第36話 反撃
罷免されたオットーの代わりに“天馬遊撃隊”の指揮官となったのは、王国騎士ロバートだった。
合同演習で特殊部隊の隊長役を務めていたことから騎士団でもそれなりの立場だったのだろう。
ロバートの部下を尊重する姿勢はオットーとは対照的だった。
“天馬遊撃隊”の本隊からは除隊者が続出していた。あれだけの惨事を目の当たりにしたのだから無理もない話だ。
隊員達はハーデ・ベルの一件について口外できない一種の呪いの様な誓約を条件に除隊が認められた。
残りの隊員達も“王都警備隊”として再編成され、実質“天馬遊撃隊”と呼べるものは第一分隊だけになった。
そして本隊という枠がなくなった為、セシルが現場を指揮する隊長となった。
役割は今までとは変わらないが、思わぬ昇進にセシル自身が驚いた。
王国騎士団本部が対外的に出した発表では、「少数で迅速に使徒へ対応できる、歴戦の勇士による精鋭部隊として運用していく」とのこと。
一度の敗戦で総崩れとなった“天馬遊撃隊”本隊を見るに、“天馬”の大半を王都の治安維持部隊として切り捨て、少人数の実力者を使徒にぶつけるオットーの運用はあながち間違ってはいなかったのかもしれなかった。今となってはセシルはそう思う。
変化があったのは騎士団内部だけではなかった。
教王府が奇病を防ぐとする符を街の至る所で配る様になったのだ。
セシルも一枚もらってきてヘンリーに見せると彼は首を振って否定した。
「これは身に着けてるとちょっと健康にいい程度の符、というかお守りだよ。本当の奇病なら付けておいた方がいいだろうけど、なぁ?」
ヘンリーは深く言わないが教王府の対応には否定的だ。
しかしセシルが王国騎士団に送り込まれた本来の目的……ベネディクトとの情報交換の際に聞いた話では、この符は王立魔導技術局が工房を全て使い総力を挙げて量産しているものだという。
ハーデ・ベルを攻撃した使徒はこの事態を静観している様で、各地の結界を監視しているランドルフの配下にも異変はない様だ。
逆にこのお守りの符が配布し終わるのを待っているのだろうか。
奇病を防ぐ符を大々的に配った挙句次々と街を陥落させれば教王府の面目は丸つぶれだ。
王都市民はお守りを受け取って安心しているが、“天馬遊撃隊”や特務騎士団には緊張が続いていた。
王都の守りを固める為、王国騎士団は身動きが取れない。
その為、特務騎士達は王都周辺の街へ派遣され、“天馬遊撃隊”も使徒の陽動に対応すべく特務本部に間借りした司令部へ待機していた。
使徒の襲撃は突然だった。王都近郊の街、ミラ・ダージュの門を防衛していた特務騎士が姿を消したのだ。
交代の為に『ゲート』で転移してきた特務騎士が異変に気付き、騎士がいるべき場所には真新しい血痕が残されていた。
血痕は誘う様に点々と街から遠ざかっていく。
「こんな見え透いた罠があるかい? 現場の特務騎士で対処するか、“天馬”を派遣するか迷いどころだね」
「愚鈍な使徒でも術自体が強力な魔術師であれば、ミラ・ダージュに直接乗り込むことも考えられます。“天馬”に追わせましょう」
「ロバート殿。あなたは話が通じやすくて助かる。こちらも何人か選りすぐりを待機させておくよ」
ロバートとベネディクト、“天馬遊撃隊”と特務騎士団の指揮官の二人は連携して前回ハーデ・ベルを攻撃した使徒への対処に当たっていた。
「私も緊急事態には騎士団にも救援を要請します。それでは“天馬”の司令部に出撃命令を出しに行きます」
「いや、私も行くよ。彼らに渡しておきたいものがある」
“天馬遊撃隊”司令部の張り詰めた空気の中で、隊員達は待機していた。
使徒が動き出したということはハーデ・ベルを攻撃した使徒も出てくる可能性が高い。そして市民達が持っているのはお守りの符。不安にならない方が不自然だった。
「諸君、“天馬遊撃隊”は特務騎士団と連携し使徒の迎撃に当たる。君達には使徒の別働隊を叩いて欲しい」
「でも、使徒による街への全体攻撃はどうするんです?」
セシルがロバートへ率直な疑問をぶつける。
「そこは心配せずとも大丈夫だ。我々に任せてくれ。策があるんだ、それも秘策といえるほどの」
「でも、策と言っても市民達に配られたのはお守りの符でしょう!?」
