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「ピンクだと、余計に子供っぽく見えてしまうかしら」
お嬢様は悪魔との四つの年の差を常々気にしていらっしゃいますが、悪魔は若く見えるのでちょうどいいのですよ。
「そんなことありません。お嬢様は年齢以上に大人びた魅力をお持ちでいらっしゃいます」
ウエストはつかめそうに細いのに、バストが私と変わらないとか、十四歳でこのスタイルは末恐ろしいくらいです。
「もう、セレナは、私に甘いのだから」
お嬢様はどうしてか、私の言葉を世辞だと思いこんでいらっしゃいます。
「マーサさんもそう思いますよね?」
「ええ。伯爵はアン様をよく見ていらっしゃるのだと思いますよ。今の十四歳の等身大のアン様に、一番お似合いになられるドレスです」
マーサさん、意外と弁が立つのですね。顔は真っ赤ですけど。
「まあ。そうかしら」
悪魔がお嬢様をよく見ているのは間違いありませんよ。ストーカーですから。
「さあ、でき上がりましたよ。よくお似合いです、お嬢様」
「本当に素敵ですわ。天女も真っ青のお美しさですよ、アン様」
「まあ、二人ともお世辞ばっかり」
悪魔の見立てたドレスはお嬢様にぴったりでした。ふんだんにあしらわれた繊細なレースがお嬢様の愛らしさを引き立てています。それに合わせてほどこした薄化粧はお嬢様の清楚さを損なわない仕上がりです。
「髪型はどうしましょう? 髪飾りが目立つように少し高めの位置に結い上げましょうか? サイドに少し髪を残して、残りをアップにしてはどうでしょう?」
「そうね、レオ様のくださった髪飾りが目立つようにして」
どんな髪型もお嬢様には似合ってしまうので、いつも迷ってしまうのですが、今日は新しい髪飾りをメインに考えたのですんなり決まりそうです。
「あの」
マーサさんがおずおずと口を開きました。
「なあに、マーサ?」
「この髪飾りももちろん素敵ですが、伯爵からいただいたチューリップを髪に飾られるのはどうでしょう?」
「まあ!! それはいい考えね。レオ様のくださった誠実な愛の証ですもの」
たしかに、アメジストとエメラルドの髪飾りは似たようなものを何度もつけたことがありますし、生花のほうがお嬢様の可憐さと初々しさを際立たせてくれるかもしれませんね。
「でも、今の時期ですと、途中で萎れてしまうでしょうか」
マーサさん、その心配は無用です。
「では、レオポルド様に、状態維持の魔法をかけていただきましょう。ピンクのチューリップには、今日いただいたあのパールと紫のリボンの髪飾りを合わせましょう。そして胸元にアメジストとダイヤのネックレスをすれば素敵ですわ」
「それがいいわね、セレナ」
お嬢様の合意も得られました。
「では私はレオポルド様にお願いしてきますので、マーサさんはパールの髪飾りと、アメジストでダイヤが縦に挟まれているネックレスを取ってきてもらえますか? どちらも衣装室の宝石箱に入っていますから」
応接室ではまだ悪魔が居座っておりました。
「聞いていましたよね?」
盗聴器の受信機がそのピアスだと知っているのですよ、私は。いつでもどこでも盗聴するために、部分的な防音結界をマスターされましたよね?
「お願いします」
私はチューリップを二輪取って、悪魔へ渡します。
「もう一輪とかすみ草も」
「なぜです?」
「私が胸に飾るためと、チューリップだけでなくかすみ草も散らしたほうが、アニーに似合う」
そうですか。どうぞ。私は花瓶ごと悪魔へ渡します。悪魔が眉間に皺を寄せましたが、悪魔の不機嫌など、日常茶飯事ですから、何とも思いませんよ。
「ほら」
あっという間に状態維持魔法がかけられました。さっきまで清純の塊のように見えた花が、悪魔の魔力を纏って禍々しく感じられます。もちろん気のせいだとはわかっていますよ。悪魔のすごいところは自分の魔力を隠すこともできるということです。状態維持魔法に限らず、あらゆる魔法はかけた人物の魔力を纏うものなのです。しかし悪魔はその自分の魔力を他人から隠すことができるのです。これはお嬢様に自分のストーキングがばれないようにと、悪魔が十二歳のときに取得した魔法です。
「レオポルド様も着替えていらしたら?」
「もうすでに私は正装だが?」
「お嬢様は魔法省の正装よりも、魔法騎士団の正装を喜ばれると思いますよ」
目の前から悪魔が消えました。
「きっと、騎士団の正装に着替えに、自宅へ戻られたのだよ」
兄様が遠い目で言います。
「転移って便利ですわね」
私も遠い目で答えました。
