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荘園経営に夢中なので、花嫁候補からは除外してください。  作者: 小津 カヲル
三章 花の娘と狐のダンス

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16.幸せを願う親心

 舞った手紙の一枚を、大きな手が拾って私に差し出してくれた。


「ありがとうございます、イクセル様」

「妬けるなあ、恋文かい?」

「ち、ち違います!」


 慌てて手紙を受け取り、封筒やカードをまとめて抱える。

 するとイクセル様は微笑みながら、私の隣にもう一つ椅子を持ってきて座った。


「休憩なさいますか、お茶を」

「うん、ありがとう」


 照れから逃げるように、私は席を立つ。

 イクセル様はその間にテーブルを寄せてくれていたらしく、そこにポットを持ち込んで二人分のお茶を淹れる。

 他愛もない薬草園の話、それから都での診療所の話を聞いたりしてやり過ごすのだけれど、イクセル様はお父様から相談を受けていたと切り出した。


「夏の終わりから、大変だったみたいだね。都でも上流階級の間ではもう噂になってるんだ、王子殿下の花嫁探しについては」

「……噂に、ですか」

「ああ、国王様の意向で次の世代は国内から王妃を迎えるということは、決まっていたようだ」

「陛下は政略ですものね」

「きっかけはそうだが」


 今代の国王陛下は、隣の大国ボルツィオラの王女を妻に迎えている。私が生まれるずっと前までは、隣国同士の小競り合いが長く続いていた。私たちのここグレンヘルム王国は小さくもないけれども、いわば中堅国であり、どこかと同盟を結ばないと立場的に難しい。ならばと文化的にも似ているボルツィオラと同盟を結び、平和を維持してきた。その後、紛争は収まり小競り合いは徐々に減っていったけれど、より恒久的な平和を維持するために、王女が嫁いできたのだと教わっている。

 しかし政略とはいえ国王夫妻は仲睦まじく、不仲などという噂は聞いたことはない。王子はすこぶる健康なまま成人し、今では政に積極的に参加していると聞くし、他に妹姫も二人いて王国の繁栄は揺るぎないものと誰もが信じている。


「なにもわざわざ波風を立てることもないでしょう、都に通う女性のなかからお選びになればいいわ」

「きみとしてはどう考えているんだい、ライラ。ある意味、立場は同じだろう?」

「同じって、誰と?」


 イクセル様は、飲んでいたカップを置いて窓の向こうの温室を眺めた。


男爵領(ここ)は、とても厳しい土地だ。夏は水害が多いし、冬はかなり雪が積もる。今は工夫と努力で赤字にならないよう生産を保っているけれど、それもまだ一度の災害でマイナスになるほどのものだ。領地を治めるということは、終わりのない努力を強いられるということ。だからライラには、共に苦労を分け合える相手をと、エーランド様は考えていると思う」

「……お父様が重ねてきた苦労を、私も引き継ぐ覚悟はあります」

「エーランド様だって、何度も挫折して、何度も民を放り出して逃げてしまおうかと悩んだって言っていた。爵位を返上して、裕福な領地に併合してもらえればと……それくらい、厳しい状況だったらしい」

「お父さまが?」


 いつも飄々としていて、借金慣れしているお父様が、そんな風に考えていたなんて知らなかった。


「だけど本気で頑張ろうって思ったのは、ウルリーカ様を得てからだそうだ。独りじゃないってのは、こんなにも心強いとは驚いたと、笑っていらした」

「でもお母様はご病気で、領地経営のことには、まったく口出ししてはいませんよ?」

「関係ないさ。自分の話をただ聞いてくれて、どんな状況にあっても側にいて、絶対に裏切らない。それだけでエーランド様にとっては、何ものにも代えがたかったんじゃないかな」


 そういえばお父様は若い頃、両親を亡くして叔母様を嫁下させてから、一人で男爵領を切り盛りしていたんだった。


「よく考えてごらん、ライラはストークスマン男爵領をその肩に背負っているけれど、それは王子も同じ。将来の国を、民を背負ってるんだ」

「……それはそうですけれど、スケールがそもそも違います」

「そうかな? ところでライラにとって王子殿下は、どんな印象?」

「え? ……お会いしたことはありませんし、良くは知りませんが、とても優秀な方でしょうか。新聞では視察の予定などたくさん組まれているのが分かりますし、隣国への使節でも成果を出されているとありましたから」

