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【アンチなろうテンプレ】ワールドエピックス World Epics  作者: エンゲブラ


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008 『吾空』

(……いったい何だ?)


まだ寝床に就いたばかりのはずなのに、室内が妙に明るい。抜けきらぬ疲労に苛立ちを覚えながらも、少年は目を開けた。すると目の前には、大きな太陽 ―― ならぬ、満ち満ちた月が浮かんでいた。


(まだ夢の中か?)


少年は、身体を起こした。

そこは雲海の上の景色であった。

星々もすぐそばで微笑んでいた。

風は完全にいでいた。


少年は、自分がまだ寝ぼけているのだと思った。

手足は確認できたが、どうにも質量が感じられない。

雲のすき間から地上を見下ろす。

そこには、今なお少年が眠っているはずの寺院と周辺の村落が、遠くまで見えた。



朝となり、少年はいつもどおり、他の沙弥しゃみたちと共に、武術の鍛錬をした。夢現ゆめうつつの中、身の入らぬ型に教官からの喝が入った。


「おい、知空ズィーコン! 朝から気もそぞろに、いったい何を考えておるのだ? 今日のお前はどこかおかしいぞ」


教官を務める兄弟子の吾真ウージェンが、少年をたしなめた。

知空と呼ばれた少年は、素直に昨晩の夢の話を兄弟子に始めた。


「―― ふむ、するとお前は昨晩、自らの肉体を離れ、空の上からこの寺院を見たというのだな。それは鮮明なものだったのか?」


「はい、それは非常にはっきりとしたものでした。私の知るはずのない、はるか上空からの景色です。そういえば、宝殿の瓦の一部が外れ、屋根に穴の出来ている場所が御座いました。あれは早めに修理した方が良いかもしれません」


「何、それは一大事ではないか。詳しい位置は分かるか。今すぐ、ついて参れ!」


吾真は、知空を連れ、宝殿へと走った。

教練をそっちのけに、他の沙弥たちを置き去りにして。



屋根の穴は、実際にあった。

二階の東側の角にあり、一条の光が差し込んでいた。

宝殿の東側には崖がそり立っており、外からは死角の位置にあった。


「お手柄だな、知空。これはあやういところであった」


褒められながらも、不思議な感覚におちいる知空。

そして、吾真よりも早く背後に忍びよる影に気づき、振り返った。


知空の反応に、階段から頭だけを出し、ふたりを覗き見しようとしていた方丈ほうじょうが、観念したように姿を現した。


「鋭い沙弥だな。たしか……知空であったか」


「おお、これは住持じゅうじ様。何ゆえ、かような場所に?」

吾真が、方丈(=住持)に質問した。


「なに、お前たちが急ぎ駆けているところを偶々(たまたま)見かけてな。後をついてみれば……うむ、まさか宝殿の屋根に穴が空いておったとは」


「こ、これは……ですね。―― 」

吾真が、事のいきさつを方丈に説明した。


「―― ほぉ、それは面白い。すると昨晩、知空が見た夢の景色が正夢であったというわけか……いや、この場合、正夢とは言わぬか」


「(そんなことよりも)住持様、あのじょうはいったい、どういったいわれの物に御座いますか?」


穴から差し込む光が、照らし出す一本の杖。その杖に、運命的な何かを感じ取り、魅入られる知空。失礼を承知で、方丈に直接質問した。


「ふむ、どれどれ……」


吾真は内心、冷や汗をかいたが、方丈は気にも止めず、杖の立てられた場所まで向かい、手に取った。


「何の変哲もない、ただの杖だな……なぜ、このような物が宝物殿に……分からぬが、これが欲しいのか、知空とやら」


方丈の思わぬ言葉に目を見開く、知空と吾真。


「は、はいっ!」


知空の即答に、唖然とする吾真であった。



教練に戻った知空と吾真。

知空は、目を輝かせながら、ゆっくりと杖の使い心地を確かめた。


見るからに年季の入った古びた杖を、周囲の沙弥たちは笑ったが、やがてすぐに黙らせることとなった。ひと振りごとに風を切る音が変わり始め、やがて皆を後退あとずさりさせた。


「まさか目覚めている今も……見えているのか、知空?」


「はい……」


「悪いが、その杖を私にも貸してはくれぬか?」


見る間に洗練されていく知空の動作に鳥肌が立ち、思わず杖の借り受けを要求する吾真。


受け取った杖は、吾真の予想に反し、異様に重たく、通常の三~四倍ほどの重量があった。知空を真似て、杖を旋廻させようとすると、案の定、その重さと遠心力に負け、すぐに手放すこととなった。


(重さにも驚いたが、特筆すべきはやはりけんの能力か)


杖を拾い上げ、何事もなかったかのように、再び演舞の型を始めた知空の姿を見て、吾真は確信した。元々、才を感じさせる動きをしていた知空であった。しかし、この度の俯瞰ふかんの目の覚醒は、彼は一気に開花させることとなったようである。


(……今後は、私が彼に教えを乞う立場になりそうであるな)


吾真は、天才の覚醒の瞬間に立ち会えたことに歓喜し、天に感謝の意を示した。


―― 程なくして、知空は方丈より、吾空の名をたまわることとなった。


挿絵(By みてみん)

Google Geminiによるイメージ。

【知空と寺院】知空のモデルは、いわずもがな、孫悟空である。後に斉天大聖を名乗る石猿だが、岩(仙石)から天地の精気を受けて誕生したという設定は、ドワーフとも酷似するため、本作では人間として登場する(実際の出自は不明)。


寺院のモデルは、もちろん少林寺だ。沙弥は、仏門に入ったばかりの少年僧たちを言い、得度とくどに至ると晴れて童僧となる。Geminiによる画像生成では、すでに皆が童僧の風格だが、実際にはもう少し幼い年齢であると推測される。教官である吾真は、武僧の立場にある。


住持と方丈。住持は正式な場における寺院の最高責任者の名称。方丈は親しみやすい呼び方として、弟子や身内が使う(方丈は住持の寝所としても使われる)言葉。吾真が、方丈を住持呼びしたのは、その距離感がまだ遠いことを意味する。


方丈は、杖の異様な重みの由来も実際には知っているが、ここでは敢えて「何の変哲もない」と答えている。

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