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「リアが心からほしくてほしくてたまらなかったけれど、自分の欲望以上に、リアの体のことを考えて、ゆっくりと段階を踏んで進めていった末のことだ。それでも初めて結ばれた瞬間、いや多分、その前から始まってはいたのだと思うが、魔力が暴れたんだ。皮膚を内側からつき破ろうとするように、魔力が俺を刺した。体の興奮と比例するように、魔力は痛みと、そして痛みの先に激しい快感を俺にもたらした。それは最高の経験だったが、同時に恐ろしい体験でもあった。もしも自分の魔力が皮膚をつき破って、リアを攻撃したらどうなっていたのか、今でもそのときの恐怖は色あせない。もうリアはいないのにだ」


 オフィーリア様が亡くなられて二年以上が経ちました。しかし兄様はオフィーリア様を忘れられないのですね。兄様の瞳が一瞬、哀しみを映し出しました。そしてその悲哀はすぐに内側にしまわれてしまいました。兄様はこんなふうに哀しみを隠されていたのですね。気がつかなかったのは私が子供だったからでしょうか。それとも鈍感なのでしょうか。気がついたところで兄様にしてさしあげることが何もない無力な妹を許してくださいね、兄様。


「その後、経験を重ねるうちに、魔力は暴走しなくなった。ただ身体的快感とともに、魔力の愉悦を感じられるだけになった。つまり、俺がこんな恥ずかしい話をしてまで言いたかったのは、お前は初体験において、間違いなく俺以上に魔力の暴走に遭う。だから、それに備えてアン様の身体に慣れておけってこと」

「アニーの体に慣れろと言われても」

「ああ、どこまで想像してるか知らないけど、赤子に転移魔法なんて誰も期待しないから。まずはアン様にエスコートで腕をさし出すだけで満足してないで、手をつなぎ、肩を抱き、腰を抱き寄せ、ハグし、髪と手以外へもキスをし、それから唇へのキスと、進んでいけばいい」


 想像したくありません。私の大事なお嬢様が悪魔に抱き寄せられるなんて。


「それと同時に褒め言葉、甘い言葉を囁けるようになれ。今日のあれは何だよ。口に出すと空気に思いがとけそうで言えないとか、どんだけヘタレなんだよ。聞いててイライラしたわ。男としてゴミクズだよ。愛してるの一言も囁けないで、それで独占欲だけはバリバリで、周囲を威嚇しまくりとか、本気で引いてたからな、俺」

「…………」


 兄様の毒舌に、私が引いてしまいます。


「今日から愛を囁けとは言わない。アン様だって、お前の下手な言い訳を信じてくれちゃってるわけだし、今日の今日で、愛を囁き出したら不審だろ。お前の気持ちが整ったら、ああ、無理矢理にでも整えろよ。それでこう言えばいい。この間はあんなふうに言ったけど、女性は気持ちを言葉で伝えられないと不安になると聞いたんだ。だから、これからは自分の思いを口に出して伝えるよ、愛してるよアニーって」


 悪魔が冷気を発しています。兄様が苦笑いです。


「あのな、これくらいで妬くなよ。ああ、ああ、わかったって、もう二度とアニーって呼ばないから、今すぐその魔力治めろ。そう、それでいい」


 幼なじみバージョンの兄様の前では、悪魔も子供扱いです。幼い頃から一緒ですから、弟みたいに思っているのでしょうね。


「あと、こういうことは本来、本人が気づいてなんぼなんだけど、お前は意外とあほだから、教えてやるよ」

「…………」


 悪魔をあほ呼ばわりとか、兄様強すぎませんか? 悪魔より強いとかもう、魔王ですよ。魔王の妹とか、ちょっとおいしいですね。


「変身魔法使えよ」

「変身魔法?」

「ああ。お前変身魔法も得意だろ?」

「ああ」

「だから、アン様に会う前に自分の皮膚に変身魔法をかけておくんだよ。自分の皮膚色にな。すると、アン様に見つめられても、抱きつかれても、肌色は変わらない」

「レジナルド……天才か」

「いや、お前があほなだけ。とにかくそれで、内心の動揺はともかく、赤面は完全に隠せる。そうしたらお前の羞恥心も半減するだろ? 何せ、お前は動揺を知られたくないってだけで、動きをとめてしまってるんだからな」

「これから、そうするよ」


 悪魔が素直です。そして悪魔が少し晴れやかです。お嬢様ともっとふれ合いたかったのを我慢していたのでしょう。しかし、アン様への過剰な接触は私の目が黒いうちは許しませんよ。


「それから、セレナ」


 今度は兄様が私を見つめます。私も説教ですか?


