010 『隕石』
それは、この旅で三度目の魔獣との遭遇であった。
公国の第二公子=レオナール・ヴェルノアには、三名の護衛騎士が付いていた。彼らは皆、ヴェルノア公国では上位を争う手練れであった。だが、それはあくまでも人間の中での序列。巨大な魔獣を相手にしたとき、技能を持たぬ者たちが立ち向かえるものではなかった。
過去二度の遭遇戦では、相手は共に魔狼。際どい戦闘ながらも、勝利を得ることができた。しかし、今回は三メートルを優に超える巨大熊が目の前に立ちはだかる。逃げるにも手遅れの距離に、レオナールを含め、皆が硬直する。
「ここ、私が参ろう」
背後から、彼らの前に躍り出たのは、こちらも巨躯のバルグであった。これまでの道中、バルグは客人の扱いを受け、戦闘には混ざってこなかったが、今回はそうも言ってはいられない。バルグ自身も、先の魔狼との死闘に自分が参加させてもらえなかったことに、内心苦笑いしていた。そのため、今度は気軽に前に歩み出たわけだが、レオナールは悲喜こもごもの表情でバルグに言った。
「……き、貴兄はまだ正式に我が国と契約を結ばぬ、いわば客人。であれば、道中の安全は我々の責、あっ! ―― 」
しびれを切らした巨大熊が、彼らに襲い掛かる。
バルグが、ハルドスパインの鍛えし自慢の大剣を抜き、巨大熊の一撃を受け止める。衝撃は、紅葉する周囲の木々から葉を散らし、秋の吹雪が始まる。―― かに思えたが、バルグは返す剣で巨大熊を撫で斬りにし、僅かひと振りで、この大敵を地に沈めた。
ドスーン!
バルグの斬撃に遅れて、無残にふたつに割れた巨大熊だったものが左右に倒れるその光景と平然とするバルグの雄姿に、レオナールと護衛騎士たちは、しばし、その場に立ち尽くすこととなった。
◇
「ん、何事だ、いったい?」
この丘を越えれば、いよいよヴェルノア公国領に入るという場所まで来て、気が緩んでいた公子の一行。丘の上に立つ三名の兵士の姿に、慌てて腰に下げし剣に、また手を遣る。
「あっ、これは公子様と騎士様方。それと……」
兵士のひとりがこちらに気づき、声を上げ、残りの二名も整列し、敬礼する。兵は、公国の下級兵士たちであった。
「こちらはバルグ卿だ。天をも覆う体躯を持つ巨大熊をも、一撃で撫で斬りにされる膂力を持つ英雄。此度、我らが公国の守護神となるため、はるばる帝都よりお越しいただいた御仁である」
(―― 私はいつから公国の守護神とやらになったのだ?)
胸を張って兵たちに、自身を紹介するレオナールの姿に、苦笑するバルグ。自分は、レオナールが持つ黒き炎を持つ宝剣を打った、ドワーフの隠れ里の場所を案内してもらうために付いてきたはずだが、この有様。だが、内心わるい気分でもないバルグであった。
「ところで、いったい何があった。こんな国境付近にまで出てきて」
護衛騎士のひとり、ハンスが兵に問うた。
◇
「……いったい何だというのだ、これは?」
眼前に広がる巨大な穴に、唖然とするレオナール一行。丘を越えて、すぐの場所にそれはあった。大地を抉るように、直径二十メートルはあろうかというボール状の凹みが、公国領内に出来ていたのであった。
「はっ、あの中央に見える岩が原因であると考えられております。昨夜、領都にまで響く巨大音がこの方角であり、捜索しましたところ、この大穴を発見いたしました。学者によりますとイン、石?と呼ばれる天空より降りし大岩であるとされ、この穴は、あの中央の岩が大地に落ちた時の衝撃で出来たものであると言われております」
「なんと、あれが隕石というやつであるのか! どれ ―― 」目を輝かせ、我先にクレーターに足を踏み入れようとするレオナール。
「お待ちください、殿下っ!」それを慌て、呼び止める下級兵士。「あの岩は非常に危険です。触れた者が皆、黒炎に包み込まれ、焼け死ぬという怪異が発生する呪われし、岩にございます。どうか、お近づきになさらぬよう!」
兵の忠告に、兵と岩を交互に二度見するレオナール。
「……ほお、黒炎とな。なれば、私の出番であろう」今度はバルグが前に出、レオナールの肩をそっと叩き、自身がクレーターを滑り落ち始めた。
「ま、待て、バルグ!原因の分からぬ炎でお前を失うわけにはいかぬ!戻れ!」
レオナールの呼びかけも虚しく、あっという間に中央の岩の前に立つバルグ。
「ほぉ、これは面白い」
躊躇なく、隕石に触れるバルグ。
刹那、全身が黒き炎に包まれる。
バルグの行動を見守っていた者たちが全員、一瞬硬直する。
「バ、バルグーッ!」数舜の間を置き、レオナールが叫んだ。
「ふははははーっ!」それに応えるかのように、今度はバルグが豪快な笑い声をあげた。
((((―― えっ?))))
皆が、バルグの予想外の反応に、狐に包まれることとなった。
Google Geminiによるイメージ。




