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27.5

番外編になります。

 レジナルドは気づいていた。

 妹のセレナが厄介な人物に目をつけられてしまったことを。



 早朝から動いていたというのに、寝ずの番まですることになったレジナルドは、妹の部屋の浴室で、熱い湯につかりながら考えている。


 クリスタルスト王国の王族は執念深い。愛情深いと言いかえることもできるかもしれないが、レジナルドの目には執念に映る。


 レオポルドはわずか十歳で六歳のアンに執着して半ば騙すような形で婚約を結んだし、その母のエリーゼ王女は初恋の相手の邸に通いつめ、数年後には既成事実を作って強引に降嫁した。エリーゼの兄は大国の王太子でありながら、少年時代に視察先で出会った他国の王女との恋愛結婚を果たし、その息子ギルバートは望みの薄い初恋をもう十年も捨てきれずにいる。歴史を振り返れば、そんな話だらけなのが王家の血である。


 そんな王族の血を引きながら、王太子セドリックだけは恋愛ごとに冷静だった。女性に対して淡泊で冷酷ですらあるから、女遊びがきれいだ。秘密を秘密として理解できる口の堅い女性と一時の逢瀬を楽しみ、決して本気にはならない。情熱的に振る舞うけれど、決して熱くはならない。婚姻は国のためと心得ていて、そこに利益を求め、そのために正妃を娶ったあとも幾人かの側妃もおくつもりでいる。それがセドリックという男だと、学生時代を友人としてすごしたレジナルドは思っていたのだ。


 それなのに、とレジナルドは唇を噛む。

 セドリックは変わってしまった。いや、セレナが変えてしまったのかもしれない。

 それは婚約者と良好な関係のセレナにとっては災いにほかならない。それを兄としてレジナルドは容認できないと思う。


 浴室を出たレジナルドは素早く髪を乾かし、セドリックの通信具を鳴らした。


「レジナルドでございます。今お時間よろしいでしょうか?」

「ああ、何かあったのか?」

「私用です」

「珍しいな」

「セレナのことです」

「王太子の私に苦言でも呈そうというのか?」

「察しのよろしいことで、きっと自覚がおありなのでしょう」

「自覚か、そうだな、自覚はある。私はセレナが好きだ。セレナがほしい」

「ご冗談を」

「お前も冗談だと決めつけるのか? 兄妹揃ってひどいな」

「セレナにもその冗談を?」

「冗談ではない本気だ。セレナにもそう伝えた」

「……セレナにはラウル・サイクロスという相思相愛の婚約者がおります」

「知っている。それが?」

「セレナのことが好きだというのが本心でしたら、身を引いてください」

「なぜ?」

「セレナの幸せのためです」

「私が身を引くのがセレナの幸せだと?」

「セレナには幸せな結婚をしてほしい。兄としてそう考えるのは至極当たり前のこと」

「私と結婚しては幸せにはなれないとでも?」

「殿下にはドラン国王女という立派な婚約者がいらっしゃる」

「解消するつもりだと知っているだろう?」

「国と国との契約の解除がそれほど簡単だとは思いません。時間は有限です。花の命は短い。殿下が婚約解消に奔走されている間にセレナは予定通りにラウルと結婚させます」

「そのセレナの結婚が延期になっている真の理由を私が知らないとでも?」

「そちらの問題は早期解決予定です」

「私も迅速な婚約解消を約束しよう」

「もしそれが叶ったとして、殿下はセレナをどうするつもりなのです? 恋人にでもするつもりですか? それとも側妃の一人にしてほかの妃たちと争わせるつもりなのでしょうか?」

「セレナは正妃にするし、幸せにもしよう」

「私の知る王太子殿下は、そんなことを冗談でも口にしない。分別がない方ではないはずですから」

「恋をして、分別をなくしたのだろう」

「そのようですね。とても正気だとは思えません。セレナの額とまぶたと唇になぜマーキングを?」

「マーキングか、私もレオポルドのことは言えなかったわけだ。観覧席でレジナルドに言われた言葉の意味が時間差で理解できたよ。男は好きな女を自分のものだと誇示する、だったかな?」

