第45話 混戦
街の各地で使徒と“天馬”がぶつかり合う。
彼らが激闘を繰り広げる中で、ヨロイの復讐を誓っていた使徒のダリルは道に迷っていた。
正確に言えば他の四人が対戦相手を見つけてしまっていたため、戦闘に巻き込まれない様に最後の一人を探していたのだ。
彼は家の屋根を走って敵がいないか探していると、遂に“天馬”側最後の一人、シャーリーを発見した。
シャーリーは他の隊員の邪魔になるのを避けようと、街の中央から見て南西の住宅街から動かずにいたのだ。
上方からの魔力反応に身構えるシャーリー。
「せりゃあああ!」
剣を振りかざし叫びながら落下してくるダリルの一撃を、シャーリーは交差した片手剣と手斧で受け止め、弾き飛ばす。
「“へし斬り”ダリル見参! どうにも見つからないと思ったら小さい小さい! そりゃ見つからないわけだ!」
ダリルの発言は常日頃から身長を気にしているシャーリーの逆鱗に触れた。
「チビって……言うな!」
魔力操作した手斧を投擲するシャーリー。一直線にダリルへ向かって放たれたそれは彼の手にした剣に受け止められる。
ギチギチとぶつかり合う手斧と剣。
シャーリーはダリルが魔力で勢いを増した手斧を弾き切れずに耐えているのかと思っていた。
が、手斧は突如としてバラバラに砕け散った。
そして次に彼は高く跳躍し、再び上空からシャーリーに斬りかかる。
足に魔力を集中している様子はなかったはずだ。
破壊された手斧といい、何か特別な術式が関係しているとシャーリーは感じた。
彼女はダリルと打ち合うのを避け、追加の手斧を取り出して後退する。
着地したダリルはシャーリーを誘う様に動きを止め、剣の腹で肩をトントンと叩き余裕を見せつける。
「押してダメなら更に押す! まだまだこっちから行くぜ!」
瞬間的な加速によってシャーリーに肉薄するダリル。またしても足への魔力の流れを感じさせない、鋭い踏み込み。
ダリルが両手で振りかぶっていた剣。彼は不意にその剣から右手を離すと、左手だけで剣を握りシャーリーの剣にぶつける。
「らあっ!」
剣同士がぶつかり合うと同時に、空になった手でシャーリーの左肩に手刀を繰り出すダリル。
剣を受け止めつつ、肩に一撃を入れられたシャーリーは訝しむ。
彼の右手は最低限の強化しかされていない。
攻撃に対して身体強化を強めたシャーリーには、痛みどころか衝撃すら感じない。
しかしダリルは鍔迫り合いをしながらも、その右手を彼女の肩から離さずにいる。魔力が注ぎ込まれているわけでもない。
何の害もない攻撃。ぬぐえない違和感。
そしてダリルは急に攻撃を中断し、飛び跳ねるように後退する。
彼の手が離れた瞬間、肩を鈍器で思い切り殴られた様な衝撃がシャーリーを襲った。
同じくぶつかり合っていた右手の剣も根本から折れる。
“へし斬り”ダリル。彼の扱う魔術は増幅魔術。
一般的に増幅という属性は、付呪に用いられることの多いものだが、彼は自身の与えた衝撃を増幅、蓄積することに使用する。
彼が身体強化に魔力を回さなくても跳躍できるのは、自身が地面に与えた衝撃を増幅していたからだ。
シャーリーの肩に右手を乗せ続けていたのは、最初の手刀の威力を増幅、蓄積し強力な一撃にする為だった。
彼女は鍔迫り合いをしながら身体強化を強めていたが、それでも鎖骨にヒビが入るほどの衝撃を攻撃として受けていた。
ダリルの術式は魔力を増やせば、力技で人間を両断することも可能だった。
“へし斬り”ダリル。それは押し当てた剣で甲冑を着込んだ騎士を真っ二つにしたことに由来する。
武器で打ち合ってもその度に破壊されては意味がない。
シャーリーは腹部に手を当てると、射出される様な勢いで棒状の武器が飛び出す。
それを空中で掴み取るとダリルに向け構えた。
以前、セシルに見せた付呪をされた槍である。
「槍!? 面白そうじゃんか!」
おそらく今回持ち込んだ武器でダリルに通用する物はこれだけだろうと彼女は感じた。
肩の痛みを堪えながら、シャーリーはダリルへ挑む。
苦戦を強いられているのはシャーリーだけではない。
ロリポップ・キャンディーと交戦中のアレキサンダーも土中に染み込んだ毒素に気付きつつあった。
空中には散布された毒の粒子。そして地中は毒による汚染がされている。
空気中の毒対策にゴーレムを身に纏い、大地の魔力を風に変換し呼吸をしている彼にとっては死活問題である。
「あはっ! 気付いた気付いた~!? キャンディーちゃん、キミがいつまで息を止められるか興味あるの。いーち、にーい……」