過敏に反応したのはヘンリーだった。付呪に詳しい彼が一番お守りの符の効果の無さを理解している。
「ランドルフ先輩ではないが、そう何度も言わないよ。“秘策”があるということだけだ」
ミラ・ダージュ行きの『ゲート』が生成される。ここまでくれば部隊も出撃せざるを得ない。
「そうそう、セシル君。君にポコちゃんを渡しておこう。静かにする様に指示してあるから意識は落とさないであげてくれ」
「しずかにする……!」
耳で口を塞いでいるポコちゃん。
「貴重な連絡手段を特務で使わなくて大丈夫なんですか?」
「これも秘策の一部とでも思ってくれたらいい。では行ってきたまえ」
それぞれが思いを秘めながら隊員達が『ゲート』で転送されていく。
いつもの笑みを浮かべたベネディクトを見る限り、勝算の無い戦いを仕掛けるつもりではなさそうだ。そう思いセシルは彼らが講じた“秘策”を信じ転移していくのだった。
ミラ・ダージュの門の前には血痕が残り、街道に一定の間隔で血痕が続いていく。それを辿っていく“天馬”の隊員達。
一方それを魔力強化した視覚で観察している三人の使徒がいた。
“血の四姉妹”の次女イザベラ、三女ウルスラ、四女プリシラ。イザベラは合同演習の際に前線で戦っていた使徒である。
「ウルスラ、ミカ姉はどーしたんだよ。来るっつってたろー?」
「イザベラ姉さん。今狙ってるんだから話しかけないで」
全身を赤い革鎧に身を包んだウルスラは地面に伏せ、細長い筒に持ち手が付いた武器を両手で構え“天馬遊撃隊”を狙っている。
筒の中には細い杭が入っていた。それは魔弾の技術と共に廃れていったクロスボウの形状に近い。
どうやら杭を魔力で打ち出す装置らしい。いずれも色は深紅、彼女の血で構成されていた。
「ミカ姉さんは忙しいのです」
少女というよりは子どもに近い女の子が口をはさむ。
彼女は四女のプリシラ。子どもサイズにあつらえた特注のロングドレスを身に纏っている。色は血の様な赤。
ウルスラは血痕を辿ってきた“天馬”の隊長、セシルを狙撃しようとしていた。
街道沿いの平原で血痕が途絶え、分隊員達が足を止めた瞬間。ウルスラは血の杭を発射した。
血の杭はセシルに届くことなく直前で破裂する。魔力探知用に改造した目で上空から隊員達を見守っていたヨナの、正確無比な魔弾の発射による狙撃の妨害だった。
「討ち損ねた。血がもったいないな」
「じゃー手はずどーり白兵戦でいこっかねー」
「はいなのです」
黒いコルセットに赤いワンピース姿のイザベラが先陣を切り、ウルスラ、プリシラが続く。
一方で三人の姉妹達が“天馬”に攻撃を始めたことを確認したワリードは、第二の目標ミラ・ダージュ付近へ『ゲート』で転移した。
彼を阻む敵として考えられる“首輪部隊”と特務騎士団は各地域の結界を守るので手一杯だ。
残りはルイスを倒し、“奴隷人形部隊”を退けた“天馬遊撃隊”。
ワリードは“天馬”を特に警戒していた。しかし、“血の四姉妹”達による足止めが始まった今、彼を止める勢力はない。
彼の魔眼を防ぐ結界対策は容易なものだった。
王都にいる内通者をミラ・ダージュへ移動させ、それを座標として『ゲート』で転移する。そして結界内部から街の住民に付呪を施せばいいのだ。
教王府はワリードの付呪を奇病としてごまかし、お守りの符を配っている。
王都の内通者から現物を見せてもらったが、何の変哲もないゴミクズの様な付呪がされた符だった。それを見た彼は思わず笑ってしまったのだった。
(では次は奇病などと言い訳のできない付呪を選びましょうか。そうだ、次は増幅ではなく膨張がいい。突然街中の人間が破裂したら教王府は何と申し開きをするのでしょうね)
ワリードはほくそ笑む。
一度目の仕事は乗り気でなかったが、教王府のあまりにも滑稽な姿を見ているとその醜態をもっと見たいという欲望が生じ始めていた。
街中である為、ワリードは自身を背景と同化させる擬態の付呪を施した上で上昇し、魔眼で町全体を捉える。
これだけでミラ・ダージュの住民全員を皆殺しにする準備は整った。
(では始めましょう──)
本人の思惑とは真逆に、次の瞬間ワリードの身体は内部から弾け飛んだ。




