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第31話 剣戟

 “八つ裂き”ハンスは“天馬遊撃隊”の本隊のいる地点にまでたどり着くと、思うがまま隊員達を切り刻み出した。


「刻んでやるよ、一生モンの傷。いや、一生で最後の傷をさあ!」


 “天馬”本隊は突然の使徒強襲でもはや統率がとれていない。


 逃げ惑う隊員達をハンスは追いかけ思うがままに切り刻むのだった。


 第一分隊含む特殊部隊役の部隊がまず最初に遭遇した使徒がハンスだった。


 彼は連なる様に逃げる三人の“天馬”の隊員を追い、転移したかの様なスピードで先頭の隊員の目の前に立つ。


 既に後ろの二人は腰の辺りで身体を両断されていた。


 突然現れた使徒に驚き残る一人が転ぶ。


 するとその衝撃で彼の身体は真っ二つになった。


 超スピードで両断された彼の上半身は、ぴたりと下半身の上に乗っていたのだった。


「男はバラバラ、女は二度と見れねえツラにする。男はそろそろ食傷気味だぜ? いねえのかよ女はさあ!」


 そう言いながらもハンスは男相手に手を休めるつもりはない。

 

「ロバートさん! 俺達が行きます!」


「いや、我々が行こう! 騎馬で先陣を切る。敵が我々の相手をしている間に君達が不意を突け!」


「ダメです! 使徒の実働部隊相手に即席の連携は通用しません! ロバートさん達は“天馬”の救助をお願いします! ヘンリー! お前も頼む!」


 ロバート達より先にハンスへ接近する第一分隊。


「ヘヘッ! いるじゃんか! それも上玉が何人も!」


 最初にシャーリーが手斧を投擲するが、手斧の到達する場所にハンスはいない。


 手始めに狙われたのはステラだった。


 急接近するハンスを足元から土壁を展開して防ごうとするステラ。


 その土壁を一息で飛び越えたハンスがステラに切りかかる。


 だが次の瞬間、ハンスの背後に転移したクラリッサが火球を背中に叩き込む。


 火球をぶつけられた勢いで地面に激突する、と思いきや空中で器用に体勢を変え着地するハンス。


 今までの経験で火球の威力不足を実感したクラリッサは、両手の十指全てに威力増強の指輪をはめていた。


 一般人であれば即死、並みの魔術師でも全身が大火傷してしまうほどの威力の火球。それでもハンスへの有効打にはなっていない。


「ってえなあ……。標的変更。じゃ、お前から刻みまあす」


 クラリッサに向き直るハンス。しかしクラリッサは既にハンスの背後にさらに転移していた。


「戦法がワンパターン! そして避けてからの一撃ぃ!」


 クラリッサの火球をジャンプして避けるハンス。


 そして空中で身体をひねるとクラリッサの側頭部に回し蹴りをぶつける。


 吹き飛ぶクラリッサ。そしてそれを追うハンス。


 クラリッサは着地寸前に転移。


 そしてハンスが着地地点と見ていた場所に突然ゴーレムが現れる。


 それはクラリッサが休暇中に練度を磨き、実戦投入した時間差転移。


 いつでも任意の場所に転移させられる様に、アレキサンダーとゴーレムを転移途中の空間に待機させていたのだ。


「好きなだけ刻んでけよ。思い残したことでもな!」


 アレキサンダーのゴーレムがハンスに向かって進む。


「遅せえ遅せえ遅せえ! これ止まってない? 止まってるよなぁ!」


 ハンスは瞬く間にゴーレムの両腕を根元から切断。


 アレキサンダーはゴーレムに見切りをつけ破裂させる。その破片の全てを避けるハンス。


 接近するハンスにアレキサンダーは自分自身を核としたゴーレムを作成、岩を身に纏い防御に徹する。


「そんなら泥人形ごと真っ二つ! 肉入り泥団子一丁!」


 だがハンスがアレキサンダーへ到達する前に、ハンスの背後にステラが転移してきた。


 クラリッサはハンスに火球を浴びせた直後にステラも空間に待機させていたのだ。


「あんたが切り刻まれなさいよ。外道」


 ステラが放つのは土壁で防御する以前から刀身に溜めていた、風による斬撃を伴う衝撃波。


 アレキサンダーはハンスの攻撃に備えていたのではない。


 ステラが全方位へ放つ衝撃波に備えていたのだ。


 これは第一分隊の休暇中にクラリッサが編み出したフォーメーションの一つ。


 休暇中帰省していたステラと、練習に付き合ってくれなかったアレキサンダーには演習前に簡単に説明しただけだったが、流石は秀才。理解が早くぶっつけでも成功した。


 砕け散るゴーレムと吹き飛ばされるハンス。


 いくら速くても予想外の攻撃には対応できない。先ほどの様にはいかず、着地できずにゴロゴロと地面を転がる。


 しかし、致命傷には至っていない様子。


 このフォーメーションにセシルやシャーリーも組み込めば、この切り裂き男を倒すことは可能だとクラリッサは考える。


