第33話 決着
“天馬遊撃隊”本隊への撤退指示を終えたヘンリーは、ロバートのゴーレム馬に同乗し戦場を駆けていた。
「彼らは第一分隊の隊員達じゃないか? このまま加勢するぞ、ヘンリー君!」
まだ人間の形をしているハンスと戦闘中の隊員を見てロバートが合流しようとする。
「ダメです! 彼らは応用の効く魔術師達です。でも残りのメンバーは近戦特化の魔術師だから、相手次第ではかなり苦戦していると思います! そちらを探しましょう!」
ハンス相手に時間差転移で器用に立ち回る隊員達を尻目に、ヘンリーがロバートへ進言する。
「わかったヘンリー君。彼らを探そう。残りは何人いるんだ?」
「隊の透過術師がどちらにいるかはわかりませんが、おそらく二人。両方とも剣を使います」
方向転換し、セシルとシャーリーを探しに向かう二人。
(待っててくれ、セシル。シャーリー先輩。俺にも一発だけの秘策がある。二人ならその隙にどうにかできるはずだ。無事でいてくれ……!)
「見せろよ小僧! あの時の暴力みてえな力をよ! それを打ち破ってこそ俺の雪辱は果たされるんだからなあ!」
セシルは身体中の痛みに耐えながら剣を構え、ガニメデに対峙する。
「……悪いが、同じ相手に何度も見せるほど安いものじゃないんだ」
苦し紛れにセシルが言う。
首輪のことを勘付かれればガニメデはセシルの首輪を外すだろう。
だが今の消耗した状態で『開花』した力を発揮すれば、初めて力を行使したときの様に自我を失い、強力な力で味方を巻き込んでしまう可能性があった。
「そうかい。じゃあ、前みたいにお仲間を痛めつければやってくれるか?」
そう言うとガニメデは再び、飛び道具の“シャード”を展開しようとする。
「させるか!」
ガニメデに向かい飛び掛かるセシル。しかしガニメデの前蹴りで発生した防壁によって阻まれる。
「ワンパターンなんだよ! 魔術も剣術も全部! しかも俺の劣化! そうじゃねえだろ!? お前の本領は!」
今度こそガニメデは剣を破裂させ、シャーリーを襲おうとする。が、剣が起動しない。
セシルが第五元素でガニメデのだんびらそのものを覆って“シャード”の展開を抑えていたのだ。
ギチギチと破片同士がぶつかり合う音がする。
だが“シャード”の爆発力はセシルの想像を超えていた。押さえつけるので精一杯。どうしてもそこに意識が集中してしまう。
「胴が! ガラ空きなんだよぉ!」
ガニメデの鋭い蹴りがセシルの腹部に突き刺さる。
苦痛で前のめりになりながらも、セシルが剣への圧力を解くことはない。
「次は自分の能力を食らってみな!」
ガニメデは前のめりになったセシルの背中に勢いよくだんびらを叩きつける。
第五元素で覆われた剣に斬られることはなかったが、元素をまとった剣は鈍器としてセシルを圧し潰そうとする。
「ぐ……ぁ……」
地面に倒れ伏すセシル。わずかに剣への圧力が緩む。
ガチャガチャと破片同士のぶつかる音が強まる。
ガニメデの次の攻撃が繰り出される前になんとか立ち上がろうとするセシル。そこに突然何かが接近してくるような音がする。
「セシル! 大丈夫か!」
ヘンリーの声。振り返るとロバートとヘンリーがゴーレム馬に乗りこちらへ向かってきているのがわかった。
「ダメだヘンリー! 来るな!」
「よそ見してんじゃ、ねえ!」
セシルの背中を踏みつけるガニメデ。
ヘンリーに意識を向けたことと、ガニメデの攻撃による痛み。
その二つが相まって、セシルによる剣への圧力は解除されてしまう。
「じゃあ、たった今初めましてのお友達からいっとくかあ!? 小僧!」
“シャード”が展開され、暴風が吹き荒れる。
“シャード”の断片は今向かってきたばかりのヘンリーに襲い掛かった。
「逃げろヘンリー!」
自身に襲い掛かる無数の金属片。ヘンリーはそれに臆することなく立ち向かった。
「プニちゃん、やってくれ!」
ヘンリーの背中から這い出してきたのはぬいぐるみ使い魔のプニちゃん。
プニちゃんにはポコちゃん達の様な特殊な能力は持っていないはずだった。
ついこの間までは。
「ぷぅー!」
プニちゃんが力を発揮し、発光する。
するとヘンリーとロバートの乗っていたゴーレム馬は崩れ去り、ヘンリー達を今にも切り刻もうとしていた“シャード”は地面に散らばった。
ヘンリーがプニちゃんへ付呪した能力は、プニちゃん周囲の魔術の無効化。もしくは付呪をされた魔導器の破壊。
かつてフレデリカがプニちゃんに施した治療。つまり膨大な魔力が注がれる過程で、プニちゃん内部に生まれた魔力の「回路」が強力な付呪を施す上での下地となっている。
当然プニちゃん自身の付呪も無効化され、それ以降発動できなくなる。
つまりは一度の戦闘につき一回しか使えない能力。
戦場で使えるのは一度きり、自身の魔術や魔導器にも影響を及ぼしてしまう諸刃の剣。
連射できる種類の魔術にも弱い。
それ故、敵であるガニメデが、強力な魔導器や、次の発動に時間のかかる魔術攻撃をしかけてくるという前提の賭けであった。
