007『眠り姫』
「この日が来るのを長くお待ちしておりました。英雄ナイラムとその従者ナディーム」
六つの新たなオアシスを作り終え、ようやくナヴァルサの町を訪れた魔人ナイラムとナディーム少年。そんな彼らの到着を心待ちにしていた者がいた。この国の姫イリセアであった。
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ルザハーン国の第二王女イリセア。
またの名を眠り姫。
一日の三分の二の時間を眠り、活動するのは主に日が沈んでからという睡眠障害を持つ姫である。国民のほとんどが彼女の顔を知らず、また彼女も国民にはあまり興味がなかった。
彼女の主な活動場所は、夢の世界にある無限の図書館であった。その図書館には、様々な世界の過去・現在・未来が詳細に描かれた膨大な蔵書があった。彼女は、他に客の来ないその図書館の司書を務めていた。
夢は、夢である。
目を覚ますと、現実の光が、あっという間に夢の氷を溶かす。それゆえ、彼女は太陽を嫌い、日が沈むのを待って起きるようになった。それでも手元に残る夢はわずかであった。
彼女は目を覚ますと、すぐに枕元に置かれた紙にメモをとるようになった。そのメモの束は、やがて預言の書と呼ばれるようになった。
◇
―― そんな彼女が、ナイラムとナディームを出迎えるために、わざわざナヴァルサまでやってきたのである。それはルザハーンの者たちにとっても、只事ではない事件であった。
「お嬢さん、魔人である私が英雄で、ナディームが私の従者というのは、いったいどういうことかな?」
イリセアに対し、同列の立場からの言葉遣いで問うたナイラムに、反射的に刀に手を置くルザハーンの騎士たち。商会の応接室には、殺気が立ちこめ、ナディームは肩をすくめた。
「それはこれから貴方がほんの少し世界を救う活躍をし、そこにいるナディームがそれに協力するからよ。まだ少し先の話にはなるけど」
イリセアは、護衛の騎士たちを牽制し、ナイラムを値踏みするかのように、口元に手を置きながら、ニコニコと眺めた。
「世界を救うとは私らしくないな。いったい私に何を頼もうというのだ、お嬢さん」
「何も頼まないわ。すべては確定していることだもの。私がこの町に出向いたのは、物語の中の登場人物に実際に逢ってみたかったからよ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
ナディームは、まったく状況を把握できなかった。
だが、ナイラムは騎士たちの顔色の変化や、精霊の囁きから、彼女の言葉に嘘がないことは何となく察していた。
「……だとすると、この邂逅の場面も、その物語には描かれていたりするのかい?」
ナイラムの言葉には、イリセアは満足げに笑顔で応え、自らの夢の図書館の話を始めた。
◇
―― ナディームにとっては、すべてが衝撃的な話であった。交易国家であるルザハーン国の発展には、彼女の夢の記録が大きく関与しており、そして、この先に訪れる、些細な世界の混乱とやらにも、大いに驚かされることとなった。
「……これは責任重大ですね、ナイラム様」
「はっはっはっ、到底、私自身の物語には聞こえぬが、それはそれで面白い。その台本に乗るも乗らぬも私の自由意志だと思うのだが、果たしてそこにも神の摂理とやらは働くのかな。魔人であることの私に」
「そうですね。実際に魔人の方とお逢いするのはこれが初めてなので断言はできませぬが、再読した際には、その解釈がより良いものに変わっていることをお祈り申し上げます」
イリセアのその冷徹な言葉に、魔人として生まれて初めての身震いを覚えるナイラムであった。
Google Geminiによる図書館のイメージ




