第38話 辛勝
プリシラが復活を遂げた理由。それはプリシラの身体に群がっていた蛇の群れにあった。
血蛇達はプリシラを貪っていたのではなく、分け与えられた魔力を秘めた血液をプリシラに返していたのだ。
そして日々蛇達に血液を分け与えていたプリシラの身体には、それまで分け与えてきた魔力の全てが集約されていた。
今や一度に取り戻した血液から供給された魔力で、彼女の身体能力は超人と言っても過言ではなかった。
「弱いのです。弱いのです。弱いのですう!」
アレキサンダーが纏ったゴーレムは両腕がもがれ、足を砕かれた。
アレキサンダーは衝撃による苦痛に耐え、強靭な意思で自身のゴーレムを再生しながらプリシラの背後に新たなゴーレムを召喚する。
新たなゴーレムの振り下ろした拳は、プリシラにぶつかると共に砕け散った。アレキサンダーの抵抗も空しくゴーレムから引きずり出されるアレキサンダー。
「お人形遊びをするのですー!」
プリシラはアレキサンダーと手を繋ぎ、引きずる様に結界の中央に向かう。
結界の中央で“魂食み”に魔力を吸われ続け動かないシャーリーを警戒していたウルスラが道を開ける。
「プリシラとお人形なのです! みんなに手を振って挨拶なのですー!」
プリシラはアレキサンダーを引き起こすと、右腕を握り潰し、ブンブンと大きく振った。
骨の砕ける音が響く。絶叫と共に血を吐くアレキサンダー。
「アレキサンダー!」
アレキサンダーの元へ向かおうとするセシルを前方をウルスラ、後方をイザベラの二人が挟む。
「まー見てけよ。お友達が痛いよ痛いよーって泣き叫ぶとこをさ!」
次にプリシラがアレキサンダーの左腕に手をかける。
(ナイフから光剣を発現させ、前方の使徒に第五元素で突っ込む。これが一番速い。いや、あの子はどう倒せばいい。考えろ! 考えろ! 考えろ!)
すると突然セシルの背中からベネディクトの声がした。背中に潜り込ませておいたポコちゃんからの声だった。
「セシル君! ハーデ・ベルを攻撃した使徒の死亡を確認した! すぐそちらに増援を送る!」
「なーにが増援だよバーカ! テキトーこいてんじゃねーよ。やることなすことだっせーな!」
「でも姉さん。ワリードが本当にやられてたらどうする? 早くプリシラにこいつらを始末させた方がいいと思う」
ベネディクトの話を信じていないイザベラ。それと対照的に慎重なウルスラ。
プリシラは意見がまとまるまでアレキサンダーを弄ぶのを止め、二人の様子を伺っている。
すると突然、結界の外に十数個の『ゲート』が同時に発生した。カーキ色の制服を着た部隊が一斉に飛び出してくる。
ランドルフ率いる“首輪部隊”だった。特務騎士達も後に続く。
「ウルスラ、結界解除してずらかるぞ! こいつらぶっ殺しても異端審問官と特務が来るなら切りがねー! プリシラも早くしろ!」
「わかった、姉さん」
イザベラ、ウルスラの二人が拳を突き合わせると結界が解除された。幼いプリシラだけがまだ状況を理解できていない。
「──さようなら、お嬢さん」
何の前触れもなくプリシラが倒れる。上空には翼を生やしたヨナ。
彼は普段の様に腕を改造して魔弾を放ったのではない。
右足から左肩までを砲身として改造し、超人と化したプリシラを撃ち抜けるように、身体を維持し飛行できる最低限の魔力を残して残りの全てを魔弾に回した。
結界が解除されるまで彼は待っていた。そして解除されたその瞬間、空を割く一筋の光の様に放たれた魔弾はプリシラの脳天から大地までを貫いたのだった。
「あーあ、これでまた当分調整生活だ」
言葉とは裏腹に仲間を助けられたことに満足そうなヨナは、全力を出し切り墜落していく。
結界に阻まれて戦闘に参加できなかったクラリッサ、ヘンリーがそれぞれアレキサンダーとシャーリーに駆け寄った。
「プリシラ! 返事しろって! おい!」
プリシラの亡骸を抱きかかえる様にして名前を呼びかけるイザベラ。
結界を解除した今、二人に向けて敵の軍勢が目の前まで迫っている。
「姉さん! 早く!」
ウルスラが『ゲート』を作成しイザベラを急かす。しかし、彼女は座り込みプリシラの名を呼ぶばかりだ。
すると逃走用の『ゲート』から逆に赤黒い鎧の騎士が転移してきて進み出た。
兜は付けておらずその騎士が金髪の女であることがわかる。その女の鎧の色は今まで殺してきた人間の返り血で染まったものだった。
「……プリシラは死んだのか」
「ミカ姉! 何で今さら!」
女騎士の名前はミカエラ。“血の四姉妹”の長女であった。
「選べ。ここで死ぬか、プリシラの復讐を遂げるか」
しばしの沈黙の後、イザベラはプリシラの亡骸を抱きかかえたまま『ゲート』で転移していった。後を追うウルスラ。
「ワリード……存外使えん男だったな。そして“天馬遊撃隊”、借りは必ず返す」
“天馬遊撃隊”に堂々と宣戦布告する女騎士ミカエラ。
