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第27話 過去

 セシル達が王都に帰還すると、騎士団本部前には王都の市民が詰めかけちょっとした騒ぎになっていた。


「暴動っすか?」


「縁起でもないこと言うなよ」


 アンにツッコむヘンリー。


 だが市民達は騒いで入るものの、騎士達と揉めている様な雰囲気は感じなかった。


「ちょっと透過して見てくるっすよ」


 アンが透過して群衆へ近付き、しばらくして戻ってくる。


 彼女は戻ってくると、本部前で何が起こっていたかを教えてくれた。


「わたしたちの話題で持ちきりっす。随分と盛り上がってるっすよ」


「はぁ!? いくらなんでも早すぎんだろ。教王府がウワサ流してんじゃねえか?」


 確かにアレキサンダーの指摘は的を射ている様に感じる。


 先に王都へ帰還したアーサー達が教王府に報告し、市民へと“天馬遊撃隊”の戦果を伝えた可能性は十分あるとセシルは思った。


 任務の為に白く目立つ制服ではなく、地味な服装に身を包んでいたことは幸いだった。


 ドモア村での死闘で心身ともにクタクタであるのに、王都市民の対応までしろというのは勘弁してもらいたい。これは分隊員の総意だった。




 “天馬遊撃隊”の第一分隊が教王府に市民へとウワサを流す猶予を与えてしまったのには理由があった。


 転移直前にそわそわし出したドモア村近辺の森育ちのクラリッサ。


 彼女の様子を見かねた隊員達は、両親に挨拶でもしてくればどうかと提案したのだった。


「遠目に、遠目に見るだけ! ね?」


 道すがらクラリッサは自身の身の上を話してくれた。


「あたしの両親、王国騎士だったのよ。同じ部隊で意気投合したみたいで。で、あたしが生まれて。そのあたしが教えてもない転移魔術を使い始めちゃったから『魔術師同士の争いに巻き込みたくない』って二人とも騎士団を辞めてここの森に籠っちゃったの」


「本能で転移ができたのね。クラリッサさんは。逃げ上手な小動物の生まれ変わりかしら」


 ステラが茶々を入れる。


「そうそう、きっとポコちゃんみたいにかわいいウサちゃんだったのよ。それで森に閉じ込められてたの。でも、子どもでしょ? 三年前くらいかな。外の世界を知りたくて、森を飛び出して、無軌道に転移を繰り返したの。で、商人のキャラバンの貨物に紛れ込んじゃった」


「『紛れ込んじゃった』じゃないっすよ。普通に迷惑っす」


「まあ、そう。それで結局道中でバレて、商人も戻るわけにもいかないから、王都まで連れてってから騎士団に頼んで帰そうとしたみたい。それで、王都に着いてからまた逃げちゃった」


「何回逃げるっすか」


 普段はツッコまれる側のアンがツッコミ役に回っている。それくらいにクラリッサの過去は意外性に満ちたものだった。


「でも結局騎士団に補導されて。事情を聞いたら『ゲート』で送り返すっていうから転移の力で『ゲート』に干渉して妨害して居座ったの。『絶対帰らないぞー!』って」


「……」


「え、どうしてそこから特務の所属になったんだよ」


 呆れ返ったアンやステラは何も言わなくなった。代わりにヘンリーが続きを促す。


「ちょうどそこにまだ特務へ引き抜かれる前のギルベルトさんがいて、面白半分でフレデリカさんのところに連れて行ったの。それで特務で預かってもらえることになって、魔術の基礎は……まだちゃんとしてないけどフレデリカさんに学んだの」


