第11話~愛しのヴァンパイア~
足首を組んでベッドに寝そべる彼の上を、四つん這いで跨がされる。とんでもなく恥ずかしくてたまらないはずなのに、温かい手で頬を包まれ「大丈夫。何も怖がることは無いよ?」と、まるで子供に言い聞かせる様な優しい瞳に翻弄されてしまう。気付けば“恥ずかしい”という気持ちよりも、彼に“触れたい”という気持ちの方が勝っていた。
頬に添えていた片方の手が、肌を滑るようにして耳の下から首筋を伝う。やがて、それが首の後ろに到達した時、箍が外れたかのごとく叶子の濡れた唇が自然とジャックを求め始めた。
彼の顔の両脇についていた腕がゆっくりと折れ、半開きになったぷっくりとした彼女の唇が降って来る。最初から口内を弄る様にして激しく絡める舌使いに、彼の方がたじろいでいた。
ついさっきまで、あんなに恥ずかしがっていたとは思えない程、叶子の舌は愛する人の舌を執拗に追い回し、歯列をなぞる。吐息がお互いの中を行き来して、まるで魂を吹き込まれているようで、何度も何度も顔の向きを変えながら息つく暇も無いほど粘りつくような激しい口づけを交わした。
二人の息づかいが荒くなる。まだ、味わい足りないと言いたげに彼の下唇を甘噛みしながらゆっくり離れると、叶子は再び彼の目の前に姿を現した。
彼の顔を覗き込んでいる彼女の口角が心なしかほんの少し上がった気がして背中にゾワリと何かが這うような気分になる。乱れたシャツの隙間から谷間が強調された胸元が見え隠れし、肘をついているせいで浮き出た鎖骨と、ツンと天井に突き出したお尻が、自然と彼に唾を飲み込ませた。
目尻で跳ね上げさせたいつもより太く入っているアイライン。つけまつげも嫌味じゃない程度につけられていて、今の激しいキスで完全にリップがとれてしまった唇は色素が薄く、生気を感じない。
――まるでヴァンパイアだ。
ジャックは心の中でそう感じた途端、ゾクゾクッと背筋が凍りついた。
今、目の前にいる彼女は、まるで戸惑いながらも自身の生命を維持する為に愛する者の生き血を吸い、生きながらえるヴァンパイアの様だ。彼女の為なら喜んでこの血を捧げようと錯覚してしまいそうなほど、目の前の彼女に溺れていた。
男女が上下入れ替わるだけで、こんなに違った感情が芽生えるものなのだろうか。きっと、彼女の方も同じで上から見下ろす自分を、普段彼が抱いている彼女への感情と同じものを感じていることだろう。
「……」
普段相手はこんな風に自分の事を見ているのだなと思うと、ますますいとおしさが溢れて来た。
「ジャック?」
「うん?」
「愛してる」
「……」
普段は彼から貰ってばかりで、自らは愛の言葉を発する事があまりない。この体勢のせいかはわからないけれども、自然と口を衝いて出てきた言葉だった。しばし、目を見開いてその事に驚いていた彼はふっと微笑む。
「僕は君が僕を想うよりも、君を愛しているよ」
柔らかい声で囁くと、叶子の後頭部に手を回してぐっと引き寄せた。
先ほどまでとは違ってゆっくりとキスを味わう事で、どんどん深みに嵌まって行く。キスの合間に彼女の口から零れだす声を聞くと、その手は彼女のシャツの裾に伸びスカートから引っ張り出した。みぞおちまで開いたシャツのボタンに手を掛け全てを開放した後、両手で叶子の鎖骨に沿うようにして手を差し入れる。スルッとシャツがはだけ、彼女の肩を、腕を、露にした。
いつの間にか激しさを増す口づけに夢中になりながらも、ジャックの手は次の場所を探すかのように叶子の背中を滑らかに伝い始める。やがて、スカートのホックに辿り着きピタッとそこで止まったかと思うと、ジーッという音と共にジッパーを下ろす音だけが聞こえた。丸みを帯びた双丘を這いながらスカートをずり下げ、それに合わせてスカートを足から抜こうと叶子は片足を上げる。と同時に、彼がおもむろに起き上がるとなんなく上下が入れ替わった。
合わさった唇を一旦離し、濡れた瞳で二人は見つめ合う。
「ここからは僕のターン」
にっこりと笑うと、吸い込まれるようにジャックは叶子の首筋に顔を埋めた。
ついさっき、十二分に首筋を味わったと言うのにまだ飽き足らないのか、互いの両手を絡めながら執拗に攻めてくる。呼吸をする事さえ忘れ、吐息だけが零れ落ちていった。
繋いだ手が焦れる様に滑り始め、彼女の手首から二の腕を通り脇から腹部まで滑り落ちていく。利き手を腰の下に潜らせて、スカートに引っ掛けると、最後は器用に足を使って取り去った。
彼の大きな手がキャミソールの中に侵入するのと同時に背中に回る。手馴れた様にあっさりとホックを外すとキャミソールと一緒にずり上げられ、胸元がスッと肌寒くなった。が、その直後、肌に彼の生暖かい舌のぬくもりを感じ、思わず身体がピクンと跳ね上がる。いつしか胸元に触れていた冷たい空気が薄れ、身体の外側だけでなく内側からも暖かい熱気が伝わってきた。
彼に触れられると、生きているということを実感する。
――もっと、愛されたい。
そんな不埒な欲望が叶子を支配していた。
「ジ、ジャッ……お、願っ……。先に、シャワー浴びさせ――て、あ、」
「どうせ今から汗かくんだから、そんなの後でいいよ」
声にならない声で許しを請い、力なく彼の肩を押し返すもビクともしない。己の感情に任せて彼女への愛撫を止めようとはしない。それどころか激しさを増すほどだった。
何度目かの押し問答の末、彼が一瞬起き上がり自分のジャケットを脱ごうとした時、叶子も上体を起こして彼の胸にぎゅっとしがみついた。
「お願い、綺麗な身体で触れてもらいたいのよ……。わかるでしょ?」
「十分綺麗だよ」
そう言ってまた押し倒そうとする彼をもう一度押し戻し、
「ねぇ、お願いだから……」
「うーん。……わかった、じゃあすぐ戻って来て」
彼女のかわいいお願いに、さすがのジャックも観念したのかその願いを聞き入れた。
「ありがとう、十分で戻るから」
「ダメ。三分しか待たない。」
「えー? 三分はちょっと」
「んー、じゃあ時間ももったいないし、一緒に入ろっか」
と言うや否や、ジャケットを脱ぎ捨てるとシャツのボタンも外し始めた。