息を止めたままアレキサンダーが岩の拳に渾身の力を込めて地面に叩きつける。
石畳を貫き、汚染された土が巻き上がった。
「きゃーん!」
髪や服が土で汚れるのを嫌がり悲鳴を上げるロリポップ・キャンディー。
元素変換を行っていない今であれば、複数のゴーレムを召喚することが可能になる。
彼は毒素を含んだ土でゴーレムを複数召喚。それらをロリポップ・キャンディーに向けて進軍させ、召喚時に開いた大穴へ飛び込む。
まだ汚染されていない土から魔力を吸い上げ風元素に変換し、呼吸をするアレキサンダー。
戦闘中に元素変換しながらのゴーレム召喚はアレキサンダーでも至難の業だった。
故に、息を止めている間にゴーレムを召喚したのだ。
そして毒素ゴーレムは、注がれた魔力が尽きるまで動き続けるはずだった。
だが突然ゴーレム達の動きが止まる。召喚者による命令が途切れたからだ。
「キャンディーちゃん、毒が一つだけだなんて言ってないもーん!」
ロリポップ・キャンディーは二種類の毒を散布していた。一つ目はアレキサンダーが対策をしていた魔力によって作り出された猛毒。
二つ目は開戦前に風に乗せて散布した、自身が調合した遅効性の自然毒。
彼は魔力を帯びた猛毒を警戒し、もう一種の本命の毒には気が付かなかった。
そもそも魔術戦で魔力を帯びていない毒を警戒するということ自体に無理があった。
しかし、相手が使徒である以上どんな手を使ってくるかはわからない。
ロリポップ・キャンディーは見事アレキサンダーを罠にかけることに成功したのだった。
岩を身に纏ったまま気絶しているアレキサンダーに直接毒を注入して殺害することも考えたが、魔力の消費が激しい為、面倒くさがりのロリポップ・キャンディーはあえてその手を使わなかった。
時間はかかるが、遅効性の毒でも気絶している彼を殺すだけなら十分に可能だったからだ。
「キャンディーちゃんの勝っち~」
彼女は空中に散布していた毒を回収し、他の勝負の見物に向かうのだった。
ロリポップ・キャンディーの比較的近くにいたガニメデは、北通りで剣を納め、膝を立てて座り込んでいる。
その体勢でステラの攻撃、もしくはイザベラの敗北を待っていたが、ぼんやりと座り込んでいても彼には一部の隙もない。
彼は正面で行われる南通路でのヨナとウルスラの戦闘を眺めていた。
勝負はウルスラが一方的にヨナを追い詰めている様に見える。
実際のところ、血鎧を纏ったウルスラにヨナは有効打を持ち合わせていなかった。
高出力の魔弾を放とうとしても、血液を魔弾の様に打ち出してくるウルスラにその隙はなかったし、白兵戦では彼女の鎧にまるで歯が立たない。
結果としてヨナは、上空から効果の無い魔弾をウルスラに浴びせながら時間稼ぎに徹していた。
ウルスラの血弾も身軽に飛び回るヨナには当たらない。
かと言ってウルスラもただ飛行している彼の姿を見ていただけではない。
彼女はヨナの無意識のうちに取る飛行パターンを掴んだのだ。
何度目かの魔弾を受けながら、突如として背中と足から血の粒子を噴射し、飛び上がるウルスラ。
彼女が飛び上がった場所とタイミングは、ヨナがそこを通り抜けるタイミングとちょうど一致していた。ヨナの両翼を掴み墜落させるウルスラ。
墜落した衝撃で動けないままのヨナ。
彼女はその首を拳から伸びた血の刃で刎ねる。ウルスラは確かに妹プリシラの仇を討った、かに見えた。
が、墜落する寸前ヨナは自身の一部を射出。以前ドモア村でした様に、そちらに意識を移し替えてどうにか生存することに成功していた。
(あーあ。ホント僕ってこんなのばっかりだよ)
球体状になった彼は、路地裏に隠れる様に転がり逃亡を図るのだった。
「お! やるじゃねーか! 三女、いや次女?……どっちだ?」
立ち上がりウルスラに向けて拍手するガニメデ。その剣は石畳の上に置いたままだった。
これを絶好のチャンスと判断したのはステラ。
彼女はガニメデに向けて、家屋の屋根から剣を振りかぶって飛び掛かる。
ガキン!
と金属同士がぶつかり合う音がした。
ガニメデは背後からの攻撃に視線も向けず、義手でその首を狙った刃を掴み取った。
掴んだ剣の刃を義手で握り潰すガニメデ。
手を開き金属片をパラパラと石畳に落とすと、ステラの方へ向き直った。
「嬢ちゃんよお、お前さんと戦ってもつまらねえんだよ。剣術も、魔術も全部教科書みたいにお行儀がいい。戦場で通用するもんじゃねえ。さっさと消えろや」
ステラは折れた刀身に風を纏わせ、疾風の斬撃による攻撃に移る。
「そうかい」
ガニメデの義手が刃状に変形し、鮮血が石畳に飛び散った。