 けれど近くに二人の反応はない。それもそのはず。単独で深追いし過ぎたハンスを追って、騎士達を切り伏せながらガニメデが接近してきたからだ。




 ガニメデと対峙するセシルとシャーリー。


「ちっとは面構えがマシになったか? 坊主! けどよ、俺も運がいいぜ。自分の不始末をこの手で挽回できるっつーんだからなぁ!」


「違うな、お前は運が悪い。この前みたいに無事で帰れると思うな、ガニメデ!」


「カッコいいねえ。あの日這いつくばってただけの小僧がよぉ!」


 ガニメデが剣を手に、空間を足場にする魔術で空間を蹴り加速して突っ込んでくる。


 対するセシルも第五元素を両足から放出、背中にも第五元素をぶつけて加速する。二人の剣が激しくぶつかり合う。


「そんなに俺の隠し玉が気に入ったか!? 小僧ォ!」


「気に入ったんじゃない。お前の技でお前を倒してやりたいだけだ!」


「ハッ! 言うじゃねえか、よぉ!」


 押し負け弾き飛ばされるセシル。押し負けた理由は体格差だけではない。


 ガニメデの洗練された身体強化の技量、それが現れ出ていた。


 ガニメデがセシルに追い打ちをかける前にすかさずシャーリーが手袋から連続でナイフを投擲する。


 するとガニメデがシャーリーの方向に向け蹴りを放つ。ガニメデの蹴りによってできた足場が防壁の役割を果たしナイフは地面に落ちていく。


「手癖が悪いな、嬢ちゃん」


 シャーリーが作った隙で既にセシルは構え直している。


 今日のガニメデは通常の剣の倍ほどの幅のある長剣を手にしていた。


 以前見た軽快な剣捌きよりも、質量による一撃の重さに注意を払うべきだと考えるセシル。


 向かい合う二人。二人より先に動いたのはシャーリーだった。


 今度は魔力操作した手斧を投擲し、自身も剣を背中から抜き接近。セシルが攻める隙を作ろうとする。


 セシルもシャーリーの動きを見て、剣を構え距離を詰める。ガニメデは手斧に対応した上で二人の攻撃を捌かなければならない。


(どう出る。ガニメデ!?)


 するとガニメデは剣を片手で持ち、手斧が向かってくる方向に重い拳を放った。


 足で空間を蹴ったときの様な防壁ができ、手斧が弾かれる。


 弾かれた手斧は空中に舞い上がる。そして片手に持った長剣でセシルと打ち合うのだった。


(空間に作れるのは足場だけではないのか!)


 「驚いたか、小僧? 覚えとけ、切り札は多ければ多いほどいいってなぁ!」


 言い終わると同時にガニメデの持つ剣が“破裂”した。


 剣の中に秘めてあったかの様な暴風に、セシルは体勢を崩してしまう。


「うぅっ……!」


 シャーリーの呻き声が聞こえる。セシルは咄嗟にガニメデから距離を取ってシャーリーの方向を見る。


「シャーリー先輩!」


 シャーリーは破裂した剣の大小様々な破片に襲われていた。


 それは蝿が獣の死骸へたかるように纏わりつき、金属片がシャーリーの身体を切り刻む。


 元素弾でシャーリーごと破片を吹き飛ばそうと試みるセシル。


 次の瞬間、ガニメデがセシルに斬りかかった。


 ガニメデの剣が視界に入る。それには確かに剣としての実体があった。


 弾け飛んだのは幅広の剣の外側の部分だった。


 セシルに今襲い掛かっているのは通常の太さになった、いわば内部に秘めてあったロングソードだったのだ。


 咄嗟に防壁を展開しガニメデの攻撃を防御するセシル。


 ガニメデの剣は防壁に食い込む様に食らいつく。このままでは防壁が破られるのは時間の問題だった。


 セシルは即座に防壁を解除し、防壁を構成していた第五元素を一気にガニメデに浴びせる作戦へ移る。


 身体ごと勢いよく剣を弾かれるガニメデ。だがその顔は笑っていた。


 シャーリーを襲わせていた剣の破片。それがいつの間にかセシルの近くに浮遊していた。


「吹き荒れろっ! “シャード”ォ!」


 解いたばかりの防壁を再展開することが間に合わず、全身を切り刻まれるセシル。焼ける様な痛みが全身を襲う。


「言ったじゃねえか。切り札は多い方がいいってよぉ!」


 セシルは倒れない。立ち止まらない。


 第五元素を背中にぶつけて加速、ガニメデのいうシャードにガニメデ自身も巻き込もうとする。


 「チッ! 戻れ!」


 セシルがガニメデへ到達する前に、ガニメデは“シャード”を回収。


 一振りのだんびらに再構成させる。セシルの剣撃を再構成した剣で受け止め、弾きとばす。


 シャーリーは倒れ一対一。力量はガニメデの方が上、そしてガニメデには遠近兼ね備えた武器がある。


 セシルは絶体絶命の危機にあった。

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