし、ヴァージャがいたから落ち込むような暇もなかったし、まだ恵まれてる方だ。そう声をかけると、ミトラはこちらを振り返ってそっと笑った。納得とは程遠い様子だったけど。


 ……神さまが力を取り戻したら、この世界の在り方って変えたりできるのかな。あとで聞いてみよう。力が完全に戻るにはまだまだ時間がかかりそうだけど、その可能性があるなら今よりも前向きに協力したい。他でもない、こうやってオレのために心を割いてくれるミトラのためにも。



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