59 ノアと三年後7
妙な展開になってしまった晩餐会が終了し、アウリスと共に王宮を出ようとしていると、エントランスがざわざわしているのに気がついたライラ。
何かあったのだろうかと思っていると、人をかき分けるようにしてライラ達の前にやってきたのはオリヴェルだった。
「あっ、ライラちゃんやっと見つけられた! 迎えに来たよ」
「ありがとうございます、オリヴェル様。あの……」
晩餐会で何が起こったのかは、彼はまだ知らないだろう。けれど、どう話したら良いものか。
ライラがもじもじしていると、オリヴェルは小さく笑った。
「そこらへんにいる貴族達から話はだいたい聞いたよ。うちの当主が迷惑をかけてしまったようで、ごめんね」
「いえ……。マキラ公爵は、わたくしを助けようとしてくださったのですもの。むしろオリヴェル様にまで被害が及んでしまい、申し訳ありませんわ」
「ライラちゃんは優しいね。その場で誤解だと、断っても良かったのに」
そうしたい気持ちもあったけれど、帝国の怒りを買いかねない行為をおかしてまで、マキラ公爵が提案してくれたのだ。無下に断るわけにもいかなかった。
けれどオリヴェルが迷惑ならば、すぐにでも誤解を解くつもりでいる。それを伝えようと思ったところで、アウリスは握っていたライラの手を離した。
「ライラ、早く王宮を出よう」
そして今度はライラの腰に腕を回して、エントランスから出ようとするアウリス。
いつもはしない行為にライラは困惑した。これではまるで、恋人同士のようだ。
「おっ、お義兄様、困りますわ……」
「ライラを抱きしめていたって、兄としか思われないのに? それよりもオリヴェルと一緒にいるほうが、好機の眼差しを向けられるよ」
アウリスはなんだか怒っているように見える。今日の彼は、どうしてこんなにも感情の起伏が激しいのか。
彼の腕に押し出されるようにして王宮から出たライラ。離宮への道へ入ったところで立ち止まったアウリスは、「ごめん」と呟いてライラから腕を放した。
どう反応するべきか困ったライラとの間に沈黙が流れると、後ろからついてきていたオリヴェルがわざとらしくため息をつく。
「それで、晩餐会で何があったのか詳しく話してくれる?」
晩餐会前に挨拶をした皇太子が、お祭りで出会ったシグだったことから、全てを話したライラ。
それからアウリスは補足として、衝撃的な事実をライラとオリヴェルに話して聞かせたのだ。
「隠し部屋にあった手紙が、帝国からだったなんて……」
「黙っていてごめんね。ライラに余計な心配をさせたくなかったんだ」
ライラもずっと気になっていたけれど、結局は話が流れたような形で随分と月日が経ってしまっていた。
『ライラ・アルメーラ嬢を、妃に迎えたい』と短く書かれていた手紙。
アウリスはその筆跡を調べているうちに、帝国からの文書にそれとよく似た筆跡を見つけたのだという。
それからライラの両親が国外視察で訪れた国での行動記録を調べて、隣国である公国にて両親と帝国人が非公式に会っていたと思われる証拠を掴んだのだとか。
「そうなると、ライラちゃんのご両親の事故って……」
オリヴェルの呟きに、ライラはびくりと身体を震わせた。
帝国からの縁談を断ったことで、両親が殺された可能性もあるとオリヴェルは言いたいのだろう。
公爵夫妻が犠牲になった事故なので、調査は念入りにおこなわれたはずだけれど。
両親の事故が人為的なものだったかもしれないなんて、考えもしていなかった。
(わたくしを守るために、お父様とお母様が……)
耐え難い感情が溢れ出しそうになり、ライラが顔を歪めた瞬間――
ライラは、この世で最も暖かいものに包まれた。
それは毎日のように接している、ライラの安らぎ。
目で確認せずともすぐにわかる存在。
「ノア様……」
「ライラの帰りが遅いから迎えにきた」
振り返ると、思った通りにノアが微笑みかけていた。
ノアはライラを抱き上げると、アウリスとオリヴェルに視線を向ける。
「ライラに関する重要事項は、俺も知っておくべきではないか?」
「失礼いたしました、ノア様。離宮へ戻って、もう一度話し合いましょうか」
オリヴェルはそう提案すると、気分を変えるような口調で続ける。
「それにしてもノア様、気軽に離宮の外へ出ないでくださいよ。誰かに見られたらどうするんですか」
「ここは離宮の敷地内だし、夜だから良いだろう」
「ノア様の羽は、夜のほうが目立つんですけど……」
確かにノアの羽は幻想的な光を放っているので、夜のほうが目立つ。それでも彼は、ライラを心配して迎えに来てくれたようだ。
もしかしたら先ほどの感情が、助けを求める声としてノアに届いてしまったのかもしれない。
もっとしっかりとしなければと、ライラは気を引き締めた。





