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「キャサリン様の話の続き、聞きたいでしょう?」


 お嬢様の期待をこめたまなざしに抗えるはずがありません。


「もちろんです、お嬢様」

「聞きたいですわ、アン様」


 悪魔たちがいなくなったので、マーサさんも会話に参加されるようです。女子会ですね。


「あのね、キャサリン様は王都から離れた場所に住んでいらして、初めて王都に出てきたのですって。だから入学式には間に合わなかったそうなのよ」


 悪魔の身体は一つしかないので、そういうことにしたのですね。

 お嬢様は口にされませんが、キャサリン様はバルドラ伯爵家の養女という設定です。老齢を理由に爵位返上を申し出ていらしたバルドラ伯爵の話を聞いた悪魔が、爵位返上を二年待つように伯爵を説得し、その名前を借りることも認めさせたのです。伯爵の元に有能なサターニー家の使用人を派遣し領地経営を手伝い、学園側には偽りの書類を提出しています。もちろん王家にも報告済みです。悪魔というのは自分の欲望のためには、手段を選ばないのです。


「だからね、今度、王都を案内するって約束したのよ」

「もう外出の約束までされたなんて、本当に気が合ったのですね」


 マーサさんはキャサリン様の中身を知らないので、純粋にお嬢様に友人ができたことを喜んでいます。しかし私にはお嬢様とデートしたい悪魔の欲望しか感じられません。女の子同士という設定で、常と違う距離感のいちゃいちゃを悪魔は楽しみたいのでしょう。私がこの企みを阻止しようと決意し、こっそりと拳を握ったことは誰にも気づかれておりません。


「キャサリン様もね、レイチェルのファンだったのよ」

「アン様の本棚に並んでいる本の主人公でございますね?」


 マーサさんはお嬢様の部屋で見かけるまで『レイチェル愛の日々』の存在を知らなかったそうです。元々、それほど売れているわけではない本ですから、知っているほうが珍しいのです。


「そうよ。だからね、私が入学式の朝にお兄様からかすみ草をいただいたって話したら、とってもうらやましがられたのよ。本当は見せてあげたいのだけれど、ここにはお友だちも入れてはいけないことになっているでしょう」


 マーサさんの頭上に疑問符が見えますので補足します。


「レイチェルは物語の中で、兄君から入学式の朝、かすみ草の花束をもらったんです」

「そうなのですね」

「マーサもあとで読むといいわ。貸してあげるから」

「……はい。ありがとうございます」


 マーサさんの表情が曇りました。きっと、読書が苦手なのでしょう。


「脱線してしまいましたね。キャサリン様以外にはどんな方と親しくなられたのですか?」


 盗聴器の向こうの悪魔のために訊いてさしあげましょう。


「伯爵家のマーガレット様よ。マーガレット様はね、とっても親切な方なの」

「まあ、よかったですね、お嬢様」


 同じ伯爵家のご学友は、一生のおつき合いになるかもしれませんから、大切にしていただきたいです。キャサリン様とは卒業を前にお別れしなくてはなりませんので。卒業記念の舞踏会にはお嬢様のパートナーとして悪魔が参加しなくてはならないので、キャサリン様は卒業目前に他国へ縁づかれることになっているのです。もちろん架空のお話ですけれど。


「どんな親切を受けられたのですか?」


 マーサさんの問いにお嬢様ははにかまれます。お嬢様のはにかみがマーサさんに伝染したのは言うまでもありません。


「えっとね、まず、そう、キャサリン様はね、お体があまり強くないの」


 あら? またキャサリン様の話に戻ってしまいました。


「それでね、お昼をご一緒したあと、急に気分が悪くなられて、救護室へ行ってしまわれたの」

「まあ」


 お嬢様が心配そうに声を出され、マーサさんも心配そうにしていますが、仮病ですから、心配はいりませんよ。

 悪魔はラウルと私を会わせてくれるために、学園の昼休憩のあと、変身魔法をといて転移で寮まで戻り、それからまた学園に転移して変身魔法でキャサリン様になって、お嬢様と一緒に下校してきたのです。

 救護室のとなりに悪魔専用の部屋が隠されていることをお嬢様はもちろん、学園生たちは知りません。その悪魔専用の部屋はバストイレ完備で、そこで悪魔は用を足しているらしいです。さすがの悪魔でも女性用のお手洗いへ入ることはできないのでしょう。そういう点でもキャサリン様の皮をかぶった悪魔は病弱なふりをしなければならないのです。


「それまでキャサリン様とずっと二人で行動していたものだから、一人になってしまったでしょう?」


 お嬢様、私たちに訊かれてもお答えできませんよ。見ていたわけではありませんから。でも想像はつきます。お嬢様を独占するために、キャサリン様姿の悪魔が暗躍していたのでしょう。


