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32.5

番外編です。

 セレナがドアを閉めた瞬間にセドリックは肩の上のレジナルドの手を叩き落とした。


「不敬だよ、レジナルド」


 セドリックの口調は穏やかだが、目は笑っていない。


「それは大変失礼いたしました。殿下の動きが怪しかったものですから、もしかしたらドランの刺客が変身魔法で殿下になりすましているのかと思いまして、確認した次第でございます」


 レジナルドはしれっと嘘をつく。


「まあいい。今はそのときではないからね」


 セドリックの意味深な微笑みに、レジナルドは苦笑で返す。


「そのときは永遠にこないかと」


 黒い空気に包まれた二人だが、元々気を許したもの同士、いつまでもいがみ合ってはいない。


「ところでアルビン嬢はカインが気に入ったみたいだね」


 セドリックは面白そうに片眉だけ上げた。


「カイン様の好みからは百八十度逆の令嬢ですので、望みは薄いかと」

「では賭けないか?」

「賭けでございますか?」

「ああ。カインがアルビン嬢と結ばれたら」

「結ばれたら?」

「そんな顔しなくても、何もセレナを妃に寄こせなどとは言わないよ」

「では?」

「セレナとゆっくりデートでもしたいね」

「……私にそれを決める権利などないかと」

「レジナルドはただ邪魔しないでくれたらそれでいいよ」

「そもそもカイン様がアルビン嬢とどうこうなるとはとても思えません」

「ではレジナルドは二人が結ばれないほうに賭けるね?」

「お二人が結ばれなかった場合、殿下はセレナに近づかないと約束していただけますか?」


 セドリックの目が光ったのは、窓から差しこむ太陽のせいではない。


「いいだろう。これで賭けは成立でいいかい?」

「はい」

「レジナルドは案外粗忽だね」


 セドリックの麗しの微笑みの裏が、レジナルドには見える。それを見て自分が嵌められたことにレジナルドは気づいたがもう遅い。


「カインとアルビン嬢が結ばれるか可能性、それはどちらかが死ぬまでは残るよね?」

「つまり?」

「つまり二人に生ある限り、私に負けはないってこと」


 セドリックがにやりと口角を上げる。


「王太子ともあろう方がなんと卑怯な」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 セドリックとレジナルドの友情はこうした騙し合いの中で深まってきた。これからもこの二人はこういうつき合いを続けていくのだろう。




 セドリックとレジナルドが自分を賭けの対象にしていることなど知る由もないカインは、王城の一室でカリーナと不毛な会話を展開していた。


「ねえ、まだ帰っちゃだめなの?」

「今アルビン嬢の証言を元に、様々な確認作業を行っておりますので、もうしばらくこちらで待機していてくださいと、ほんの五分前にも申し上げたかと」

「だ、か、ら」

「……はい?」

「難しい言葉使わないでよ。あなたの言ってること、全然わかんないから、何回も訊くことになるんじゃないの。それが目的なのかもしれないけど」

「…………」

「あと何分?」

「わかりかねます」

「かねますって何?」

「わかりかねますは、わかりませんという意味です」

「何でわざわざ難しく言うのよ」

「難しくではなく、丁寧に申し上げているだけです」

「もう、あなたって女性の扱いに慣れてないのね」

「は?」

「こういう気の引き方じゃ、女性はなびかないわよ。もちろん私も」

「は?」

「でもデートくらいならしてあげてもいいわよ」

「…………」

「いつにする?」

「……しません」

「私がドランに留学するから、デートしても先がないと思ってるのね。でも大丈夫よ。留学期間は半年だもの。すぐに帰ってくるわ」

「……あの……」

「何?」

「少し黙っていただいても?」

「もう。考える時間がほしいってことね。まあいいわよ。私が帰るまでには決めてね」

「…………」


 カインは言葉の通じない相手とは会話ができないという当たり前のことを知る。


 沈黙の中でカインはセレナの「カイン様はカリーナ様のような方が好みなのですか」という発言を思い出し、そんなわけないと心の中で声を上げる。

 カインの好みはずばりアンだ。アンの清らかで愛らしい容姿、穏やかでかわいらしい性格、抱きしめたら折れそうな細い腰、口に入れたらとけてしまいそうな甘やかな存在そのものがカインの胸を高鳴らせる。十歳近い年齢差がある上、あの嫉妬の権化レオポルドの婚約者なので口にしたことはないし、態度にも表情にも出したことはないが、アンに会うたびに心の中では狂喜乱舞している。

 それがどうしてこんな令嬢が好みだなどと言われるのか、心外だとカインは目の前のカリーナを盗み見る。

 カリーナは美人だ。輝くブロンドに、空色の瞳、高い鼻に、肉感的な唇。ボリュームのある胸のわりに腰は引き締まっている。見た目は悪くない。しかし内面が残念すぎる。そう上から目線でカリーナを評して、カインは「あり得ない」と心の中で声高に叫ぶ。


 しかしカインの心の内を覗けるはずもないカリーナは、時おり感じるカインの視線に誤解を深める。


 セドリックとレジナルド、二人の賭けの行方はまだ誰にもわからない。

 

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