002『火霊に見放されしドワーフ』
一本の剣を手に取り、刀身をしげしげと検める男。筋骨は隆々としており、2メートルにも近い、鬼をも想起させる偉丈夫である。
「そちらはストンヴァルドの名工、グロイン・ハルドスパインの手による逸品に御座います」
従業員のひとりが、手揉みをしながら、男に近づく。
「……偽るでない。ハルドスパインはハルドスパインでも、その子ドルンの作であろう、これは」
低く響く声で、一瞥もくれず、従業員を嗜める男。
◇
店内に展示された武具のひとつひとつを念入りに検める大男。いつしか、店にいるすべての人間が、男に近づき、その鑑定に聞き耳を立てていた。
「―― ほぉ、それはドワーフの手によるものではないというのか。よく鍛えられた鉄槌に見えるが、なぜドワーフ製でないと分かる?」
見るからに育ちの良さそうな、身なりのいい金髪の青年が、男に問うた。
「……ドワーフが叩いた鉄には、必ず火の精霊の痕跡が宿る。ドワーフの鍛冶は、職人と精霊との共同作業によって成り立つ。ゆえに焼き付く火紋にも、それぞれの個性が如実に顕れるものであるが、この鉄槌には精霊が手伝った真火の痕跡がない。悪くない出来ではあるが、これがドワーフの手による作ということもあるまい」
客の間で、感心の溜息が漏れた。
そして、従業員たちは頭を抱えた。
ここは帝都随一の武具の買取販売店であった。一流の武具しか取り扱わぬことを誇りとしている帝室御用達の名店。従業員たちも一流の目利きを自負していた。しかし、男の言葉には、ひとつひとつに説得力があり、反論の余地もなかった。
「それにしても貴兄はなぜ、その火の精霊の痕跡とやらを見分けることが出来るのだ? この店にいる一流の目利きたちにも見極められぬ痕跡を人の身でありながら?」
火霊の痕跡を見極められるのは、ごく限られた存在のみであった。魔導に精通する者か、火属性を持つ人族以外の何かでなければ、通常、分かりえぬものでもあった。
「それは……私もまたドワーフであるからだ」
男の言葉に、店内がどよめいた。
「なっ、馬鹿な……低身長ばかりのドワーフたちの間に、君のような大男がいてたまるか。たしかに君が持つ屈強な肉体はドワーフたちのそれにも近いが、どちらかといえばオーガ……あっ、いや、しかし……」
「我が名は、ストンヴァルドのバルグ。ドワーフに生まれながらにして、この異常なる巨躯。里に住まう火霊たちからも愛されることのなかった鬼子である」
青年の失言にも、慣れた風に気にも止めず、名乗るバルグ。
「ほぉ、何やら訳ありようだな……。君はいま、いったい何をして暮らしておるのだ? 戦士として活躍する気があるのなら、我が国で召し抱えることも吝かではないぞ。辺境の小国ではあるが、出来得る限りの待遇で迎え入れよう」
金髪の青年からの思わぬ提案に、わずかに眉を動かすバルグ。
「悪くない提案だが、私はまだ旅の途中だ……この旅で何も得るものがなければ、あるいは貴君を頼ることも考えよう」
「旅の目的は、いったいなんだ?」
「……火霊を探している。私に見合う火の精霊をな。ストンヴァルドには私の膂力に見合うだけの真火を放つ精霊がいなかったゆえ、他のドワーフの里や砦を訪ねる旅を続けている」
「なるほど。だが、君たちの種族は人里には現れず、里に籠り切りが常であろう。取引のある商人たちなどから探らねば、見つけることも叶わぬと思うが、当てはあるのか? もしかしてだが、ドワーフ間では横の繋がりがあったりもするのか?」
「……ないな。だからこうして、まだ見ぬ真火の痕跡を求め、旅をしているところだ」
「なるほど、なるほど。では、この剣などはどうだ?」
金髪の青年が、自らの腰に佩いていた剣をバルグに差し出す。それを無言で受け取るバルグ。そして、しばらく舐め回すように見つめたかと思うと ――
「い、いったいこれをどこで手に入れた! このような深く黒き真火の痕跡を私はこれまでに見たことがないぞ! どこのドワーフの作なのだ! どうか私に教えてくれっ!」
感情を露わにしたバルグの懇願は、店内を地鳴りさせた。彼が持つ巨体の重力がさらに増し、怒気を孕んだ大岩のように、近くにいた者たちを震え上がらせた。
「黒き真火か。まさにバルグの名に相応しい炎ではないか。……これはもう天啓であろうな。ちょうど私も今しばらくすれば国に戻る予定だ。ついて参れば、隠し砦の場所を知る者も紹介しよう」
青年の天啓という言葉に、目を見開き、生唾を飲み込むバルグ。
「時に……貴公の名を教えてもらいたい。君はいったいどこの国の何者なのだ?」
「ああ、これは申し遅れた。我が名はレオナール・ヴェルノア。遠く南の山脈の麓にあるヴェルノア公国の第二公子だ。今後の委細については、この後、酒場で語り合うとでもしようか」
Google Geminiによるイメージ
【ドワーフの話】
ドワーフの語源は、古ノルド語のdvergrに遡る。もともとは「岩と金属の精霊」として北欧神話に登場し、神々の武具を作った存在として知られる。
例)ミョルニル(雷神トールのハンマー)、グングニル(オーディンの槍)等
背丈は120~140cm前後とされるが、頑強な肉体を持ち、250~350年ほど生きるとされる。だが、本編で登場するバルグは2m近い巨人であり、まさに鬼子ともいえる存在。
ドワーフは、髭の編み込みの技巧によって、家系や流派を示す。バルグが髭を剃っているのは、火の精霊を操れず、一人前の鍛冶師に成り得ていない自分自身への戒めからきている。
ドワーフの髪や瞳が赤く見えるは、長時間、炎の近くにいることにより、焼けるため。
バルグの名は「黒き炎」を意味する。
彼が生まれたストンヴァルドの火霊は「青き炎」の精霊であったため、適合出来なかったと推測される。
―― ドワーフの生活様式などは、また別の機会で語るとする。




