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悪の組織のボスごっこが大好きな僕、「悪人ごっこ」好きが集まるクラブにて、悪の女幹部ごっこ好きな女性と出会う  作者: エタメタノール


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6/6

最終話 僕は悪の組織のボスだ!

「そういや先客がいるんだった。先に済ませておこう」


 黒田の命令で、一人の男が連れてこられた。

 黒田の組織に楯突いた敵か、あるいはミスを犯した部下だというのはなんとなく想像がつく。


「お前、どっちか飲め」黒田が男に命じる。


「か、勘弁して下さい!」


「いいから飲めよ。この場で殺されるよりマシだろう?」


 脅しではない黒田の言葉。

 男は観念し、50%の可能性に賭け、片方のグラスを飲んだ。

 すると――


「うぐえっ! ぐえええっ……! あがぁぁぁぁ!」


 猛烈に苦しみ出した。

 30秒ほどたっぷりと苦しんだ後、男は動かなくなった。

 僕とリサは青ざめているが、黒田とその取り巻きは眉一つ動かさない。


「さて、次のゲームの準備だ」


 新たに二つのグラスが用意される。

 ワインが注がれ、片方にだけ錠剤が入れられる。おそらくは猛毒。

 それが僕には分からないようシャッフルされる。


「さあ片桐、お前に“二度”選択肢をやろう」


「え……?」


「まず一つ目の選択肢……『ワンハーフ』をやるか、やらないか。もしやらないんだったら、お前はこのまま帰っていい」


 やらなくてもいいのか、とほっとしたのも束の間。


「ただしその場合、リサは俺のもんになるがな。いっておくが、一度俺のもんになった女はもう二度と表社会には戻れねえし戻さねえ。二度と会えなくなると思え」


 黒田の鋭い目が僕を射抜く。本物の悪の迫力に足がすくむ。


「そして二つ目の選択肢は、二つのグラスのどちらを選ぶかだ」


 片方は猛毒ワインの入ったグラス。凝視してみるが、見た目ではまったく判別できそうにない。


「つまり、お前の運命は“女を諦めて勝負から逃げる”“勝負して死ぬ”“勝負して女を連れ帰る”のどれかになるってわけだ」


「もし僕が死んだら、彼女はどうなるんだ?」


「ああ、その時は解放してやるよ。ここでの出来事をあれこれ喋ったところでどうせ無駄だからな」


 堂々と言い放つ。

 よほど自分の力に自信があるのだろう。

 ここから逃げて警察に駆け込むなりしても、おそらく無駄なのだと分かる。


 すると、今まで黙っていたリサが――


「こんな勝負、やめちゃってよ!」


「え……」


 リサは叫び続ける。


「私、悪の女幹部に憧れてたでしょ。だから黒田さんの元で悪の女を目指すわ。だから……こんなバカげた勝負受けないでよね。とっとと帰って!」


 明らかに嘘だ。

 僕に『ワンハーフ』をさせないための嘘だと分かる。

 自分は悪に憧れてるのだから、勝負を受けずに帰れと言ってくれている。


 おかげで決意が固まった。

 ビビってたことを恥じるぐらいだ。

 僕は『ワンハーフ』を受けて、彼女を取り戻してみせる。


「――とのありがたいお言葉だがどうする? 勝負を受けるか? 帰るか? 勝負を降りれば、それ以上俺は何もしねえぜ。逃げる犬に興味はねえ」


 いくら煽られようと、心は決まっていた。


「やる!」


 僕は言い放った。


「なんでよ! 50%で死ぬのよ!? バカじゃないの!?」


「だって……受ければ少なくとも君は助かるから……」


「私なんか助けなくていいって! だいたいあんた、いつも優しそうな顔で悪のボスっぽく振舞ってて気持ち悪いのよ! 『極悪人クラブ』でも嫌々付き合ってたし! さっさと帰って!」


