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53.5

 セレナとの話を終えて、自室のドアノブを回したレジナルドは顔を顰めた。


「おはよう、レジナルド」

「おはようございます、殿下。鍵がかかっていませんでしたか?」


 ソファでくつろぐセドリックに向けたレジナルドの嫌味は、微笑みで黙殺された。


「はあー。お飲み物でも?」


 聞こえよがしのため息を吐いたレジナルドだが、セドリックを客人としてもてなす気はあるらしい。


「ああ。コーヒーと軽食を頼む」


 セドリックの返事を聞いてレジナルドはキッチンへ向かった。




 コーヒーとミルク、クラッカーとチーズ、スコーンとブルーベリージャム、カットしたオレンジがあっという間にテーブルに並べられた。


「簡単なものしか用意できず、申し訳ありません」

「いや、十分。一緒に食べよう、レジナルド」

「はい」


 二人きりなので、レジナルドに遠慮はない。


「セレナの様子は?」

「ご心配でしたら、ご自分の目で確かめられてきては?」


 レジナルドの言葉に、セドリックがため息をつく。


「意地悪だな、レジナルド」

「早朝から連絡もなしに部屋を訪ねてきた友人に、文句の一つも言わずに朝食を振る舞っている私のどこらへんが意地悪なのでしょうか」


 レジナルドはセドリックの顔も見ずに、スコーンにジャムをのせて口へ運ぶ。


「はあ。勝手に入って悪かった。これからは通信で連絡を入れてから来るよ。これでいいか?」


 レジナルドはゆっくりとコーヒーを飲み、それから口を開いた。


「セレナは元気です。殿下の魔力は抜けきっていないものの、魔力の流れは正常で、食欲もありました。少し腕に力が入りにくいようですが、痛みはないようです」

「よかった」

「セレナは殿下に感謝していました。自分の命の恩人だと。殿下が治癒のあとで倒れられたことも話してありますので、心配しています。セレナに元気なところを見せてあげてください」


 レジナルド言葉に、セドリックは顔をゆがめた。


「セレナに会うのが怖いのだ」


 セドリックの言葉に、レジナルドも顔をゆがめる。


「セレナはもう大丈夫です。殿下のおかげで腕の傷も目立たない」

「私のせいでできた傷なのだ。私が治すのは当然だ」

「殿下のせいではありません。悪いのは刺客です」

「私がセレナに心惹かれなければ、セレナが刺客に狙われることなどなかった」

「セレナは無事でした。傷はじきに消え、後遺症も残らない」

「心の傷は目に見えない」

「セレナは泣き虫ですが、強い子です。それに心の傷は見えることもありますよ。私には殿下の傷心がよく見えています」


 セドリックの皿の中身がほとんど減っていないのを見て、レジナルドはキッチンに立った。


「魔力の枯渇に必要なのは時間と休息ですが、食事もしっかりととられないと、魔力が戻っても体が動きませんよ」


 レジナルドが新たにテーブルに出したリンゴの蜂蜜がけを見て、セドリックは頬をゆるめた。セドリックの子供時代の好物だったからだ。


「ふっ。レジナルドには敵わないな」


 セドリックがリンゴにフォークを刺したのを見て、レジナルドは話を再開した。


「セレナのことが心配でしたら、早く刺客を、そしてドランの問題を解決してください」

「それは言われるまでもないことだ。私は夏にドランへ行ってくる」

「敵陣に乗りこんで大丈夫なのですか?」

「敵ではなく、婚約者のいる国だよ」

「そうでした」

「私もたまに忘れそうになるけどね」


 目が合った二人は苦笑し合って、コーヒーを口に運んだ。


「ところでアン嬢の匂いの件は何かわかったか?」

「いえ、あれ以上のことは何も訊き出せていません。セレナが目覚めるまではアン様に無理をさせたくないと、レオポルド様が」

「はあ。レオは過保護だな。ただ話を訊くだけなのに、どんな無理をさせるというのだ」

「まあ、それがレオポルド様でございますので。匂いの件はセレナに頼んでおきました。あまりいい返事はもらえませんでしたが」

「そうだろうな。アン嬢が魔力を嗅げると判明して、変身した刺客を見分けられるとわかったら、私たちがアン嬢に刺客探しをさせようとしているとでも考えたのだろう」

「違うのですか?」

「レジナルドまでそんな誤解をしていたのか。アン嬢に刺客探しなど頼んでみろ、レオにひどい目に遭わされるだけだ」

「では、アン様の能力を早く知りたがっていらっしゃるのはなぜなのです?」

「アン嬢は、血縁者は似ている匂いがすると言った」

「ええ」

「もしそれが事実なら、アン嬢をドランに連れていきたい」


 レジナルドが目を見開いて、セドリックを見た。


「そんな危険なことをレオポルド様が許すはずがありません」

「ドランは友好国だよ。それに私のドラン行きは決定している。同行者にレオを指名するだけで、もれなくアン嬢もついてくるだろう?」

「ふう」


 今日のレジナルドはため息ばかりついている。


「そうなったら、レジナルドも一緒に旅行ができるね」

「ええ。片道旅行にならなければよいのですが」




 食事を終えたところに、レオポルドが転移してきた。


「何を優雅に朝食などとっているのだ。もう時間だぞ」


 レジナルドが慌てたふりをして、洗面所へ向かった。


「レオ、挨拶くらいしなさい」

「レオポルドだ」

「はい、はい。レオポルド君、おはよう」

「ふん。いつまでこんなところで油を売っているつもりだ。王太子というのは暇なのだな」

「そうだね。魔法騎士で魔法省主任で二十四時間婚約者の監視をしている男よりは暇だろうね」


 レオポルドが魔力の風でテーブルのカップを倒したところへレジナルドが戻ってくる。


「レオポルド様、私の部屋を汚すのはおやめください。暴れるなら自室でお願いします」


 レオポルドがすぐさま風を治めたのを見て、セドリックが笑う。


「レジナルドが怖いのかな?」

「そ、そんなわけないだろ!! お前はセレナの見舞いに来たんだろ? 早く行って、早く城へ帰れ」

「今、カインに見舞いの品を取ってきてもらっているところなのだよ」

「ふん。何が見舞いの品だ。セレナごときにそんなものは必要ない」

「そうかな? レオポルドがセレナに気の利いた見舞いの品を贈れば、アン嬢がまあレオ様ってやさしいのね、とか言って喜ぶぞ」


 今晩、セレナが困惑するほどの見舞いの品をレオポルドが買って帰ることは明白である。


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