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 アルビン嬢は頭からすっぽりと毛布にくるまってお待ちでした。さながらてるてる坊主のようです。


「遅かったじゃない!!」


 私たちの入室に気づくなり大声を上げられたアルビン嬢を見て、すぐさま踵を返さなかった私の忍耐力は、悪魔のおかげで培われたものでしょう。


「アルビン嬢、あなたは自分の立場をおわかりでない。今現在、アルビン嬢には王太子殿下暗殺の疑いがかけられているんですよ」

「私が暗殺なんてするわけないでしょ!!!」


 カイン様のお言葉に叫んで応えられるなど、父君の学園長は令嬢教育をされなかったのでしょうか。それにしても一晩、悪魔の結界に閉じこめられていたわりにはお元気なようです。


「何度もご説明申し上げておりますが、王太子殿下の寝室へ忍びこまれた時点で、すでに不法侵入の罪に問われます。同時に暗殺の疑いがかけられるのでございます」


 アルビン嬢はギッと音が出そうな目力でカイン様を睨み上げていらっしゃいます。


「武器など持っていないわ」

「わずかな腕力、わずかな魔力でも、人は人を殺めることが可能でございます」

「あやめるって何よ!」

「殺めるとは殺すという意味でございます」

「だから、私が殺すわけないじゃない」

「申し開きは王城でお願いいたします」

「何で王城なのよ。お父様を呼んでって言ったでしょう。お父様はまだなの?」

「アルビン卿はすでに王城で尋問を受けておられます」

「じんもんって何よ!!」

「尋問とは」

「カイン様、失礼いたします」

「何!!」


 アルビン嬢の迫力のある睨みが私に向かってきます。しかし怯んではいられません。

 いつまでも続きそうな睨み合いの間に入るのは、本当は遠慮したいのですけれど、お嬢様の朝食が終わられるまでには戻りたいので、口を挟ませていただきます。


「私がここにいられるのはあと半時間ばかりでございます。どういたしますか?」

「半時間って何時間よ!」

「三十分でございます」

「最初からそう言えばいいじゃないの」

「申し訳ございません」


 さっさと準備してしまいませんか? アルビン嬢もいつまでもてるてる坊主でいたくはないでしょう?


「カイン様、始めますので出ていっていただいても?」


 早めにお願いしますね。にっこり。


「はい。ドレスなどはそこに用意してありますので」

「はい」


 入室してからずっと見えておりますので、早く退室を。


「では隣室でお待ちしておりますので」

「はい。のちほど」


 カイン様を作り笑顔で見送って、その笑顔のままでアルビン嬢に振り向きます。


「本当なら湯あみしていただきたいところでございますが、時間がございませんので、濡らしたタオルでお身体を清めさせていただきますね」


 お嬢様のお部屋と作りは一緒ですので、場所に迷いはありません。カイン様退場と共になぜか大人しくなられたアルビン嬢をおいて、お湯とタオルを準備しに浴室へ向かいます。


「ねえ、私って本当に殿下を殺そうとしたって思われてるの?」


 私の背中にアルビン嬢が大声で話しかけてこられます。本当に色々と規格外のお嬢様ですね、アルビン嬢は。


「少しお待ちくださいませ」


 戻ってからお答えしますから。私には大声を張り上げて会話するなどできませんので、あしからず。

 お湯とタオルを持って戻ります。


「私にはわかりかねますが、もしもアルビン嬢が本当に暗殺者だと思われているならば、このように身支度の侍女など派遣されることなく、そのままの恰好で問答無用で護送されていると思いますよ」

「ねえ」

「はい?」

「さっきから難しい言葉ばっかり使わないでよ、何言ってるのかわかんないの」

「申し訳ございません」


 どこらへんが難しかったのでしょうか。その判別が私には困難でございます。


「ええっと、ですね。もしもアルビン嬢が」

「そのアルビン嬢っていうのもやめてよ、私はカリーナよ」

「……はい。カリーナ様……それでですね、もしも本当にカリーナ様が人殺しだと思われていたら、とっくに騎士団に引き渡されて、牢に入っていると思います。では、失礼いたします」


 カリーナ様の毛布を取らせていただきました。

 結界の中で暴れられたのでしょう。カリーナ様の美しいブロンドは鳥の巣のような有様、そして手足には擦過傷と打撲痕が見られます。痛々しいですね。治癒はできないので治してもさしあげられません。そして、透け感のある夜着姿ですので、どうしても豊かなお胸に目が行ってしまうのをお許しください。


「じゃあ、何で私は帰してもらえないの?」

「帰してもらえないのですか?」

「さっき聞いてたでしょ? 私、着替えたらお城へ行くのよ」


 そういえば学園長はもう王城だと、カイン様がおっしゃっていましたね。監督不行き届きということなのでしょうか。


「形式的な……一応、ルール……決まりごとがあるのだと思います。王子殿下の私室に無断……断りもなく入った場合、お城で話を聞くことになっているのでしょう。お話が終われば、すぐに帰宅を許されるでしょう」


 言葉を選んで話すのは骨が折れます。


「そうなの?」

「……多分そうだと思います」


 できるだけ傷にふれないように清拭していきますが、どうしても当たってしまうのか、時おりカリーナ様が痛そうに眉をしかめられますが、それについての文句は口にされません。ただのわがまま令嬢というわけではないようです。


「ねえ」

「はい?」


 カリーナ様の口数が多いのは不安だからでしょうか。ちょっとした出来心で忍びこんでしまっただけなのでしょう。根っからの悪人には到底思えません。


「もしかしてだけど」

「はい」

「さっきの男の人」

「カイン様でございますか?」

「名前は知らないけど、さっきまでいた人」

「はい」

「あの人、私のことが好きになっちゃったんじゃないかしら」

「…………」


 どういう思考回路をお持ちなのでしょうか。どの辺りでカイン様の好意を感じられたのでしょう。私にはいら立ってすらいるように見受けられましたが。


「だってお城まで一緒に連れていこうとしてるでしょ」


 尋問のためです。


「それに私の気を引くために、わざと難しい言葉を使って、頭がいいことをアピールしてくるでしょ」


 いえ、あれがカイン様の通常です。その理論でいきますと、私もカリーナ様の気を引こうとしていることになりますけれど、そこらへんは無視ですか?


「何より、私のことをじっと見つめてくるし」


 見つめ合っていたのではなく、睨み合っていらっしゃいましたよね、お二人。


「どう思う?」

「……申し訳ございません。男性の気持ちには疎いものですから」

「うとい?」

「えっと、私には男性の気持ちはわからない、詳しくないということです」

「そうよね、モテそうにないものね」

「……はい」


 正直は美徳でしょうか?


 カリーナ様といると、何かが猛スピードで消耗していくような気がします。身支度が終わるまでに私はやせ細ってしまうのではないかと、気が遠くなっていることに、カリーナ様は気づくはずもありません。

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