結果として、それはガニメデの飛び道具を封じる最善の一手となる。
「だったら! 全力出さねえってならこのまま死ね!」
手元に残った剣を高々と振り上げるガニメデ。
しかしその剣に向けて誰もが意識していなかった方向からの攻撃が仕掛けられ、折れた。
それはガニメデがシャーリーへ“シャード”を放つ前に、彼が防壁で弾きとばした初撃の手斧。
弾かれて空中に舞い上がった手斧はガニメデの隙を突くため、軌道操作の為に注がれた魔力を利用して空中で滞空し続けていた。
そして斧に残った最後の魔力を使って加速。上空から勢いをつけガニメデの剣に直撃させたのだ。
ガニメデは粘り続けたセシル、“シャード”を破壊したヘンリー、一瞬の隙を突いたシャーリー。三者の健闘に素直に感心し、拍手した。
「けどよ、剣がねえなら拝借させてもらうだけだぜ?」
満身創痍のセシルから剣を奪い取ると、セシルの身体ごと引き起こして喉元に剣を突きつけるガニメデ。
「結局最後まで俺の期待には応えてくれなかったな。小僧」
「……知ってるか。切り札は多ければいいんじゃない。最後に使うもんだ」
セシルが腰から抜いていたナイフに第五元素を注ぐ。シャーリーからプレゼントされたナイフ。
刀身は光を帯び、光の刃がガニメデの首を狙って伸びる。
ヘンリーの介入後も健在の首輪。首輪で能力の制限されたセシルが作る光剣は、ここまで敵が接近して初めて使い物になる。
そして、維持できるのも数秒。
ガニメデに限らず、光剣を使うのは敵が止めを刺しに来るときと決めていた。
咄嗟に致命傷を避けようとしたガニメデ。
光剣を腕で受け右手首が切断され、剣を握った手ごと地面に落ちた。
「やるじゃねえかよ坊主! やっぱり戦場は何が起こるかわからねえ! だから戦場はおもしれえ! ハハハハッ!」
ガニメデは出血する右手首を押さえながら距離を取る。
彼の表情は、心底この状況を楽しんでいるかの様子だった。
「次こそは本気で殺し合ってもらうぜ、小僧!」
そう宣言すると背後に『ゲート』を発生させるガニメデ。
ロバートはあえてガニメデに仕掛けず、力を使い果たし倒れたセシルを守るように間に入る。
かくして、セシルは当初の目的であった「ガニメデに一矢報いる」ことに成功した。
しかしこの戦いで、理不尽を振りまくガニメデのような使徒はまだ大勢いることを知る。
セシルの使徒に対する敵愾心はより強まるのだった。
「キャンディーちゃん飽きちゃった」
ロリポップ・キャンディーはフリルの付いたピンク色の傘を手のひらの中でクルクルと回しながらつぶやいた。
ロリポップ・キャンディーの魔術が毒の散布だと把握した王国騎士達は彼女に近付くのをやめた。
彼女の毒風を操れる範囲は限られていたし、彼女の方から近寄ろうにも足元は死体だらけで歩きにくい。
なので同じ前衛で戦うイザベラとウルバンの狙撃で死んでいく騎士達を眺めていたが、騎士達の死に方が単調なので飽きてしまった。
「キャンディーちゃんの毒なら色んな殺し方できるのに……」
そうつぶやくと『ゲート』を作成し、一人で帰還していった。
一方で奮戦を続けるイザベラとそれを狙撃でサポートするウルバン。
(いくら殺しても切りがねー! キャンディーには期待してねーけど、ガニメデとハンスはどーしたんだよ!? 普段でけー口叩いてっけど、もう死んだ? だっさ!)
敵の増加に伴い、血で作った杭を二本持って戦うイザベラ。
だが騎士達が自分に集中しているのは、ロリポップ・キャンディーの毒を避けた騎士が合流しただけではないことを悟る。
現場を仕切っていたガニメデの姿が確認できない以上、“奴隷人形部隊”は指揮官ルキウスからの命令を達成したと判断した。
撤退行動に移るイザベラ。しかし彼女を取り囲む騎士達は『転移の符』など起動する時間を与えない。
そう考えたイザベラは、杭のうちの一本を地面に突き立てる。それに乗り高く跳躍し、空中で符を起動させた。
騎士達は着地したイザベラを一斉に叩くべく、包囲の態勢を取る。
当然それを見越していたイザベラは地面に突き立てた杭を破裂させた。
血液が鋭い針の様に一斉に騎士達へ襲い掛かる。
無数の騎士達の血液から魔力を奪っていた杭は、鎧を貫く棘に姿を変え、包囲網は崩れた。
そしてもう一本手に持った杭を同じ要領で地面に突き立て、跳ぶイザベラ。そのまま空中に開いた『ゲート』に飛び込み撤退する。
「俺が最後か……」
ひとりごちるウルバン。ウルバンの魔弾も密集した騎士達による『応急防壁』の一斉展開という対処法で狙撃地点の廃城に迫られつつあった。
騎士達が廃城に突入すると、彼も『ゲート』を作成し撤退する。
これで五人の“奴隷人形部隊”隊員のうち、戦死したハンスを除いた四人が帰還したことになる。
“奴隷人形部隊”所属ではない唯一の例外、ワリードを除いて。
ワリードは“奴隷人形部隊”が時間を稼いでいる間、廃城付近の街、ハーデ・ベルを単独で陥落させていた。
使徒の真の目的、それは王都近郊の街を壊滅させることで王都中を恐怖に陥れることだった。