「うん、そうだね。だから王妃に求めるものは、権力や特別な能力とは限らない」

「でも、輝くような金髪でとても麗しい青年だというではありませんか。マダム・ロッソからも並々ならぬ人気があると聞いておりますもの。でしたらなおさら、並び立つならば美姫がいいに決まってますわ」


 イクセル様は私の主張に、声を上げて笑った。


「そうか、だったらライラの言う通りかもしれないな……うん、やはりライラは都には来てはいけないよ。僕の可愛いお姫様が王子様の餌食になりかねない」


 一瞬、何のことを言っているのかと考えたけれど、どうやらイクセル様のなかで私もその美姫の一人に加えられていることを悟り、呆れる。


「前から思っていましたけれど、イクセル様は少々審美眼が歪んでいましてよ」


 生まれた時から見守ってきたイクセル様にとって、私は娘も同然。だから贔屓目が過ぎるのだ。

 顔立ちは平均的といえば聞こえはいいかもしれないけれど、つまり地味。髪も華やかさに欠ける濃いブラウンで、やぼったい。背は平均的だけど、肉付きは平坦で痩せている。お母様に似たせいで肌だけは焼けにくいらしく、貴族令嬢として問題にならない程度には白い。でも粗野なしぐさが台無しにしていると思う。そんな自分のことはよく分かっている。


「そんなことはないライラはとても美人だよ、現に変な虫がつきそうだ」


 イクセル様は畳んでおいた封を指で挟み、ひらひらと揺らして見せた。


「そ、それは違うって、さっきも言いましたのに!」

「ライラ、顔が赤い」


 慌てて手で隠すけれど、どうしたってバレている。


「ライラは彼が求婚してきたらどうするの」

「な、無いです、そんなこと!」

「どうしてそう思うの?」

「だって彼は殿下の側近です、私はここを離れるつもりがないことは分かっていますし、それに彼は……」


 『秘密の手帳』が頭をよぎる。

 読んではいないけれど、マダム・ロッソは双子の言葉を否定しなかった。ならば彼女たちが聞いた噂があるのは事実なのだ。


「……彼は?」

「私のことなど、からかって楽しい存在にしか思っていないわ」

「なるほど……それが本当なら、ますますライラに近づいて欲しくないが」

「い、え、あの……悪い人じゃないとは思うけれど」

「そう?」


 イクセル様は意味深に笑みを深め、それ以上カールのことに言及することはなかった。

 お茶を飲みほしたカップに気づき、おかわりをと勧めれば、また薬を作る作業を再開するからと断られた。


「お邪魔をしてしまいました、明後日の祭りはお暇ができたらぜひ見にきてくださいイクセル様」

「ああ、ライラの花娘を見に、ヨアキムを誘って行こうと思うよ」

「ヨアキムを? 彼は手ごわいですわよ?」


 人混みが苦手なヨアキムが、ここのところ祭りの準備で人が来ることなく、誰にも作業を邪魔をされないせいか、とても生き生きとしている。そんな彼が動くとは思えないのは、イクセル様も同じだったようで、肩をすくめる。


「ライラ」

「はい?」


 作業に戻ろうとしたイクセル様が、片付けをする私に声をかける。


「エーランド様は、ライラの幸せを心から願っているよ。もちろん僕だって同じだ、きみが望む限りをしてあげたいと思う……だからこそエーランド様はとても迷ってる」

「もちろんです、疑うことなんて馬鹿らしいほど、身に染みてますもの。でも……迷うって、なにをですか?」

「色々と。そして後悔してもいる。だからライラも、もし迷って分からなくなったら、いつでも相談においで、僕はまだしばらくここにいるから」


 優しく微笑むイクセル様に、私は「はい」と頷いた。



 翌日、陽が沈んで薄暗くなった頃合いから、お祭りが始まった。

 花娘に扮した私を含む三人は、髪に薄紫のエリクを飾り、刺繍で飾った白いワンピースを身に纏った。並んで祭壇に作物を山ほど捧げ、豊穣の神様に祈りをささげる。儀式めいてはいるけれど、そう堅苦しいものではなく、一通り神妙な面持ちで祈れば、その後すぐに宴会が始まる。

 村長のヴァーイが、村の中央にある広場に集まった村人たちに向けて、祭りの開始を宣言する。

 お父様からもらった手紙で許可を得たので、隣村のフリクセルからアレクたちが参加しに来ることを告げる。上手くいけば今後も村同士の交流を増やしたいというのが、ヴァーイたちの希望でもある。