「はい」

「お前がアン様命で、レオポルドを目の敵にしているのは知っているし、気持ちはわからないでもない。しかしお前はどんなにアン様を大事に思っても、そのうちにラウルへ嫁ぎ、アン様とは離れるんだ」


 そうなのです。ラウルとは一日も早く結婚したいのですが、お嬢様と離れるのも身を割かれるようにつらいのです。


「アン様を一生守るのは、お前じゃない」


 わかっていますが、涙が浮かびます。悪魔の前ですから、意地でもこぼしませんが。


「アン様を一生守るのはレオポルドだ。性格には難があるが、誰だって欠点はあるし、聖人君子など、この世に存在しない。レオポルドはアン様を一生大事にするだろうし、それだけの器量も財力もある。何よりアン様自身がレオポルドを伴侶に望んでいる」


 わかってはいるのです。ただ事実に心がついていかないのですよ。


「レオポルドがアン様と、少しずつ接触し、慣れていかないと、困るのはアン様だと聞いていたろう?」


 頷きます。


「アン様を殺したくはないだろう?」


 もちろんです。ぶんぶん頷きます。


「俺もアン様には天寿を全うしてほしいし、レオポルドを妻殺しにしたくない。お前はアン様のために、レオポルドに協力すべきなんだよ。アン様とレオポルドが無事に初夜を迎えるためにね」


 兄様の有無を言わさぬ迫力の微笑みにも、私は頷くことができませんよ。


「まあ、セレナの気持ちもレオポルドと一緒だ。だんだん慣れていくよ、これから」


 慣れたくないです、兄様。現実逃避に残り少なくなってしまったチョコレートを口に入れます。兄様は話しながらもバクバク食べるのです。絶対に味わっていませんよ。でも辛党の兄様が甘いものを食べるときはストレスのせいだとわかっていますで、とめることなどできなかったのです。

 今度のお味はマスカットです。爽やかな風味がホワイトチョコレートとマッチしています。絶品です。


「それから、レオポルド」

「はい」


 悪魔の返事が弟分のそれになっています。


「アン様以外で練習するなよ、意味ないから」

「するわけない」

「リアが亡くなって自暴自棄になっていた時期に、たくさん女を抱いた。リアの不在を埋めるために、寒くて仕方ない自分をあたためるために、酒に溺れ、女に縋った。しかしどれだけ酔ってもリアは夢にも出てきてはくれなかったし、女を抱けば抱くほど、リアがいないことを実感する羽目になった」


 兄様にそんな時期があったなんて知りませんでした。当時、高等学園二年で寮生活だった兄様。長期休暇で家に戻ってきたときはいつも通りのやさしい兄様でした。私たち家族を心配させないように、無理をしていたのでしょうか。卒業後は魔法省へ入り、王都で一人暮らしをしていましたので、会う機会はそれほどありませんでした。


「どんな女を抱いても、魔力は暴れなかったし、魔力は喜ばなかった。そう、リアを抱いたときは魔力が歓喜したんだな。魔力は正負一体だから、初めてのときはあれほどの激痛と快感を同時に覚えたんだろう。とにかくリア以外の女からは、身体的な悦楽しか得られなかった。だからお前もアン様以外を抱いてみたところで、何の練習にもならないってこと。それどころか、ほかの女との情事がばれたら、アン様を一生失うことになるかもしれないから、気をつけろよ」

「言われるまでもない。私はアニー以外の女性に魅力を一切感じない。社交界の華と呼ばれる女性も、傾国の美姫も、私にとっては、平凡なセレナと何ら変わりのない存在だ。私がセレナに心動かされると思うか? 性的欲望を覚えるとでも?」


 なぜ、ここで私が急に貶められているのでしょうか。


「ともかくだ。せっかく念願の魔法省へ入省したのに、素行不良、職務怠慢で、半年で退職勧告された俺を拾ってくれたお前に感謝してるんだよ」


 兄様が魔法省を辞めて、悪魔の侍従になったのには、そんな理由があったのですね。悪魔のわがままだとばかり思っていました。実際に当時マクロス様は「うちのレオポルドを抑えられるのは私かレジナルドくらいだから、魔法省へおいておくのはもったいない」と言っておられたのですよ。あれはマクロス様の気遣いだったのですね。そして兄様が悪魔を抑えられるというのも真実だったのだと、今日、知りました。


「だから、お前には幸せになってほしい。そしてお前の幸せにはアン様が不可欠。アン様との未来のためなら、お前も努力できるだろう?」


 兄様、何だかすごくかっこよく見えます。実際は私と同じ平凡顔ですが。


 そして兄様がコーヒーを飲み干して言いました。


「レオポルド様、休憩ありがとうございます」

「ああ」

「時間がないので、シフトの話は私がセレナにしますので、アン様の元へどうぞ。このグローブをアン様へつけてあげてください」

「ああ、そうしよう」


 兄様が悪魔へお嬢様のショートグローブを手渡します。ドレスに合わせて、真っ白いグローブに、淡いピンクのレースとパールがあしらわれた繊細な一品です。


「変身魔法をお忘れなく」

「もちろんだ」


 悪魔は立ち上がって、胸元にピンクのチューリップを魔力で留めて出ていきました。


 この先、悪魔はお嬢様の前で赤面することがなくなるのでしょう。そして悪魔は少しずつお嬢様へ侵食していくのでしょう。そのたびに私が心の中で悶絶するのをお嬢様は気づかれることもないのでしょうね。


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