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運命の人  作者: まる。
第6章 侵食
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第4話~ギャップ~

「ぎゃぁぁぁああああーーー!! ムリ、ムリ……――無理ぃっ! 降ろしてぇぇえええーー!!」

「あ゛あ゛ーっ、うるっさい! 黙れ!!」

「そ!? そんな事言ったっ……ぎ、ぎやぁぁぁああああーー!!」



 ◇◆◇


 ブランドンに急かされ、慌ててヘルメットを被りながらバイクの横に立つ。ベルトが少し緩い様な気がするけどまぁいいかとバイクに跨ろうとした時、ブランドンの手がすっと伸びてベルトの調整をしてくれた。

 近づいたブランドンの顔は、妙に色っぽくて嫌になる。伏せられた目元が長い睫毛を強調し、長いなぁと思わず見とれていると、不意に顎の下にブランドンの手が触れてドキッと心臓が飛び跳ねた。

 調整が終わったのを知らせる様にブランドンは前を向いてエンジンを吹かし始める。ブォンブォン! と耳を(つんざ)く音にビクッと肩が上がった。


「す、すみません」

「ん」


 ペコリと頭を下げると、そのままバイクの後ろに跨った。


(この辺でいいのかな?)


 ブランドンと少し距離を取って座り、手はブランドンと自分の間に添えた。バイクなんて乗った事の無い叶子はどうも勝手がわからない。とにもかくにも、今日はパンツスタイルで良かったなと、ホッと胸を撫で下ろした。

 ブランドンが背中に斜めがけしていたボディバッグをスルスルと前に回す。いつまで経ってもその距離を保っている叶子に、ブランドンの眉根がグッと寄った。


「……出るぞ?」

「あ、はい。どうぞ」


 案の定、間抜けな返事が返ってきたことにより、ブランドンは諦めたかのような顔をした。


「――お前、バイク舐めてるだろ?」

「はい?」

「振り落とされても知らんからな」

「え? ――きゃあ!」



 爆音が二度程したかと思うと、身体が急にガクンと大きく後ろに反り返る。慌ててブランドンの腰に手を回すも首も背骨もまるで自分の物では無いかのように、大きく反り返ったまま戻ってこなかった。


「っ!? きゃぁぁあああーーー!!」


 本当に振り落とされそうになり、ほんの少し減速した隙に必死でブランドンの背中に助けを請うように掴まった。開けていた距離なんて全く無意味だったと言わんばかりに、彼の背中に自身の身体をピッタリと密着させた。



 ◇◆◇


「……! ――?」


 バイクが減速したかと思うと、やがてピタリと完全に停まる。ずっと目を瞑っていた叶子がその事に気付くと、ゆっくり瞼を開けてキョロキョロと辺りを見回した。見覚えのあるこの場所に、(ようや)く目的地に到着したのだとわかった。

 守衛によって、大きな門がゆっくりと開かれる。バイクはゆっくり徐行しながらその門を潜ろうとした。その時だった。


「? ――」

「あ、あの、彼はお家に――」

「シッ。カナコ、右を向いてろ」

「え? あ、はい」

「あいつら、まだ張ってやがる」


 ボソッとそう呟くと、チッと舌打ちする音が聞こえた。


「記者達ですか?」

「ああ」


 門が完全に開きゆっくりとバイクが中に入っていく。記者達は本当にブランドンの事は興味が無いのか、先程の様な異様な興奮振りは全くと言って見せず、ただジーッと辺りの様子を窺っている様だった。

 ゆっくりと中庭を通り、玄関の前にバイクが止まる。慣れた風にバイクスタンドを足で下ろすとすぐにエンジンを切った。


「着いたぞ」

「は、はひーー……」


 バイクの後ろに乗ると言うのは、まるで連続してジェットコースターに乗り続けているようで生きた心地がしない。力がまるで入らず、ブランドンの背中にしがみついたままで離れる事すら出来なかった。


「……あのさ」

「は、はい?」

「お前の胸が“意外に”でかいのはこの間見て良くわかってるから、いい加減俺の背中にソレを押し付けるのを止めてくれないだろうか?」

「っい!?」


 ボッと火が点いた音が聞こえそうな程、一気に顔が真っ赤になり慌てて身体を離した。そんな叶子と対照的に、やっとバイクから降りることが出来たブランドンの顔は無表情で、それが余計に羞恥心を煽られた。

 ヘルメットを脱いだブランドンは髪をささっと手櫛しで整えると、まだバイクに跨ったままの叶子を見て眉間に皺を寄せていた。


「何してんだ? 行くぞ?」

「あああああ、あの……」


 言おうか言わまいかと悩んでいる様子の叶子に、しびれを切らしたブランドンが機嫌の悪そうな低い声を出した。


「あん?」

「う、動けないんです」

「……はぁっ?」

「うううぅぅぅ……」


 呆気にとられた表情で、全ての動きが停止している。叶子は恥ずかしさのあまりブランドンの目を直視することができないでいた。


「――プッ」

「!?」


 次の瞬間、無表情だったブランドンの顔が見る見る歪みだしたと思ったら、急に身体を折るようにして大声で笑い出した。目尻を軽く指で擦り、笑い泣きしている。珍しいその姿に、今度は叶子がポカンと口を開けていた。ジャックとは違っていつも冷静で無表情なブランドン。そんな彼がまるで少年の様に無邪気に笑い転げているのだから、叶子がそうなるのも無理はなかった。


(そんな風に笑ったりもするんだ)


 自分が笑われている事は腑に落ちないが、ブランドンの人間味のある部分を垣間見れた様な気がして、叶子は少し嬉しくなった。


「カナコって……マジでおもしれー奴……ぶはっ!」

「ひ、酷いですよっ!」


 頭から湯気が出そうなほど恥ずかしい。かろうじて動く手で顔を覆った。

 よりにもよって彼の兄の前で生まれて初めて腰を抜かしてしまった叶子は、穴があったら入りたいと本気でそう思った。


「うぅ……、――う?」


 不意に片方の膝の裏に手が差し込まれて、何事かと覆っていた手を外す。バイクの片側に両足を揃えられると、ブランドンは思いも寄らぬ行動に出た。


「いー……、よっと」

「きゃあ!!」


 肩と両膝の裏に腕を回し、ブランドンはヒョイッと叶子を抱き上げた。驚きのあまり、落っこちてしまわないようにと咄嗟にブランドンの首に腕を回した。


「い、いいいい、や、やややめて下さいっ! 自分で歩けますからっ!!」


 かろうじて動く事の出来る上半身を必死で捩り、僅かながらの抵抗を見せる。


「歩けるのか??」

「も、もう少ししたら」

「だろ? 待ってられん」

「でも! は、恥ずかしいからおろして下さい!!」

「おいコラ、暴れるな。ただでさえ重くて落っことしそうなんだからな、少しは協力しろ」

「ま、またそんな酷い事を言う……」

「本当の事を言って何が悪い」

「もうっ! だからっ!!」


 二人は延々とそんなやり取りを続けている。何を言っても一向に降ろそうとしないブランドンに抱きかかえられながら、叶子は暗くて長い廊下を進む羽目になった。







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