006『レオナスとバシール』
褐色の肌としなやかな肢体を持つ人々が住まう大地で、ひとりの舞踊の天才が生まれた。名はセクー。若くして獅子も狩る勇敢な戦士である。
低く、大地の鼓動を思わせる太鼓の競演に合わせ、中央で舞う男がいる。セクーである。新たな種を撒き、豊饒を願う舞。この不毛の大地では、無謀とも思える行為であったが、神は彼の味方であった。
セクーが舞った大地には、早くも芽が顔を出す。セクーの舞は、この星の歴史の中でも、あまり見ることのない独創的なものであった。南の大地の神はそれを気に入り、寵愛した。
セクーには、ティナシェという妻がいた。
ティナシェは、呪術師の娘であったが、歌謡に非常に優れていた。風を呼ぶ節、雨を呼ぶ節、人間のみならず、この世の生命のすべての魂を揺らす彼女の歌声は、無論、神のお気に入りであった。
セクーの舞に合わせ、ティナシェが歌う。
雨のほとんど降らぬ大地に、黒雲が立ちこめる。ポツポツと水滴が地面に染みこみ、それに合わせ、大地を緑が覆い始めた。
セクーとティナシェの夫婦は、やがて村長から族長へ。族長たちを束ね、地域の王となった。彼らは、神に捧げる歌と舞踊を忘れなかった。一族は長き繁栄を遂げることとなった。
◇
明かりの少ない夜の王宮。
満天の星空の下、庭園に出る段差に腰掛け、話し込む少年がふたり。
「―― なあ、ここ最近の西岸の干ばつをどう思う、バシール?」
「どう思うとは、どういう意味ですか?」
「神はそろそろ我々を見放そうとなされているのではあるまいか?」
「何か心当たりがおありなのですか、レオナス様」
「えっ、俺のせいだとでもいう気か、バシール? 神に怒られるようなことを神に誓ってしていないぞ!……ん? いや、父や母、弟たちにはいたずらもしたかもしれんが……」
「飽きてきているのかもしれませんね」
「そう、王宮の中でだけの生活には、もう俺もうんざりだ。他の子たちのように外で狩りの練習でもしたいところだが……」
「いえ、貴方様のことではなく、神の話です」
「え、神が飽きているというのか? いったい何にだ?」
「我が国の舞踊と歌にです」
バシールの指摘に、目を見開くレオナス。
レオナスは、セクーとティナシェの子孫で、当代の王セファールの長子。バシールは、その補佐を務める宰相の息子であった。ふたりは、この部族連合国家の次世代を担う少年たちであった。
「……たしかに、この長きに渡る繁栄の中、セクーの舞とティナシェの歌は形を変えずに守られ続けていると聞くが……なるほど。ずっと同じでは、たしかに神が飽きてしまうというのも納得の出来る話だ」
「豊穣を祈るにせよ、戦に勝つにせよ、毎度毎度同じ歌と舞いでは神も興が乗りますまい。我々自身のためにも、そろそろ新たな舞や歌を考える時が来ているのではありませぬかな?」
◇
翌朝、王に前夜のやりとりを報告するレオナスとバシール。バシールの父である宰相は眉をしかめたが、王のセファールは手を打って、それを褒めたたえた。
レオナスとバシールは、新たな音楽と舞踊を探すを命じられ、護衛を伴い、諸国を旅することを許された。
ふたりは歓喜し、王宮の庭先で踊り、歌った。
王国には、久しぶりの雨が降ることとなった。
Google Geminiによるイメージ
【神は本当に彼らの歌と舞踊に飽きていたのか?】
―― 結論からいえば、飽きていた。
バシールが的確にそれを指摘したのは、神が彼にお告げを与えていたためであった。いつか外の世界を眺めてみたいと考えていたバシールからしても、これは渡りに舟のお告げであった。
レオナスとバシールの歓喜の姿に雨が降ったのは、心の底からの喜びの舞であったため。しかし、この雨によって、旅の支度の期間中、「外遊は不要」と、ずっと宰相からの反対に遭うこととなったのは、また別の話。