 クラリッサは、ギルベルトとフレデリカが彼女の話から両親の居場所を特定し、彼女を特務で預かることを納得させる為に頭を下げ、懸命に説得したことを知らない。


 結局クラリッサがそれだけのことをしでかした以上、同じ様なことを何度もして他所に迷惑をかける可能性を考え、両親は折れたのだった。


 クラリッサの身の上話が終わる頃、分隊の皆の目に小さな小屋のような家が目に入った。


 家には灯が点いており、クラリッサの両親がまだそこで暮らしていることを意味していた。


 クラリッサの目が潤む。


「本当に挨拶しなくていいのか、クラリッサ」


 セシルが再確認する。


「いいの! また閉じ込められちゃうかもしれないし。でも印だけは残してく! 『あたしは元気だぞ!』ってね」


 魔力を込めた指で何かのマークを木に刻むクラリッサ。


「ごめんね。時間かけちゃって。じゃあ帰ろっか!」


「何書いたっすか?」


「内緒!」


 それは両親に何度もせがみ聞かせてもらった騎士団時代の話。


 彼女が刻んだのは二人が出会ったという部隊を示す紋章だった。


 クラリッサは両親を、かつて暮らした森を守れたことを誇りに思いながらドモア村を後にしたのだった。




 ドモア村から帰還した翌日。


 再生中のヨナ以外の第一分隊メンバーは、まだ疲れが取れていないまま司令部に呼び出されていた。


 司令部に入ると隊長のオットーが椅子にふんぞり返っている。


「でかしたな! 流石は私が直々に選抜した第一分隊。やはり私の目に狂いはなかった!」


 このオットーの性格には慣れてしまっていた。


 一々反論してオットーを刺激すると余計に疲れるので、アンやアレキサンダーすら黙っていた。


「読んでみろ、貴様らのことが書いてある」


 オットーは自身の机を指差し隊員達を呼び寄せた。読み上げるヘンリー。


「新聞? 何々……? 義勇軍“天馬遊撃隊”さっそく大手柄。鉱山地帯の使徒の拠点を強襲……上級使徒を撃破!? 村を襲っていたのって上級使徒だったんですか?」


 セシルは上級使徒という単語を初めて知った。


 だがあれだけの時間と範囲で強力な術式をドモア村全域に展開し続けた魔術師。


 今まで戦った使徒の中でも一番凄まじい相手だった。


「そうだとも! 今回貴様らが仕留めた使徒は、使徒の中でも大きな役割を持った十人の上級使徒の一人。さらに奴は使徒が実験拠点を放棄する度に現れる強敵でな。騎士団も異端審問官も散々手を焼かされていた輩だ。拠点の主は取り逃がした様だが、そんなことはどうでもいいほどの快挙だ!」


(どうでもいい? 実験拠点を運営していた使徒が、別の場所で誰かを犠牲にするとしても?)


「でもアーサーさんのこととか、使徒が勝手に死んでたこととか書いてないっすね」


 アンがついオットーの知り得ない情報を漏らしてしまう。


「『最強の騎士』アーサーと貴様らの任務に何の関係がある? それに使徒が勝手に死んでいたなどと妄言を吐くのはやめろ。死因なんぞいくらでも考えられるだろう? 重要なのは、貴様らが上級使徒と戦い、上級使徒が死んだということだ」


 上機嫌だったオットーはすぐさま普段の嫌味な態度に戻ってしまった。


 セシルはオットーへ、一晩中気にしていたことを尋ねる。


「オットー隊長、村の犠牲はどのくらいですか?」


「新聞に辺境民の死者数など書いてどうするというんだ。王都に安寧をもたらすための貴様らだろう? 辺境出身だからといって妙な肩入れはよせ、セシル分隊長」


「辺境民の命は王都市民の命に劣るということですか?」


 セシルはオットーを試す様に問う。


「辺境民の命に価値がないとは言っていない。だが、辺境の事件で王都に混乱を招く様なことがあってはならないと言っているんだ。辺境民が王政の足を引っ張ることなど言語道断だ」

 

 国家を運営する上で教王府が支持を得るため、王都市民のため戦うアーサーの理念は理解できた。


 しかしセシルにとってオットーは、ただ王都に生まれ、その身分に依存し、同じ国で生きる辺境民を見下す質の悪い存在にしか見えなかった。


「オットー隊長は生まれた場所だけで、全く異なる人生を歩むことになるこの国をどう思っていますか?」


「馬鹿馬鹿しい! さっきから何のつもりだ? 王都市民は王都市民の、辺境民には辺境民の役割があるといっているんだ!」


「辺境民の役割? ただ生きていくだけで精一杯で、死んだことさえなかったことにされるのが辺境民の役割だと言うのですか?」


 セシルはアーサーと話してから釈然としていなかったモノが、オットーと話すことで怒りへと変わっていくのを感じた。


「さっきから貴様、鬱陶しいぞ! 運よく王都に紛れ込んだ辺境民風情が身の程を知れ!」


「身の程を知るのはあなたの方だ! あなたは騎士団で出世していきたいようだが、そこに信念はあるのか!? ただ偉ぶりたいだけの人間が、命を語るな!」


 セシルは既に怒りで第五元素を制御できない。


 漏れ出た第五元素が机や書棚をガタガタと揺らしている。


 今セシルは、辺境を覆う理不尽が人の形をした様なオットーが許せなかった。


「私に何かしてみろ! 軍法会議にかけてやるからな!」


 捨て台詞を吐いて司令部を逃げる様に出ていくオットー。セシルに気を遣って分隊員達も司令部を出ていく。部屋にはアレキサンダーだけが残った。


「今のお前、あの時みたいだぜ」


「あの時?」


 オットーが退室し、少しだけ冷静さを取り戻したセシルがアレキサンダーに問う。


「俺とお前が殺し合ったときだよ」


 続けてアレキサンダーが言った。


「お前、何考えてんだかわからなくて気持ち悪いんだよ。俺を殺すつもりで決闘したかと思えば、今度は同じ隊でお友達ごっこだ。で、嫌味なバカ上官に良い子ちゃんしてたかと思ったら、今度は辺境民の扱いにキレて盾突くのか? 意味わかんねえよ」


「俺は……俺はただ、理不尽が許せないだけだ」


 言葉にしてセシルは初めて気付いた。


 命をおもちゃにする様にして楽しむガニメデ、クラリッサを人質にしたアレキサンダー、辺境民を利用するだけして虐殺しようとした使徒。


 そして今回ハッキリと感じた命の価値の格差。そういった理不尽が許せないのだと思った。


 そしてこの国に溢れる理不尽の大半は使徒によるものだと確信した。


「じゃあ精々使徒を殺して回ろうぜ。一応は従ってやるよ。部下だからな」


 アレキサンダーはそう言い残すと司令部を去った。


 一人残されたセシルは打倒使徒を改めて誓う。


 この理不尽な世界の源流がもっと深い部分にあることを知らずに。

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