「レオポルドと同じなどと、よく言えたものでございます。殿下はセレナに王族の力を使われたでしょう。それも魅了を」

「へえ、レジナルドが私の特殊魔力の痕跡を感知できるとは思わなかったよ」

「普段でしたら気がつかなかったでしょうが、たまたまセレナをサーチの魔道具越しに見たのです」

「さすが我が国の魔法道具課は優秀だねえ」

「そんな話ではありません。セレナは今日、初めて感じた命の危険で混乱していた。そこへ魅了をかけるなど」

「卑怯だとでも言いたいのかい?」

「…………」

「レジナルド。私はセレナを魔力で魅了してしまったかもしれない。しかしそれは故意ではない」

「とおっしゃいますと?」

「泣きながら私のシャツに顔をこすりつけたせいで、セレナのまぶたが痛々しく腫れていた。それで治癒をかけた」

「治癒魔法の使用と魅了の発動に何の関係が?」

「観覧席で話しているとき、被っていた猫を脱いだセレナがかわいかった。そのあとしゃくり上げるセレナを見て胸がつぶされるように苦しくて、思わずセレナを抱きしめた。そのときはっきりとセレナを愛おしいと感じた。そのせいだろう。いつも通りかけたはずの治癒に私の魔力が過剰に流れてしまった。レジナルドも知っているだろう?」

「何をです?」

「私たち王族は特殊な力を隠して生きている。しかし遅い初恋に私の魔力はもれ出してしまったらしい」

「それがセレナ限定で起きたと?」

「ああ」

「それを信じろと?」

「うーん。レジナルドに信じてもらう必要があるかどうかは別として、それが真実だ。まぶたの治癒をしたあと、頭痛をとると言って額に唇を当てたのと、睡眠魔法をかけるためにセレナの唇を奪ったのには下心があったことは認めよう」

「セレナにキスをされたのですか?」

「ああ、サーチで見えたのだろう?」

「……サーチで見えたのは痕跡だけです」

「藪蛇だったわけだ」

「王家の力に関係なく、婚約者のいる女性にキスをするのはルール違反では?」

「少なくとも法は犯していない」

「ふう。とにかくセレナには王家の魔力は特殊で、魔力が弱い人間は王家の魔力に酔うのだと、心を揺さぶられるのだと説明してあります」

「間違ってはいないね。それ以上は話していない?」

「ええ。さすがに許可なく、それ以上のことは話せません」

「そう。でもセレナにはいつか話すつもりだから。王家の力の秘密を」

「それには賛成しかねます。セレナには重荷になるだけです」

「セレナ自身が背負う覚悟ができたときなら文句はないだろう?」

「そんな日は来ないと断言できますが、とにかくセレナには忘れろと言い聞かせました。ですから殿下も今後はセレナを魔力で惑わすのはおやめください」

「無意識なのにどうやって?」

「とぼけられるおつもりで?」

「ん?」

「魔力で魅了できる殿下は、それをとくこともおできになるでしょう」

「できるね。やるとは約束できないけれど」

「殿下、約束していただけないのでしたら、セレナとの接触自体を遠慮していただきたい」

「面白いことを言う。私は王太子なのだよ。王太子命令でセレナの婚約を解消させ、セレナを私のものにすることもできる」

「しかし我がクリスタルスト王国の聡明な王太子殿下はそんなことはなさらない」

「ねえ、レジナルド」

「はい」

「私はセレナが手に入るなら、王太子の座を降りてもいい」

「それは責任放棄では?」

「それはいけないことだろうか。私はたまたまこの国の第一王子として生まれただけで、どうして責任を負わなければならないのだろう。どうしてこの身に宿す魔力を国のためだけに使わなければならないのだろう」

「…………」

「心配しなくていいよ、レジナルド。私はセレナを故意に魅了しないし、思いが通じるまでは魔力もれにも配慮しよう」

「では一生ご配慮願います」

「ふふ。レジナルドは妹思いだね。そんなレジナルドが義理の兄というのも悪くないね」

「殿下、殿下がそのおつもりでしたら、私は全力で阻止させていただきますので」

「かまわないよ。恋は障害があるほど燃え上がるということを、実感している最中だからね」

「……これ以上話しても埒が明かないようなので、そろそろ切らせていただきます」

「ああ、おやすみ、レジナルド。私はいい夢を見られそうだよ」

「おやすみなさいませ、殿下、それでは」


 通信を切ったレジナルドは脱力して、少しだけと言い訳してセレナのベッドに横になった。

 これからのことを思うと気が重い。セドリックが有言実行の男であることをレジナルドはよく知っているのだ。一人で寝ずの番をしている妹の元へ早く戻らないといけないと思うのだが、ひどく億劫で、もう少しだけと自分に再び言い訳をしてレジナルドは目を閉じた。



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