彼女は“奴隷人形部隊”の中でもヨロイやガニメデといった精鋭と並び、特に危険視されている人物。
「そこの。我々“血の四姉妹”の匂いが付いているぞ。血の匂いだ。わからないのか?」
ミカエラは勢いよく背後に向かって虚空を裏拳で打つ。
ちょうどそこでミカエラを狙っていたのは透過したアン。彼女は透過が見破られたことに驚いて思わず跳び退ってしまう。
“首輪部隊”もランドルフの指示でミカエラの様子を伺っている。
「ワリードを殺して勝った気でいるだろうが、貴様らの最期は近い。近いうちルキウスが直々に動くのだからな」
そう言い残しミカエラは『ゲート』の中へ消えていった。
どういう仕掛けだったのかわからないが、街を守ることができ、おそらく精鋭部隊の使徒を一人倒すことはできた。
だが、増援が一歩遅ければ部隊から死者が出ていたかもしれなかった。そう思うとセシルはこの勝利を素直に喜ぶことができないのだった。
アレキサンダー、シャーリー、ヨナはクラリッサの転移によって、特務本部の医務室に緊急搬送された。ヨナはその後、騎士団所有の研究施設に移送されていった。
ランドルフの手を借り、『ゲート』で後を追う様に転移する隊員達。
アレキサンダーは命に別状こそないものの、フレデリカの治癒魔術でも完治まで一晩ほどかかるという。
逆に魔剣“魂食み”によって魔力を大量消費したシャーリーは、衰弱こそしていたが会話は可能だった。
「シャーリー先輩、以前見せてもらった帽子の剣。あんなに危険なものだったんですね」
セシルにシャーリーを咎めるつもりはなかった。だが、暴走する危険性のある剣を持ち歩く理由を知りたかったのは事実だ。
「……ごめんなさい。わたし、小さいし、力が弱いからアレに頼らないといけなかった。“アカデミー”時代、異端を捕まえる仕事を受けてたとき。格上相手に勝負するときだけ、一瞬だけ解放して使ってた。でも、もう使わない。……みんなに迷惑、かけたくないから」
シャーリーは途切れながら、消え入る様な声で語った。
「でも、なんで“アカデミー”の頃からそんなに危険なことを?」
「……それは、家が貧しかったから。学費のいらない“アカデミー”に進学したのもそう。兄弟が多くて、お父さんがいなかったから、わたしが養わないといけなかった。でも、今は騎士団からお金が出る。だから、あの剣は使わない。……許してほしい」
「すいません。先輩を責めてるわけじゃなかったんです。でもあんなに危険なモノを使わないって約束してくれるなら俺も安心できます」
責めるつもりもなかった上にシャーリーの家庭の話にまで踏み込んでしまい、思わず謝罪するセシル。
「もう使わない。約束する」
「はい。約束ですよ」
セシルの返事を聞くと、シャーリーは安心した様に眠りについた。
「セシル君、いいかい?」
医務室に現れたのはベネディクトとヴァルター。特務の司令官と副指令だった。
「増援の件、ありがとうございました。もしあれがなかったら、隊から死者が出ていたと思います。本当にありがとうございました」
「礼ならランドルフ先輩に言ってくれ。それよりも聞きたいことがあるんだ。私の執務室にまで来てもらえないだろうか」
いつも微笑を浮かべているベネディクト、その表情は険しかった。
「遮音の魔術をかけた。本題に入れベネディクト」
司令官の椅子に腰かけたベネディクトとその横に立っているヴァルター。その二人に向かい合うように立つセシル。
「ありがとう、ヴァルター。君達が戦った場所には使徒の赤黒い鎧の女がいたね?」
“天馬遊撃隊”に宣戦布告していった、金髪の鎧姿の使徒。話を聞く限り、今回セシルが交戦したイザベラの姉らしい。
「いました。俺達に妹の復讐を誓っていて、そう、誰かが動き出すとか……」
「……ルキウス」
吐き捨てる様にその名前を呼ぶベネディクト。
「そうです。ルキウスが動き出すと」
その名前を聞いたヴァルターは唇を噛みしめる。
二人の様子を見てそのルキウスという男が、彼らに因縁のある人物だということはセシルでもわかった。覚悟を決めて問いかけるセシル。
「ルキウスとは、誰ですか」
「ルキウスは私たちの“アカデミー”での同期だよ。友人だった」
一旦言葉を止め、深呼吸するベネディクト。
「そして我々よりも早く特務にスカウトされた。特務での先輩、使徒への対処法は彼に学んだところが大きい」
「でも、なんでそんな人の名前が使徒から……」
「どうして私やヴァルター、フレデリカといった若い世代が特務の要職を占めているかわかるかい? 前は私の父が司令官だった。かつては年配の特務幹部もいたさ。……殺されたんだ。裏切ったルキウスにね」
ルキウス。使徒の戦闘部隊“奴隷人形部隊”指揮官にして序列第九位の上級使徒。
彼はかつてベネディクトやヴァルター、フレデリカと肩を並べて使徒と戦っていた特務騎士であった。




