第47話 因縁
「これ以上お前の被害者を出させない。ガニメデ、お前はここで殺す」
「いいねえその殺気! 全身がビリビリするぜ!」
ガニメデはそう言うや否や、空間を蹴る魔術で加速しセシルに迫る。
白剣で突撃を受け止めるセシル。以前は押し負けていた剣を今は受けきることができた。
瞬間、ガニメデの幅広の剣から爆風が巻き起こる。剣の一部を破裂させ、無数の金編片を操り敵を襲う飛び道具、“シャード”。
鋭利な剣の断片がセシルに襲い掛かる。
一方でセシルはガニメデの剣に魔力が集中した時点で防壁を展開、暴風を防ぐと無数の金属片が防壁に突き刺さった。
これで敵の飛び道具は封じた。次に対処すべきは高く飛び上がりセシルに斬りかかるガニメデ本体。
セシルは上空に向け、第五元素の衝撃波を放つ。初戦で暴走気味に放った衝撃波とは違って、指向性を持ったそれは、彼に向け降下してくるガニメデの動きを止めた。
ガニメデは空中に足場を展開。身にかかる圧力の影響でその足場を蹴ることができず、衝撃波の直撃を空中で逆立ちする様に受け止める。
セシルは敵の動きが止まった隙を付いて、防壁で制止した“シャード”を押しつぶす様にもう一層の防壁を構築する。無数の金属片が抑え込まれる。
それを見たガニメデは足場を解除し、放たれ続けていた衝撃波の勢いで空高く舞い上がる。セシルの視界から外れるガニメデ。
そして彼は空中で幾度かの跳躍をし、高い位置でセシルの背後に回る。
逆さになった状態で何度も足場を作成しては蹴って、勢いをつけた斬撃をセシルの脳天目がけて放つ。
急速に接近する魔力反応にセシルは振り返り、防壁を背にして上空からの一撃を受け止める。
多重加速とガニメデの人一倍優れた膂力による一撃は重く、身体強化の質が上がったセシルでも十分に受け止め切れない。背後の防壁に身を預けてようやく止めることができた。
渾身の一撃を防がれたガニメデはそのまま空中を蹴ってセシルから距離を取る。
「ヘヘヘッ! いつの間にか、かなりできるじゃねーか! 男子三日会わざれば……なんだっけなあ!」
ガニメデは待望のセシルの本気に対し、歓喜で打ち震えている。
「どうしてステラの腕を切った! お前ならそんなことをしなくても無力化できたはずだ!」
「ああ黒髪の女? 向いてねえからだよ。つまらねえ雑魚剣士になるくらいなら諦めさせて別の道に転向させてやろうとおもってなあ。親切だろ?」
「ふざけるな! お前の様な薄汚い人殺しが人の生き様を左右することなんてあってはいけないんだ!」
あまりにも身勝手な言い分のガニメデにセシルは怒りを抑えられない。冷静になれない。なれるわけがない。
「傷つくよなあ。俺が人様の為に働くなんてそうそうないぜ? そんくらい腹が立ったんだよ。あの女の舐め腐った剣術になあ!」
再び勢いよくセシルに迫るガニメデ。押さえ込んだ“シャード”を解放するわけにはいかない。解放すれば厄介な飛び道具とガニメデを同時に相手にすることとなる。退路を断たれたかに見えるセシル。
彼は白剣の刀身を瞬時に伸ばし、接近してくるガニメデに不意打ちをしかける。
伸びた刀身の攻撃範囲に入ってしまったガニメデは後ろに倒れる様に一閃を回避する。彼はそのまま地面に倒れ込むことなく、背中側に足場を展開してもたれる様な体勢をとった。
体勢を崩したガニメデをセシルは見逃さない。後ろに寄りかかる姿勢をしているガニメデの足を狙い急加速して斬りかかる。
足に魔力を集中し、宙返りする様に足への攻撃を更に回避するガニメデ。
「危ねえなあ! やっぱ今はお前とやり合うのが一番いい! もっと俺を感じさせてくれよ! 小僧ォ!」
「感じさせてやるよ。惨めに死んでいく過程をな! クソ野郎!」
「口だけならなあ!」
再び突進するガニメデ。もう何度見たかわからない、それでいて単純に強力な攻撃。セシルは背後の防壁を解除し、飛び退る。
「ハッ! やせ我慢も限界か? 切り刻め! “シャード”ォ!」
ガニメデの突進と、解放された無数の金属片がセシルに襲い掛かる。かに見えた。
すると“シャード”はセシルを素通りする。“シャード”はセシルに接近するガニメデの全身に纏わり付き、全身を切り刻みにかかる。
状況が把握できず足場を連続展開して飛び上がり、鋭利な破片の形をした猟犬の追跡から逃れようとするガニメデ。
セシルは二つの防壁で挟んだ“シャード”に第五元素を注ぎ込み、ガニメデの魔力に上書きする形で第五元素の支配下に置いた。そして自身の操作でガニメデを襲わせたのだ。
そして彼はガニメデの逃げ場が上空だということを見抜いていた。足場を蹴るという術式の特徴としてガニメデは直線的な動きしかできない。
セシルはガニメデと今まで交戦してきた経験から、彼がその術式を前への突進、上空への跳躍にばかり使っていることに気付いたのだ。
白剣をベースとして、膨大な第五元素を勢いよく注ぎ込む。イメージするのは上空へと届く剣。かつてアレキサンダー戦で放った光剣だ。
全力で第五元素を注ぎ込み、白剣の柄から辛うじて剣と言える様な白く、太く、光り輝くエネルギーの塊が伸びていく。
(なんだってんだよ! クソがあ!)
