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第23話 幻影

 上級使徒”ナンバーズ”序列第十位のルイスとその補佐カトリーヌ。


 ドモア村で事が起こる前に二人がいた場所は、ローレ・デダーム国境の森を越えた先にある使徒の居城であった。


 そして城にあるルイスの部屋で行われていたのは”お茶会”だった。


 カトリーヌは任務の度に精神的に摩耗していくルイスを気遣い、お茶と菓子、ポットやティーカップといったルイスの質素な部屋には似合わないものを次々と持ち込み、お茶会を始めたのだった。


 ルイスはお茶の味そのものよりも、カトリーヌと過ごす穏やかな時間そのものを楽しんでいる様子。


 カトリーヌが好きなものはルイスの笑顔、そして嫌いなものはルイスを苦しめる任務。


「カトリーヌの入れるお茶は美味しいね」


「じゃあルイス、今日の茶葉の種類。わかる?」


「それは……難しいな」


 カトリーヌは苦笑するルイスの笑顔も好きで、つい意地悪をしてしまうこともあった。


 ルイスは繊細で、どこか儚げな雰囲気の青年だった。


 カトリーヌはルイスの纏う雰囲気も好きだったが、それ以上に共に仕事をするカトリーヌを常に気遣う彼の優しい心が好きだった。


 カトリーヌはルイスのことをこの世界で最も心優しい魔術師だと思っていた。


 使徒でさえなければ、彼の生まれ持った才能がもっと違ったものであれば、ルイスなら持ち前の心根の優しさで周囲の人たちにも恵まれ、きっと幸せな人生を送るだろうと信じていた。


 ただ、現実はカトリーヌの思う様にはいかなかった。


 ルイスの魔術は使う度に、自身に苦痛と罪悪感を与え、精神をえぐった。


 そんなルイスに”黒父の使徒”という組織は任務を与え続ける。


 自分の心がいくら傷ついても、カトリーヌを常に気遣う彼の優しい心が好きだった。


 そしてそんな彼の心の痛みを引き受けることもできず、ボロボロのルイスに気遣わせる無力な自分が、大嫌いだった。


 突如としてルイスの部屋に『ゲート』が開く。


 それはルイスに次の任務が与えられたという事を意味する。彼に任務の詳細が語られることはない。


 任務を達成するだけなら一度彼の能力を発動すれば事足りるからだ。


 任務の内容は常に、「放棄された使徒の拠点の破壊と現地協力員の殲滅」だった。逆に言えば彼の能力はそれしかできない。


 ──そして補佐としてのカトリーヌに与えられた真の役目は、彼が暴走した際にルイスを殺害することだった。


「行こうか、カトリーヌ」


「うん」


 ルイスはお茶を飲み干すと立ち上がりゲートへと向かう。


 彼は自分のことをそういう任務をこなす装置だと思うことにしていた。


 任務の度に傷つき、苦しむのは自分が弱いからだと言い聞かせた。


 今日もルイスは自分の弱さと過去を克服する為、任務へと臨むのだった。




 業火に包まれるドモア村を目の当たりにして絶句する分隊員達。


 沈黙を破ったのはヘンリーだった。


「この炎、何かおかしいぞ。こんな近くで村中が燃えてるのに熱くない」


 言われてみるとそうだとセシルは感じる。


 これだけ激しく燃え盛っているのに、セシルが先ほど村に来た際と気温が変わった気配はない。


「ヘンリー、お前はこの炎をどう見る?」


 真っ先に異変に気付いたヘンリーに意見を求めるセシル。


「幻術の様に見えるけど多分違うな。証拠隠滅の為にわざわざこんなに目立つ幻術の炎で遠ざけようとするのは本末転倒だろ? 術式による副次的な効果? いやそんなものあるか?」