「それでね、それまでキャサリン様と一緒に座っていたから、一人になって淋しいなと思っていたの」


 学園には四人掛けの席が並んでいるだけで、席順は決まっていないのです。そのうちに何となく決まっていくのですが、授業初日ですので、まだ流動的なのでしょう。そして悪魔は巧みな話術か邪悪な魔術で、四人掛けの席をお嬢様と二人で使っていたのでしょう。


「そしたらね、ギルバート殿下が声をかけてくださったの」

「「まあ」」


 私とマーサさんの「まあ」は多分意味が違います。私は「まあ」のあとの「なんて危険な真似を」を呑みこみました。ギルバート殿下もキャサリン様の中身が悪魔だということはご存知のはずですのに、自分から火の中に飛びこむような真似をなさるなんて、あとでどんな目に遭っても、お嬢様と並んで授業を受けられたかったのですね。


「アン、ここが空いているよって、言ってくださってね」


 今、下の階から大きな魔力の揺れを感じたのは気のせいですよね。ギルバート殿下を守る任についている悪魔が、ただお嬢様を「アン」と呼び捨てにして、となりの席に誘っただけで、殿下を攻撃するなんてありえませんよね。万が一そんな事態になったら、兄様がとめてくれますよね。


「それでね、一人で授業を受けるのが不安だから、殿下のところへ行こうとしたの。そこにマーガレット様がいらしてね、ちょっとこちらへって、廊下に連れていってくれたの」

「……廊下、でございますか?」


 話の流れがよく見えません。廊下で何があったのでしょう。


「そう。廊下よ。そこでね、注意してくださったのよ」

「注意、で、ございますか?」


 何だか嫌な予感がしますが、お嬢様は大変うれしそうにお話しになっていますので、私も微笑みのままでうかがいました。


「そう、注意よ。初対面の私に言いにくいことを言ってくださったの。なんて親切なのかしらって思ったわ」

「……何を言われたのです?」


 それって本当に親切なのですか、お嬢様。


「婚約者のいる女性が、異性と二人きりになるのは許されないことでしょうって。あなたは婚約者が自分以外の女性と二人っきりになっても平気なのって。婚約者の気持ちを考えられないなんて、その頭はお飾りなのかしらって」

「「…………」」


 それって注意ではなく、嫌味ですよね? マーサさんと目を合わせて確認し合います。


「私はね、同じ机に座るだけなら、二人きりとは言わないと思っていたのよ」


 同じ机に二人で並んで座ったところで、教室にほかの生徒がいれば二人きりとは言いませんよ。マーガレット様に騙されておいでです、お嬢様。


「もしもマーガレット様が教えてくださらなかったら、私はレオ様に顔向けできなくなるところだったわ」


 お嬢様、大げさでございます。マーガレット様はただたんに、殿下に声をかけられたお嬢様がうらやましくて、そんな行動に出られたのではないですか?


「それでね、ご親切にありがとうございますって、お礼をしてね、これからも色々と教えてくださいねってお願いしたの。そうしたら、マーガレット様は、まあ、いいわよって。それでお互いを名前で呼び合うことになったの」


 どこらへんで友情が結ばれたのか、お嬢様の説明ではよくわかりません。それにマーガレット様はお嬢様に対してあまりにも上から目線ではありませんか? 同じ伯爵家でも、マーガレット様は名門伯爵家のご令嬢なのでしょうか。


「それでね、周りに誤解されないように、私も一緒の席に座ってあげるわって、マーガレット様がおっしゃって、マーガレット様が殿下のとなりへ座られて、そのとなりに私が座ったのよ」

「……では、三人で授業を受けられたのですね?」


 マーガレット様の目的はこれではっきりしましたね、とマーサさんと目で会話します。


「ううん。私たちが廊下に出ている間に、アーノルド様が殿下のとなりに座られていたから、四人で並んで授業を受けたのよ」


 アーノルド様は侯爵家の次男で、同じ年の殿下の幼なじみでいらっしゃいます。金髪碧眼でまだかわいらしさも残る童顔の殿下と、ダークブロンドに神秘的な真っ黒の瞳で、大人っぽい容姿のアーノルド様は、並ぶとため息の出る組み合わせです。未だ婚約者がいらっしゃらない殿下とアーノルド様が女生徒たちから熱い視線を向けられていることは間違いありません。


「それでね、授業のあとにマーガレット様がおっしゃったの。これからも殿下やほかの殿方に声をかけられたら、私に声をかけなさいって。とてもおやさしいでしょう」

「「……はい」」


 少々鈍感なマーサさんでも気がついたことに、超鈍感なお嬢様は気がつかれていらっしゃいません。


「素敵なお友だちが二人もできて、今日はとっても幸せな気分なのよ」


 キャサリン様が悪魔であることはもちろん、マーガレット様が殿下方とお近づきになるためにお嬢様を利用しようとしていることも、まったく気づかれていないお嬢様にかける言葉が見つかりません。


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