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恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。  作者: 長岡更紗


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25/26

25.ストロベリー侯爵と、天使の娘。

「すごい泣き声が聞こえたんだが……大丈夫か?」


 私とシャロットが抱き合っていると、イシドール様がやってきてくれた。

 すっかり涙の上がったシャロットが、私の手を飛び出してイシドール様の元へと駆け寄る。


「ねぇ、パパ!」

「ん?」

「シャルね、ここにいることにきめたの! パパといっしょにいる!」

「……っ、本当か……?」


 あ、イシドール様、感極まって泣きそう。

 だって、ラヴィーナさんのところに行くと思ってましたよね。

 私も、そう思ってましたから。


 シャロットはそんなイシドール様を見て、太陽のようににっこーと笑う。


「だからね、パパ。レディアおねえちゃんとけっこんするのよ!」

「……え?」


 予想外ですよね。わかります。

 展開が早いのよ、シャロットは。


「パパ、レディアおねえちゃんのこと、すきでしょ? シャル、パパのことならなんでもしってるんだから」


 ドヤァッと胸を張るシャロットが、可愛らしい。

 私がふふっと笑うと、イシドール様はどういう状況だと言わんばかり首を捻らせている。


「それは……そうだが」

「レディアおねえちゃん、シャルのおかあさまになるって、いってくれたの。だから、おねえちゃんはパパのおよめさんになるの! はやくぷろぽーずしてくださいっ!」


 舞踏会ごっこの再来! 展開が早い!

 ってもう、結婚はしてるんだけどー!


「そうか、わかった」


 イシドール様は、静かに私のほうへと歩いてくる。

 その足取りは落ち着いていて、私の方がドキドキしてしまう。


「えっ……?」


 そのまま私の目の前で、片膝をつく。

 そして、私の手をとって──真剣な目で私を射抜く。


「イ、イシドール様……?」

「レディア……この世界で、君以上に、信頼できる人はいない。君以上に、優しくて、強くて、あたたかい人を、俺は知らない」

「えっ、あ、えっと……あの、それは……」


 待ってください、何ですかこの急展開。

 いきなりで、そんなに気持ちを切り替えられるものなんですか!?

 視線を逸らしたくなるけど、イシドール様の瞳がまっすぐすぎて、逸らせない。


「俺は……ずっと不安だった。君のような素敵な女性が、俺のそばにいてくれると思っていなかった。いつか、遠くに行ってしまうと思っていたし、そうすべきだとも考えていた。だがそう思うたびに、胸が締めつけられるほど苦しくなった」

「イシドールさま……」


 これ……イシドール様の本心だ。

 誰よりも優しい、イシドール様の、本音。


「最初、俺は君を救おうとしていた。だが、救われたのは俺の方だ。いつの間にか、俺は君から目を離せなくなっていた──愛してしまったんだ」

「あの、わ、えと……」


 どうしよう……声がまともに出てこない!


「レディア、どうか……俺の妻になってくれ」

「~~~~~~~~っっっ!!!!」


 息まで、詰まって……!

 イシドール様の言葉が、まっすぐ、まっすぐすぎるほどに心に届いて。

 私の中を甘く満たしていってしまう。


「ねぇねぇ、レディアおねえちゃん!!」


 そう言って、シャロットが私の袖をぱたぱた引っ張ってくる。


「はやくおへんじして! およめさんになるんでしょ!? さっき、シャルのおかあさまになるって言ってくれたもん!」

「シャロット……」


 イシドール様が、私の手をそっと取ったかと思えば──そのまま、やわらかく、丁寧に、手の甲に口づけを落とした。


 胸の奥が、ふわっと熱くなって──


 どうしてだか、泣けてきちゃう。


 そんなにやさしい仕草、反則ですから……。

 私のことを、大事に思ってくれてるのが、あの口づけひとつで伝わってきて……。

 もう、全身が震えて。

 

「俺の妻に、なってくれるか?」


 返事のできない私に、イシドール様の再度の問いかけ。

 私はなんとか、声を絞り出す。


「ありがとうございます、イシドール様……私も……ずっと、あなたと一緒にいたい……っ」


 私の返事を聞いたイシドール様は、一瞬だけ目を見開いて──そのあと、目がなくなりそうなほど、微笑んだ。


「……夢じゃ、ないんだな」


 低くてやさしい声。

 その言葉が、どうしようもなく胸に沁みる。


「夢みたいですけど……夢じゃ、ないみたいです……」


 そう言いながら、私はそっと手を握り返す。

 指先が触れ合うだけで、心までつながった気がした。


 イシドール様の瞳が、ほんの少し潤んだ気がして、私はどきっとする。


「レディア……ありがとう」

「私こそ……っ、こちらこそ……」


 頭の中がふわふわしていて、とんちんかんな返事を返しちゃったけど。

 たぶん今、私、信じられないくらい幸せな顔してる。


「やったぁーー!! けっこん、したあっ!」


 シャロットが、ぱんぱんっと手を叩いてぴょんぴょん跳ねる。


「パパ、よかったね! レディアおねえちゃんをみるとき、だいすきーっておかおしてたもん!」

「……そう、だったのか」


 イシドール様がちょっと照れてる。

 そんな顔も、可愛くて……頬が勝手に上がってしまう。


「あ! おねえちゃんじゃなくて、レディアおかあさま!」


 その言葉を聞いた瞬間、大きな波が、ざぷんって私を飲み込んでいくようで。


 ずっと望んでいた、シャロットの母親になれたんだなぁって……


 なんだか、すごく、胸がいっぱいで。


「パパ! おかあさま! ふたりとも、だいすきーっ!」


 シャロットが私とイシドール様の手をぎゅっと握って、満面の笑みを向けてくれる。


 ……ああ、もう。

 こんなの、幸せ以外の何だって言うの。


「私もシャロットが……シャルが、大好きよ」


 私の言葉に、シャロットは天使の笑顔が弾ける。


 世界で一番の、私の娘の最高の笑顔。


 新しい家族の形は、きっとまだ不格好で、始まったばかりだけど。

 でも私はもう、シャロットの“おかあさま”だから。

 そして、イシドール様の奥さんだから。


 初めて手に入れた、家族のぬくもり。


 ずっと欲しくて欲しくて、たまらなかったものが、今。


「シャル……イシドール様……っ」

「レディア?」

「おかあさまー!?」


 気づけば、私は泣いていた。


 うれしくて、うれしくて、これ以上ない幸せで。


「ありが、と、ございます……私……愛し愛される、家族が……夢、だったんです──」


 二人のおかげで叶った夢。

 本当に、本当に手に入れられるだなんて、思っていなかったの。


 イシドール様がそっと私の涙を拭ってくれる。


「もう大丈夫。君は、ここにいていいんだ」


 シャロットが、ぎゅっと私の手を握りしめて、にこにこ笑う。


「ずーっといっしょよ、おかあさま!」


 あたたかい手と手が重なって──私はようやく、居場所を見つけたんだ。

 これが、私の大切な「家族」。

 もう、ひとりじゃない。


 何があっても、ずっと、一緒に──

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