 僕に勝負を降りて欲しいがゆえの罵倒だろうが、もう僕の決心は固まっていた。


「いや、帰らないよ……勝負する」


「どうして!?」


「決まってるだろ……君を助けたいからだ! 君が僕をどう思ってようと関係ない!」


 僕は席についた。リサも観念したように黙ってしまった。


「いい度胸だ。単なるバカなのかもしれねえが」


 黒田が笑う。


「じゃあ、選んでもらおうか。どっちを飲む?」


 僕はグラスをよく見る。


 いくら見てもどっちに毒があるかなど判断がつかない。

 1/2で死ぬんだからよく考えねば。


「ま、ゆっくり選びな。その必死こいて選んでる姿も俺らにとっちゃいい娯楽になる」


 黒田がニヤニヤと笑っている。

 この邪悪さ、まさに僕が夢見た「悪の組織のボス」そのものだ。

 感心してる場合じゃないけど。


 僕とて覚悟は決めたが死にたくはない。どっちだ、どっちに毒が入ってるんだ。

 生きるか死ぬかの50%。なんだかとてつもなく絶望的な確率に思える。

 なんかもう、どちらのグラスにも毒が入ってるような気がする。

 実際、黒田からすれば僕の命なんかゴミみたいなものだろう。そういう仕掛けをしててもなんら不思議はない。

 毒を飲まずに助かっても、「やっぱり死ね」と殺される可能性だってあるのだ。


 心臓が高鳴る。呼吸が荒くなる。

 いい加減どちらかに決めねばならない。

 しかし、決められない。


「待つのもだれてきたな」


 黒田がらしてくる。

 いくらグラスを睨んでいても答えは出そうにない。

 こうなったら勘だ。


 左……左のワインを飲もう。右の方がなんとなく毒っぽい気がするからだ。“なんとなく”に命を委ねるなんて狂気の沙汰だが、他に方法はない。


「……決めたよ」


「よし、じゃあ決めた方を飲め」


 僕は左のグラスを手に取った。

 リサを見ると涙ぐんでいる。「やめてくれ」という表情だ。

 だが、やめるわけにはいかない。それだけはできない。


 僕は次に黒田を睨んだ。


「ん?」


 そして正真正銘の悪のボスであるこいつに、僕の精一杯の“悪の組織のボス”を見せつけてやろうと思った。

 これが人生最後かもしれない一世一代の悪の組織のボスごっこを――


「フハハハハハハッ!」


「!?」


「我は悪の組織のボス! こんな児戯など恐れるものではないわぁ!」


「な、なんだと……!?」


「優作さん……!」


 僕のボスっぷりに黒田もリサもちょっと驚いてくれている。

 なんだか勇気が湧いてきた。

 今までに憧れてきた悪のボスたちが僕の力になってくれているような気がした。

 そう、僕は悪の組織のボスになったのだ。こうとでも思わなければとても毒入りかもしれないワインなど飲めそうもない。


「この程度のゲームで我を試そうとは舐められたものだが、飲み尽くしてくれるわ!」


 宣言してしまった。

 あとは飲むのみ!


「いざ!!!」


 僕はグラスに入っているワインを一気に飲んだ。

 あ、これは酒が苦手な僕にも飲みやすい。とても上等なワインだ、などと思ってしまった。


 まもなく全て飲み干した。


「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」


 ワインが僕の中を駆け巡る。

 唖然とした表情で黒田やリサ、他の黒服たちも僕を見ている。


 アルコールの作用か、毒の作用か、身体中が火照る。不思議と恐怖はなかった。


 さて、僕の体に異変は――いくら待っても訪れなかった。


 僕は助かったのだ。


 リサが目に涙を浮かべている。


「優作さん……!」


「リサ……!」


 思わず呼び捨てしてしまった。


 生還した僕に、黒田が笑いかけてくる。


「ハハハッ! よく生き残ったもんだ! 大抵死んじまうこの儀式をよぉ! アハハハハッ!」


「……」


 僕は努めて冷静に言った。


「これで……リサさんを返してくれるんだよな?」


 約束を反故にされる可能性も十分にあったが、


「ああ、返してやるよ。連れて帰りな」


 どうやら約束は守ってくれるようだ。


「分かった……リサさん、こっちに」


「うん」


 黒田の気がいつ変わるとも分からない。

 僕はリサの手を引いて、悪の巣窟『ディアボロス』を後にした。



***



 優作とリサがいなくなったディアボロス内。

 先ほど『ワンハーフ』を失敗し、死んだはずの男が起き上がる。


「ふぅー……」


「お、いい死にっぷりだったぞ。さすが“殺され屋”」


 “黒田”を名乗っていたボスが褒める。


「知り合いの頼みとあっちゃな。もちろん報酬はきっちり頂くが」


「いい脅しになったよ。もっとも“奴”はそんな脅しをも乗り越えやがったが」


「しかし、なぜお前ほどの悪のカリスマとでもいうべき男が、あんな冴えない奴のためにこんな芝居をしたんだ? その二杯のグラス、どっちも毒なんか入ってなかったんだろう?」


