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 ラウルが訓練施設へ向かってからもうすぐ三週間になります。ラウルからのラブレターは日に日に文字数が少なくなっていき、昨夜はとうとう何も届かず、今朝ノートの中に『おはよう』とだけ走り書きされているのを見つけて、ホッとしたところです。

 再教育訓練も大詰めを迎え、その内容も激しさを増しているのでしょう。心配は尽きませんが、ラウル不在でも時間はすぎていき、図太い私は食欲の減退もありません。ラウルが戻ってきたときに元気な私で迎えることが、今の私の小さな目標です。


 カップの中の紅茶が空になりました。ラウルのことを頭の奥に大事にしまって立ち上がります。今日は悪魔と兄様が魔法省の記念式典へ出かけて不在の上、マーサさんがお休みなので忙しいのです。

 未だにお嬢様のお部屋にハウスメイドを入れることなく、私とマーサさんの二人だけで、お嬢様のお世話とお部屋の管理をしています。ジョシュア様の紅茶の件もあり、まだ当分、二人態勢が続きそうです。


 そのジョシュア様からいただいた紅茶ですが、混入していたのがソバの実の粉末とレモンのタネの粉末だったと判明しました。耳慣れないソバの実ですが、北方の国と東方の国ではメジャーな穀物らしく、栽培も盛んなそうです。そのソバの実ですが、栽培国では食用として愛されている反面、ごく一部の人間には毒となることもあるらしいのです。ジョシュア様のご領地で販売されている同じ紅茶を調べても、そのような混入は見つからず、どこでどうやってそんなものが入ったのかはまだわかっていません。


 授業終了の鐘が鳴りましたので、下校されるお嬢様のお迎えに校舎棟へ向かいます。心地よい新緑の風を感じて歩いていると、小鳥が集まる一本の木が目にとまります。グミの木です。

 我が家の庭のグミの木に登り、小鳥たちと競うようにしてグミの実を食べていたラウルを思い出します。真っ赤に熟れたグミの実で、赤く濡れたラウルの唇が艶めかしかったことまで思い出していまい、自分の煩悩を振り切るように足を速めます。


 まだ校舎に着いていないのに、お嬢様とギルバート殿下が護衛騎士と一緒に歩いてくるのが見えます。


「セレナっ」


 お嬢様が手を振って私の名前を呼びますが、まずは殿下に頭を下げます。


「殿下もちょうど帰られるところで、ご一緒してきたのよ」

「まあ」


 悪魔のいないすきにお嬢様を誘われるなんて、殿下は命知らずではなく、命いらずではないでしょうか。こんなことをしては、帰ってきた悪魔に身体も心も壊されてしまいますよ。殿下もこりない方ですね。

 

「殿下と下校時間が一緒になるのは初めてなのよ」


 悪魔が暗躍しているのです。


「普段は放課後、図書館で勉強されたり、生徒会室で仕事をなさったりしているのですって」


 寮に広くて静かな自室があるのに、殿下が図書館で自習されることに疑問は持たれませんか、お嬢様。それから生徒会の集まりは週に一度だけですし、基本的には昼休憩の時間に活動しているはずですよ。


「そうだったわ、セレナ」

「何でしょう、お嬢様」

「それがね、通信具が壊れたみたいなの。さっきセレナに通信しようと思って、魔力を流したのだけれど、つながらなかったのよ」

「まあ」

「セレナから通信してみて」


 お嬢様の通信具を揺らします。


「呼んでいますが」

「呼ばれていないわ」


 故障でしょうか。


「アン、歩きながら、話したら、いいと、思うのだが」


 お嬢様が歩き出すのを殿下がずっと待たれていたようです。


「そうですね。セレナ歩きながら話しましょう」


 お嬢様が私の腕に腕を絡めて歩き始めますと、殿下は不服そうな顔で後ろをついてこられます。私に嫉妬の目を向けないでくださいませ、殿下。


「今日は夜まで二人きりなのに、通信具が壊れてしまったなんて、不安ね」

「はい」


 本当にそうでございます。お嬢様に何かあったときに、悪魔を呼ぶことができないと困ります。


「私の通信具も壊れているのか、試してみましょうか?」

「そうね、そうしてみて」


 お嬢様が腕を離されたのを合図に、兄様の通信具を揺らしてみます。


「はい、レジナルドです」


 兄様が抑えた声で応答してくれました。


「セレナです」

「どうした? 何かあったのか?」


 兄様の後ろが騒がしいのは記念式典の最中だからでしょうか。兄様は出席されていませんが、悪魔の暴走ストッパーとして、近くに控えているはずです。


「実はお嬢様の通信具が壊れてしまったみたいなのです」

「ちょっと、待て……たしかにアン様の応答がないな」


 となりのお嬢様を見ても、通信具が鳴った様子はありません。


「こんな日にどうしましょう」

「今は一緒にいるんだな?」

「ええ、今から寮に戻るところです。ギルバート殿下と護衛の方も一緒です」

「護衛騎士が一緒なら、安心かな……とりあえず私たちが戻るまで、お嬢様から離れずに、部屋の中で待っていなさい。レオポルド様の体が空き次第、一度転移で戻ってもらうから」

「はい、わかりました」

「セレナ、気をつけろよ」

「はい、兄様」


 通信を切って、お嬢様を見つめますと、とても不安げにしていらっしゃいます。


「私の通信具は大丈夫でした」

「そうみたいね、どうして私のだけ壊れてしまったのかしら」

「それはわかりませんが、式典の合間にレオポルド様が戻られるそうなので、それまでは部屋から出ないようにとのことです」

「レオ様はいつ戻られるのかしら」


 無意識なのでしょう。お嬢様が耳の通信具をさわられます。


「ないと不便ですし、とりあえず私の通信具をつけられてはどうでしょう?」


 性能はまったく同じですし。


「でも……」


 迷われるお嬢様もかわいらしいですが、通信具には防御魔法もかかっていますし、やはりお嬢様につけていただきましょう。


「お嬢様、少しだけ、とまってくださいませ」


 足をとめられたお嬢様の耳に、私の通信具をつけます。


「ありがとう、セレナ」


 お嬢様の安全が第一でございますと、笑顔を作りますと、お嬢様も笑顔を返してくださいます。後ろで殿下が赤面されているのが目に入りましたが、見なかったことにさせていただきます。


 放心状態の殿下をおいて歩いていますと、急にお嬢様が私の腕をパシパシと叩かれます。


「セレナ、前!!」


 お嬢様に言われて目を凝らしますと、騎士服に身を包んだラウルが見えます。


「ラウル!!」


 ほとんど走るように、ラウルのそばまで歩み寄ります。


「ラウル」


 久しぶりなのに、ラウルが滲んでよく見えません。


「…………」


 ラウルが何も言わないのはなぜでしょう。ただ無言で私に両腕を広げています。お嬢様と殿下の前なのにと、頭の中では思いながら、ラウルの腕に手を伸ばします。




「レオ様!!!」




 お嬢様が悪魔の名前を呼ぶ声が聞こえた直後、灼熱の痛みに私は襲われました。


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