 アレクたちは、明日の早朝こちらに向かって出発するらしく、何事もなければ昼からの馬追いに参加できるだろうとのことだった。

 夜半に始まった宴会は、村の中央にある広場で行われる。数日前から女たちが仕込み、昼から調理されていた料理、それからワインに舌鼓をうつ。どこからともなく演奏が始まり、笑い声が夜空にこだました。


「よく似合っていて良かったわ、ライラ様。髪が濃い色だから、エリクの花の色がとても映えて、まるで森の妖精のようだわ」

「ありがとう、ロリのおかげよ」

「ライラ様の長靴姿に見慣れてたけれど、さすがやっぱり貴族のお嬢様だったな」

「父さん、失礼だわ」


 支度を手伝ってくれたロリが、自分のお下がりを着ているだけの私を、何度も褒めてくれるからこそばゆい。確かに、みんなの前でスカートをはくこと自体、久しぶりで恥ずかしかったけれど、着飾ること自体は嫌いじゃない。ドレスを新調したときも、お母様が嬉しそうにしてくれるのが、何よりも私の喜びだったし。


「ヴァーイは飲み過ぎじゃない? 明日もあるのに」

「このくらいは平気、平気」


 頬を赤くしているのは、ヴァーイだけではなかった。

 神様を酔っぱらわせて、今晩を引き止めるのがお祭り前夜祭の趣旨。ご神体とされる神様の像に、カップに注いだワインを少しだけ垂らし、残りを自らも飲む。無くなったらまた注いだワインから、最初の一口を像に捧げる。そうして村人も神様もともに酔っ払い、気づいたら太陽が昇っていて神様が帰れなくなるという。

 酔っぱらって寝てしまっても叱られない唯一の日。村の男たちは大いに飲んで、歌う。


「あ、もう戻られます、ライラ様?」

「ロリは?」


 宴は神様の宴会でもあるから、全員が酔いつぶれないよう交代で番をする。そろそろ次の村人たちが来るので、私も屋敷に戻ろうとしたところだった。


「父さんに付き合ってたら明日とんでもないことになるから、私も帰ります。すぐそこですし」


 村長の家は、広場のすぐそばにある。ロリは帰るといっても、休めるかどうか怪しいところ。

 酔い過ぎて体調を崩す者も出るので、たいていは村長の家で看護されることになっている。


「ロリ、無理しないで休めるときには、しっかり寝てね?」

「はい、姉さんがいてくれるので交代するから大丈夫です、ライラ様も気をつけて」


 そう遠くないものの、屋敷までは馬車で戻ることにしている。

 屋敷勤めの馬番が、今日は馬車を通りの外れに待機させてくれているはず。そちらに向かって、人混みをぬって歩いていると、どうも村人のなかに見知らぬ顔がやけに目についた。

 周辺の村々は同じ時期に収穫祭を行うことが多いけれど、地域が離れるとそうでもない。遠い親戚が祭りを機に訪れて参加することは、ままあること。

 とはいえ、小さな村にそうそう人が来ることは珍しい。

 通りを囲む家の壁によりかかり、休んでいる人。それから酒を注ぐ人の列を眺める人。あとは……


「ライラ様、お待ちしていました」


 声をかけられて驚いて見れば、馬番がわざわざ迎えに出てきてくれたのだった。


「ええ、ありがとう。待たせてしまったわね」

「とんでもない……どうかしましたか?」

「あ、いえなんでも。ずいぶん他所からも人が来てて、賑やかだなって」


 他所から来た人らしき人物と目が合ったような気がしたのだけれど、馬番と話しているうちに見失ってしまった。

 それ以外にも目についた人は、服装は村人と変わらない。でもどこか違っていて……それが自分でもよく分からなくてモヤモヤした。


「ああ、うちの村のワインは、数は少ないけれど美味いって最近評判らしいですから。近隣の者がタダ飲みに来ているらしいですよ」

「そう、ね。そうかも。評判なのは嬉しいわね」


 見かけたどの人も、酔った様子がなくて、それで気になったのかもしれない。

 もちろん皆が皆、酒を浴びるように飲むとは限らない。

 気のせいね。そう思い直して、馬車に乗る。

 明日は午前中から、子供たちにつきあってあげる予定なのだから。早く休まないと。そう思いながら、屋敷へと急がせた。 

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