 ヘンリーの意見に対しセシルが何か返そうとすると、突然村から怒号や悲鳴が上がり始める。


「突入して村人を外まで誘導する。使徒を討つのはその後だ! 行くぞ!」


 分隊員達が村の中へ突入すると、炎の勢いでそれまで見えなかったものが見えてきた。


 その光景に再び彼らは言葉を失うことになる。


 王国騎士が、村人を襲っていた。


 村の中心地。魔鉱石の山がある辺りで、王国騎士が武器を持って抵抗しようとした村人に、手にした剣を振り下ろそうとする。


 セシルは身体強化と第五元素を背中にぶつけ加速する合わせ技で二者の間に割って入る。


 王国騎士の剣が宙を舞う。


「どうして王国騎士が使徒に手を貸してるんだ!?」


 騎士は何も答えない。


 が、近くで見るとセシルはその王国騎士の異様な姿に気付く。


 背丈は平均的な大人の身長の三割増しほどに見え、顔は黒い靄で覆われており表情は窺えない。


 そしてセシルが先ほど弾きとばした剣は地面に落ちることなく、空中で黒い煙となって霧散する。


 新たな剣がいつの間にか騎士の手に握られていた。


 セシルは騎士を魔力で生み出された産物と判断。第五元素を衝撃波としてぶつけ、よろけたところを強化した剣で一刀両断する。


 手ごたえはなく、騎士は剣と同じ様に霧散した。


 そして煙となって霧散する騎士から確かな魔力の反応を感じた。


「セシル! 村のそこら中に騎士がいるぞ!」


「そいつらは魔術で作られた幻影だ! 倒して構わない!」


 既に分隊員達は散開し王国騎士の幻影に応戦していたが、セシルの指示によって騎士を打ち倒す態勢に移行する。


 ヘンリーはアレキサンダーのゴーレムに守られながら、目を閉じ、地面に手を当て、風と地から村を覆う魔力の流れを読み取ろうとしていた。


 セシルは救出した村人を後方の入口方面へ逃がす。


 転移することによって村人を騎士から遠ざけ、騎士へ火球を浴びせていたクラリッサ。


 彼女は中々火球が決定打にならず苦戦している。それを見てクラリッサへ加勢しようとするセシル。


 が、突然背後から叫び声が聞こえた。


 咄嗟にセシルが振り返ると、ついさっき逃がした村人が幻影の様な騎士によって切り伏せられていた。


 先ほど霧散したモノと全く同じ特徴の騎士によって。


(助けられなかった! でもどういうことだ? 召喚による魔術の気配はなかった。復活したのか?)


 村人が逃げ惑う中で、少しでも犠牲者を減らすべく新たに出現した騎士も斬り捨てるセシル。


「セシル君! 後ろ!」


 上空からヨナの声。


 振り向くとまた同じ騎士がセシルに向け剣を振りかぶっていた。


 なんとか一撃を防ぐが、無理な体勢からの防御で姿勢を崩し転倒する。


 既に幻影騎士は次の攻撃としてセシルに剣を突き立てようとしていた。


 魔力消費が大きいため先の見えない戦闘ではあまり使いたくなかったが、セシルは第五元素による防壁の展開に備える。


 次の瞬間、矢の様な鋭い魔弾が騎士の頭部から地面までを貫いていた。消滅する影の騎士。


 ヨナは魔弾射出用に右手首から先を細い筒状に作り変え、騎士の頭上から魔弾を放ったのだった。


「ごめん。体を作り変えるのに時間がかかった!」


「いや、ありがとうヨナ! そのまま村人を襲う騎士を狙撃しながら村全体の様子を見てくれないか?」


「わかった! でも今見る限りでも騎士は増え続けてる。術師の特定にも気を払ってみるよ!」


 勢いよく飛び去るヨナ。


(復活しているんじゃなく、幻影の騎士自体が増え続けているのか!?)


