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「セレナ!!」


 興奮状態で学園から戻られたお嬢様が勢いよく駆けていらして、私の両手を取って飛び跳ねていらっしゃいます。


「セレナっ!!」


 お嬢様の後ろで、お嬢様の荷物を持って一緒に上がってきたマーサさんが呆気に取られているのが見えます。お嬢様は高揚されると周りが見えなくなるタイプなのです。


「お帰りなさいませ」


 お嬢様のハイテンションの理由は想像がついておりますよ。


「あのね、セレナ」

「はい、お嬢様」


 お友だちができたのですよね?


「!!」


 お嬢様が急に私の手を離して後ずさりされました。


「……お嬢、様?」

「…………」


 口元を両手で隠したお嬢様は、全身を高速で赤く染め上げました。 


「どうかなさいましたか、お嬢様?」


 唐突に何か恥ずかしいことでも思い出されたのでしょうか。挙動不審でもお嬢様の愛らしさは何ら損なわれませんが、何もおっしゃらないので気になります。そして私同様わけのわからないマーサさんは、きょとん顔でこちらを見ています。


「セ、レナ……」

「はい」


 お嬢様が言いにくそうにもじもじしていらして、とてもかわいらしいです。


「あの、ね……」

「はい」


 お嬢様が何やら真剣な目で私を見つめられます。しかも両手を胸の前で組んで、お祈りポーズです。お嬢様はこれ以上私をキュンキュンさせて、どうしようというのでしょうか。こういうとき、私は女に生まれてよかったと思わずにはいられません。もしも男に生まれていたら、お嬢様への叶わぬ思いを胸に抱えて、一生悶え苦しむことになったでしょう。


「その……」

「はい」

「ラウル様とお昼寝でもした?」

「へ?」

「……その、ね、セレナからラウル様の匂いがするから」


 私はお嬢様の言った言葉を理解するのを放棄しました。






 ドアがノックされて、私は現実に引き戻されました。目の前のお嬢様は先ほどよりも一段赤を濃くされて、その斜め後ろに立つマーサさんも赤面しています。

 重い身体を引きずって、ドアを開けると、兄様が立っています。


「アン様、レジナルドでございます」


 兄様は部屋の空気を爽やかに清浄するように、明るく澄んだ声を出しました。


「ええ、ごきげんよう」


 お嬢様は赤いお顔のままで応えられました。


「ちょっと、私用でセレナを借りたいのですが、今大丈夫でしょうか?」


 兄様の嘘はなめらかで、お嬢様に不審を抱かせません。


「ええ、もちろん」


 お嬢様は私に笑顔を向けてくださいます。


「では、マーサさん。お嬢様のお着替えとお茶をよろしくお願いします」

「ええ」

「では、失礼いたします」


 私が逃げるようにドアを閉めたのを見て、兄様が苦笑をもらします。


「セレナの部屋に行こう」


 私は兄様と一緒に自室へ入りました。


「言われなくてもわかっているとは思うが、レオポルドが怒っている」

「……はい」


 そうでしょうね。お嬢様に男女のことを連想させるようなことは慎めと、悪魔に言われたばかりです。盗聴していた悪魔が激昂する様が目に浮かびます。


「あの」

「ん?」

「ラウルの匂いがしますか?」


 恥を忍んで訊きます。


「それなんだよな。今日のラウルは香水もつけてなかったし、鍛錬もしてないから汗臭くもなかったろ?」

「はい」


 ラウルの体臭が私にうつっているなど、考えにくいのです。


「でもアン様が何かに気がついたのは間違いがない。実際、今日、セレナとラウルが会ったことをアン様はご存知なかったのだから」

「はい」

「それで、とりあえず、セレナに湯を使わせろと、レオポルドが私を走らせた」

「申し訳ありません」


 ただでさえ忙しい兄様の仕事を増やしてしまってばかりの不甲斐ない妹ですみません。


「では私は部屋に戻るから、セレナは匂いを落として、気持ちも落ちつかせてから戻りなさい」

「はい」

「それから……」

「はい?」


 兄様がまた何かを言い淀んでいます。それでも今度は話してくれるようです。




 湯につかりながら、兄様の言葉を頭の中でくり返し考えています。

 兄様が言いにくそうにしていたのは、私とセドリック殿下に関する噂のことでした。私と殿下が特別な仲なのだと、騎士の方々の間でまことしやかに囁かれているそうです。


「殿下が火消しに奔走されて、今は下火になっているが、その種の噂が完全に消えることはないだろう」


 男女の関係というのは、否定されればされるほど、疑いたくなってしまうものです。


「お前はラウルという婚約者がありながら、殿下にも色目を使う軽い女だと思われている」


 兄様の言葉は胸に刺さりました。


「アン様だけでなく、自分の身辺にも気をつけなさい」


 身持ちの悪い女性だと思われれば、心ない言葉を投げかけられるだけでなく、純潔の危険でもあると兄様は言いたかったのだと思います。

 色んなことが立てつづけに起こって、私はもがいてばかりいる気がします。ラウルがいない今こそ、私はしっかりしなければならないと、気合いを入れて立ち上がります。


 お嬢様がどうしてラウルと私が会っていたことに気づかれたのか、当初の問題を思い出しながら、私は髪の毛を乾かしました。


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