 殺され屋の質問に、ボスは「まあな」と答える。


「俺が息抜きのため『極悪人クラブ』に通ってたのは本当の話だ。チンピラを演じて、カタギ連中と悪役ごっこして、なかなか楽しかった。そんな中、あの二人と出会ってな。くっつきそうでなかなかくっつかねえもんだから、つい発破をかけたくなっちまった」


「なるほど……」微笑む殺され屋。


「ただし、片桐が勝負から逃げたら、つまりワインを飲まずに帰っていたら、リサは俺のものにするつもりだったがな。俺もそこまでお人よしじゃねえ」


 『ワンハーフ』を受けた時点で、優作の勝利は約束されていた。

 しかし、受けていなければリサはここから帰れなかっただろう。


「それに……」


「それに?」


「ワインを飲む瞬間、悪の組織のボスになりきった奴は……凄まじい迫力だった。今までに出会ったどんな奴よりもな」


 この言葉が示す通り、ボスはじんわりと汗をかいている。


「もしも、奴が俺のように“悪”を志していたら、あるいは俺以上の……いや、やめとこう。無粋ってもんだ。おーいみんな、今日は奴らを祝福してパーッとやるぞ!」


 ボスの号令に大勢の手下たちが「はいっ!」と答えた。



***



 僕たちは外に出て、『ディアボロス』からなるべく遠くまで離れた。


 リサが僕の手を握ってくる。


「優作さん、ありがとう!」


「ハハ、僕はただワインを飲んだだけだよ」


 と言いつつ、僕の足はガクガク震えていた。今頃になって恐怖がよみがえってきた。ななにしろ50%の確率で死んでいたのだから恐ろしい。我ながらよく勝負を受けたものだ。


「本当に無茶するんだから……!」


 リサが泣いてしまった。僕はそっと肩に手を置く。


「無茶だってするさ」


「え……?」


「だって僕は君のことが好きだから……」


 すると、リサは――


「私も……私もあなたが好き!」


「……ありがとう」


「これからもよろしくね……優作さん」


「うん……リサさん!」


 長らく「悪の組織のボス」と「悪の女幹部」の関係だった僕たちだったが、晴れて正式に付き合うことになった。



***



 付き合ってからも僕たちの関係は変わらない。

 日曜日には『極悪人クラブ』に通って、ボスと女幹部を演じる。


「フハハハハ! 今日も我が組織は絶好調だな!」


「ええ、ボス。今日も世界征服計画について話し合いましょう」


「うむ、ワインでも飲みながらな!」


 僕はぶどうジュースを掲げる。


 クラブにはあれからさらに会員が増え、ますます盛り上がっている。

 世の中には僕が思う以上に悪人になりたい人が多いらしい。

 このまま末長く会員であり続けたいものだ。


 また、『ディアボロス』に寄ってみたことがあるのだが、すでに店はなくなっていた。

 黒田はどうしているのだろう。今もどこかで暗躍しているのだろうか。

 おそらくもう二度と会うことはないな、と感じた。


 そして、ある夜僕はついに決心する。

 二人で夜道を歩きながら、僕はリサに話しかける。


「リサ、話があるんだ」


「なに?」


 お互いに向き合う。


「僕と一緒に暮らして……一生二人で悪の組織ごっこしてくれないか」


「うん、優作!」


「ありがとう……おっと、フハハハハハ!」


「オホホホホホ!」


 通行人が僕らを怪訝な表情で見てきたが、関係ない。僕らは笑い続ける。

 僕は最高のパートナーを手に入れた。


 僕はこれからも悪の組織のボスだ。最愛のリサと一緒に――






~おわり~

最後までお読み下さりありがとうございました。

少しでも楽しんで頂けたら、評価・感想等頂けると嬉しいです。


この他にも長編・短編を多数書いておりますので、興味を持たれたらぜひ読んでみて下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! 優作、かっこいいぜぇ! それでこそ男! 楽しそうな家庭だな〜(笑)
[良い点] 優作さんかっけー♡ 黒田!てめぇー!マジ悪のボスが、ごっこクラブに入ってるんじゃねー!!洒落にならん。 とっても面白かったです(^^)v ありがとうございました。 みこと [一言] …
[良い点] 楽しいお話でした。クライマックスシーンから「多分大丈夫なはず」という不安と安心の入り乱れ感というか、そんな感じで読んでました。ありがとうございました。
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