チューリップとかすみ草を抱えて寝室に戻りました。マーサさんはまだのようです。
「レオポルド様がチューリップだけでなく、かすみ草も散らしたほうがよいのではないかと、かすみ草にも魔法をかけてくださいました」
「まあ、レオ様がそうおっしゃるなら、かすみ草もつけましょう」
「髪はゆるやかに巻いて、ハーフアップにして、リボンを結びましょう。そこへチューリップを二輪挿し、おろした髪にかすみ草を散らすとよいと思います。かすみ草を散らした部分にはあとでまたレオポルド様に状態維持魔法をかけていただけば完璧ですわ」
「うふふ。何から何までレオ様頼みなのね」
それがどうしてうれしいのでしょうか。謎でございます。
私が魔法でお嬢様の髪を巻き終わったところでマーサさんが戻られました。
私は生活魔法が得意です。特に美容に関することは器用にこなせます。だから最初に侍女として上がった公爵家で、エリーゼ様に重宝され、そこを悪魔に目をつけられたのです。
「香油はスズランの香り、香水はジャスミンにいたしましょうか?」
お嬢様は女性らしいローズ系の香りを好まれますが、今日は子供っぽさを気にされているお嬢様のために、夜の女王の異名を取るジャスミンをおすすめします。
「ジャスミンはよい香りだけれど、少し背伸びしすぎな感じがしない?」
大人っぽく見られたいけれど、あまり必死に背伸びしているふうには見られたくないのですよね。乙女心ですね。
「大丈夫ですよ。スズランの清楚で可憐な香りと、ジャスミンの官能的な香りが混じると、今のお嬢様の年代にちょうどよい香りになります」
スズランとジャスミンの香りのミックスは、学園に通う年頃のご令嬢方に人気があります。配合が悪いと下品になってしまうので注意が必要ですが、お嬢様のためにご用意したジャスミンの香水は香りが淡いものなので、上品に仕上がる自信があります。
「そうかしら」
初めての香りは緊張しますよね。私も新しい香水にチャレンジするときは不安になります。
「スズランとジャスミンは相性がいいですし、今日の装いにもしっくりきます。何より伯爵が使われていたサイプレスの香りとも相性抜群ですよ」
マーサさん、ナイスアシストです。
「そう、なら、そうしようかしら」
お嬢様のお心が決まりましたので、私たちは慎重に結い上げていきます。
「ねえ、マーサ」
お嬢様は鏡越しにマーサさんを見つめます。マーサさん、直視注意です。手元が狂います。
「あのね、レオ様はとってもロマンチストなのよ」
ロマンチストの正しい意味をお嬢様はご存知でしょうか。
「私が六歳のときにレオ様と婚約したの。政略なのに、私はレオ様に恋をしてしまって、レオ様もこんな私のことを婚約者と認めてくださったの」
お嬢様が悪魔に恋をしていること、知ってはいましたけど、お嬢様の口から聞くと、衝撃です。ダメージが大きすぎます。でも私はこの手をとめません。いついかなるときでも、お嬢様を美しくするのが、侍女である私の役目なのですから。それにかすみ草をバランスよく散らすのは時間がかかるのです。
「多忙な中、こうやって私のために時間を取ってくださるし、贈り物も頻繁にくださるし、手紙もたくさんくださるの」
「おやさしいのですね」
「そうなのよ。その手紙やプレゼントについているカードには、甘い言葉が綴られているのに、レオ様は直接の言葉はあまりくださらなくて、私はそれが少し淋しかったの」
知っておりましたよ。悪魔はかっこつけのドヘタレなので、面と向かって愛の言葉など囁けないのですよ。子供の頃は会うたびに、歯の浮くようなセリフを口にしていたというのに。
「でもね、それがなぜだかわかったの。今日ね、講堂へ向かう間、二人きりだったとき、レオ様がおっしゃったの。アニーは私の大切な宝物だよって。それからね、こうやって口に出してしまうと、この思いが空気にとけてなくなってしまいそうで、声に出すのが怖いんだって。その点、紙に書くのは安心できるから、手紙でばかり饒舌になってしまうのだよって」
超絶ヘタレな言い訳ですよね。言葉に出すと、空気にとける思いって、何ですか? 意味不明です。悪魔は自分が口に出す愛の言葉に消滅魔法でもかけているのですか? そしてお嬢様はなぜそんな言い訳を信じてしまわれたのですか?
「それは、素敵ですね」
マーサさん、まさか悪魔のヘタレの正当化を信じているのですか? ああ、そうでした。マーサさんもお嬢様と同じ乙女属性でした。
「ええ、レオ様はとっても素敵なロマンチストなの」
お嬢様の後ろで、私が無心にかすみ草を髪につけているのは、夢見るお嬢様を直視したくないからだと、お嬢様はお気づきにならないでしょうね。