 立ち上がると彼は既に前後を幻影に挟まれていた。


 剣を振りかざす前方の騎士に対し、剣を突き出し勢いよく飛び掛かるセシル。


 前の一体を切り捨てる。幻影が消失する特性を利用し、その勢いを保ったまま前に出て、後方の騎士の一撃を避けた。


(いくら騎士を倒しても、ここまで早く補充されると埒が明かないぞ)


 セシルは後方の敵も切り伏せてから改めて周囲を見る。


 幻影騎士と戦っていた分隊員達も、増え続ける敵への対処で次第に中心地から離れ、分隊員達はそれぞれが孤立しつつあった。




 そんな中、最も苛烈に戦っていたのがシャーリーだった。


 任務の都合上不自然な厚着ができないため、格納して持ち込める武器こそ少なかったが、普段より少ない武器を使いこなして幻影の騎士を攻め立てる。


 魔力で動きを操作した二本の手斧を投げ次々と幻影をなぎ倒し、眼前に新たな騎士が発生すると、手袋に格納したナイフを放ち、的確に頭部に命中させ霧散させる。


 そしてシャーリーめがけて戻ってきた手斧を彼女が跳躍してかわすと、次に手斧は後方の騎士達に襲い掛かった。


 射出したナイフは魔力で引き寄せ手元に回収することもできたが、敵に隙を作る可能性があるので諦める。


 その代わり二本の手斧を懐から取り出し追加。


 四本のうち二本は投擲し、その手斧が手元に戻ってくる前に、先に戻ってきた手斧に魔力を補充し次の弾とする。


 シャーリーは前方、後方へと交互に手斧を投げ次々と敵をなぎ倒すが、手斧をかいくぐって左右から騎士が接近してくる。


 手に持っている手斧は魔力を補充し始めたばかりで威力が足りない。


 するとシャーリーは左足を軸足とし、勢いよく回転する。


 突き出された右足の靴底からは魔力強化された剣の刀身が飛び出していた。


 霧散する左右の騎士。シャーリーは靴底に剣を格納し、右足を下ろして戦闘を続行する。


 アレキサンダーもゴーレムを使役し幻影騎士を叩き潰しているが、シャーリーと比べると彼自身の周囲に騎士はあまりいない。


 迫りくる影を切り伏せながらセシルは思案する。


 クラリッサ、ヘンリー、アレキサンダーと比べてセシル、ステラ、シャーリーに襲い掛かる敵の数は明らかに格差がある様に見えた。


(武装している者が優先的に攻撃を受けるのか?)


 セシルが一つの仮説を立てると、ヘンリーがセシルを大声で呼んだ。


「セシル! 村に流れる魔力の動きが掴めた! こいつらはただ無作為に湧いてくるんじゃない! 騎士が動き回った場所が新たな『湧きどころ』になるんだ! このまま後退し続けるとやつらの行動範囲が広がって、村中が敵だらけになる!」


(数に物を言わせて敵を後退させて、さらに騎士の湧く領域を拡大させるだって? 厄介な術式にもほどがある!)


「さっきから攻撃が効いてないっす! どうすればいいっすか!?」


 アンの実体化による攻撃は、急所の無い幻影騎士には通用していない。


「あたしも! でも下がると敵が増えるんでしょ!?」


 幻影に対して決定打を持たない二人がセシルに指示を求める。


「アレキサンダー! ゴーレムで村の入り口を塞げるか?」


 すると何か思いついた様にセシルがアレキサンダーに問う。


「ああ!? 二体合体させて岩の塊にすればできるだろうが、それじゃ戦えねえぞ!」


「それでいい! クラリッサと村の入口に転移して、ゴーレムで入口を塞いでいってくれ!」


「入口は四か所だろ!? 一つの入口に二体使うなら三か所までだ!」


 アレキサンダーが反論する。


「最後の一か所は俺達第一分隊で死守する! こいつらを外に出したら近隣の村にも被害が及ぶ! 近距離戦ができる俺とステラとシャーリー先輩で押しとどめる!」


「セシル、オレはどうすればいい!?」


「ヘンリーは俺達の後ろで術師の居場所を探ってくれ! 術師が離れた場所にいるならヨナに狙撃させる! アンとクラリッサは転移しながら隠れてる村人を外に逃がすんだ!」


 セシルの指示で分隊員達は村に幻影騎士を閉じ込め、村人を救出する作戦に早速取りかかり始めた。

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