全身を切り刻まれながら“シャード”から逃れようと高く跳躍を続けるガニメデ。
すると彼は下方から人生で一度も感じたことの無い魔力の塊が接近してくることに気付く。
それからも逃れようとさらに飛ぶが、光剣はそれを上回る勢いで伸びていく。
「ボケがあ! 剣で勝負しろ! 小僧オオオオ!」
セシルが光剣を振り下ろす。ガニメデはようやく横方向への回避を試みたが遅かった。
彼の左半身、左肩から左足までが光に飲まれ消滅する。
墜落していくガニメデ。このまま落下死させるわけにはいかない。セシルは防壁でガニメデを受け止め、“シャード”を解除する。
「ガハァッ……! 何のつもりだ……小僧……」
「今、惨めか?」
「いいや? 蹂躙するのが戦場だ。なら蹂躙されるのも戦場だろ?」
セシルは未だ剣を握り反撃の隙を伺うガニメデの右腕を切断する。
「どうだ、惨めか?」
「……ッ!」
「何を感じるか聞いてるんだ」
彼は次にガニメデの右足を切断する。
「どうだ、どう感じる? これでも戦場を感じるか?」
「……ヘッ! 俺をいたぶって楽しいか? 同類さんよお」
「楽しい? 最悪な気分だよ。お前はどうだ?」
淡々とセシルは問いかける。
「……」
「言ってみろ」
「……嫌だね」
セシルに向かい唾を吐くガニメデ。
「お前が今感じていること。それが今までお前が害してきた人達が感じたことだ。よく噛みしめろ」
セシルはボロ雑巾の様になったガニメデへと背を向ける。姿はないが、まだイザベラとウルスラが生きているかもしれないからだ。
「テメエ……止めを刺さないつもりか?」
ガニメデの目は屈辱に燃えている。
「また手足を取り戻してお前を殺してやる。覚悟しとけ、おい!」
「残念だが、そうはいかないみたいだな」
フリルがあしらわれた傘でふわふわと二人の下へ落下してくるのはロリポップ・キャンディー。
「キャンディー! 何でもいいからこいつを殺せ!」
「ごめーん! そうはいかないの。この子はあの方のお気に入りだから。だからガニメデちゃんが変な情報を漏らす前に処刑するねっ」
「ふざけんな! 助けろ、キャンディー!」
セシルはロリポップ・キャンディーの姿を見たとき、自身ではなくガニメデに敵意が向けられていることに気付いていた。
彼女は身動きの取れない彼の口に指先から一滴の雫を垂らす。
ガニメデの残った胴が燃える様な痛みを感じる。
途端に苦悶の声を上げるガニメデ。もがくための手足はもうない。
「もう一度聞く。今、惨めか? 言えたら楽にしてやる」
「殺せ! 早く俺を殺せ! アアアア! ガ、アアアア!」
ロリポップ・キャンディーは再び傘でふわふわと浮遊して飛び去る。彼女にはまだ仕事が残っていた。
「ッ俺の負けだあああ! そうだ、認める! お前の言う通り、最悪に惨めだ! 早く! 早く殺せ! ッアアアアア!」
ガニメデの心は完全に折れた。最早これ以上彼を苦しめる必要もないだろう。
そしてセシルはガニメデの首を刎ね、因縁に決着をつけたのだった。




