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失踪の詫びに一つ仮説ゲロするのでゆるして
……あっゆるされない感じですよね、おとなしく更新再開します……
例えば限りなく化学技術が発展した世界に置いて、人工技術とは何処までのことを指すのだろうか?
例えば電気、或いは重力。
それは最近になって研究が進んだ物理法則に則った現象であり、化学技術で扱える我々の知識であり、然し遥か昔には超常現象として捉えられていた人知を超えた怪異である。
超常は何れ解明され、尋常に成り下がる。
では、今は超常現象と捉えるしかない怪現象は、未来においては変哲の無い物理法則の一つになるのだろうか?
何が、どこまでが、我々の人工技術の限界なのだろうか?
目に新しい完全感覚没入型VRシステムは、何の前触れも無く突如として世界に現れた。
仮に、比喩等抜きにただ一人の人間しか解明できていないブラックボックスがあるとするならば、そんなものは尋常ではなく超常でしかない。
現代科学から余りにも隔絶したその技術は、或いは怪異とする方が納得出来、そして近い。……が、故に。
我々はこの超技術を、人工技術によるものだとは捉えない。
完全感覚没入型VR技術は、現代に現れた超常現象である。
────『******教会著・人工神格論前文』より一部抜粋
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五体に不自由がある人間がVRゲームを始める場合、現実の姿そのままをアバターに反映させると、欠損しているのをデフォルトの状態として初期アバターが出力される。
リアリティを重視するため、現実との感覚のズレを極限まで無くすため。脳波をスキャンしてアバターを生成するヘッドギアタイプのVR機器はオーダーを忠実に遂行したのだが、各個人に合わせられた義手義足の再現を成したのは、業務用大型カプセルタイプの次世代VR機器によってだった。
ヘッドギアが接続された専用カプセルベッドと形容出来るその機器は、脳波に加えてカプセル内スキャナーを用いた生体スキャンによって、義手義足すら再現したアバターを出力出来るように進化した。
大型化に伴う高性能化によってfpsやアバターの反応速度も多少向上する次世代機は然し、ただでさえ高額なヘッドギアタイプの数倍の値段を誇る。
絶対数が少ない物というのは、必然的に奇跡にぶち当たる確率が低くなる。
金、機会、人脈、運。人生の選択で何重にも運命を潜り抜けた、奇跡的な当たりの玉は、やがて電脳世界に花開く。
それが発覚したのは、VRMMOが普及してから一年以上程経ってからのことだった。
"ゲーム内アバターって完全に現実通りにも作れるけどさ、例えばもし隻狼がVRゲームやったら、種族やスキル弄らなくても義手って火吹いたり斧に変形出来たりすんの?"
誰かが掲示板に呟いた、言うなれば自分には絶対に検証出来ない仮説。
もし仮に、現実に超常的な出生と人生を辿った、言わば物語に出てくるようなファンタジーの住人がいたのなら。
もし仮に、そいつがクッッッソ高くて手に入り辛いカプセルタイプのVR機器を手に入れたとしたのなら。
下らない妄想だと万人は笑い飛ばす。
現実にそんな超常存在等居る筈が無いと、VRゲームで遊ぶゲーマー達は、笑いながら似たような仮説をネタとして掲示板で語り合う。
そのような余りに細い糸が組み合わさった時、果たして電子の審判は、どのような結論をその奇跡へと下すのだろうか?
──始まりの仮説の名は、最初の提言から取って付けられた。
第一仮説『改造人間』
それが仮想世界仮説の始まりだ。
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「風当たりはどうですか?」
『アンチ動画が最近増えてきて辛い、まるで人権が無いみてぇだ』
「……気が滅入りますね」
『まあ分からんでもないけどな、無い側は人間性能で俺らの下位互換なのは間違いないし』
学校が終わってから即座にコンタクトを取り、時間が取れた相手と通話が繋がったのは夜十時。
俺の軽い世間話に返ってきたのは酷く疲れた低い声で、それもまあ状況的に仕方がないものだった。
仮想世界仮説を持つ人間というのは、至極当然ではあるが……世間から大層嫌われる。
殺到するお気持ちメールや取材交渉等に直前まで追われていたのだろう友人は、一呼吸置いて独白を洩らした。
『……生まれながらの体質って、要は個性と変わらないんだがなぁ。生きてるだけでふざけんなだの死ねだの言われるのは流石に良い気がしねぇよ』
「誰だって羨ましいでしょ、どんなVRゲームでも力羅さんだけSTRが十倍なんだから」
『俺がビルドで腐らせてるから隠せてるけど、実は筋力ってAGIにも作用するから世間で言われてるよりより酷いんだぜ? 俺の性能』
「あ、どのゲームでもSTRに極振りするのはそんな理由が?」
『いや完全趣味だね』
「趣味なんかーい」
普段人間が日常生活で使っている筋力は、本来の10%前後だと言われている。
仮に100%の筋力を発揮してしまった場合、骨や繊維が出力に耐えられずにズタズタになるため、本能によるリミッターが作用してそうなっているのだが……例えば世界初の仮説保持者プロゲーマーたる通話相手は、そんなリミッターが生まれつき備わってなかった特異体質の人間だ。
幼少期から日常的な骨折に悩まされたと語る彼は、VR空間のアバターの筋力リミッターを外すことで、無条件で他プレイヤーの十倍近くの筋力を発揮することが出来てしまう。
理不尽であり、そしてその才能は最強を目指す上でどうしようも無いほどに人権で。
仮想世界仮説第二……力羅と俺が知り合いなのは、偏に俺もそんな仮説保持者の一人であるからだ。
『で、送られてきた動画だけど……正直まあ、どうしようも無いな』
「……というと?」
『分かってんだろ、仮説持ちだからプロゲーマーの内定貰ってる中でこんなんに首突っ込んだらどう考えても白紙だろ』
言外に「お前に出来ることは無い」と言われた俺の理性は、その通りだと首肯する。
俺が力羅に送った動画──『【超絶悲報】ゲーム初心者の第四仮説に廃人22人で挑んだ結果、一分で蹂躙されたwwwww【仮想仮説】』──は、それはもう酷いものだった。
十分と少しのその動画は、仮説の私情を抜きにした解説から自分のチャンネルの紹介を簡単に入れた後、仮説の目撃情報と企画の説明をするという……まるで情報に詳しくない大衆でも分かりやすいように作られた、丁寧な導入から始まった。
MMORPGを少しでも齧ったことがある人間ならその大変さが分かるレベルカンストのプレイヤー、それを22人集めた企画主はやがて一人の少女と森の中で邂逅する。
テンポよく編集された会話と、参加者の持つ鑑定スキルによって視聴者に伝えられるのは、少女の持つ特異体質とゲームへのスタンスに……何の変哲もない適当なスキル構成。
何一つ、イレギュラーたるデータを観測出来なかった少女は、どう考えても勝ち目など無いはずだった……が、然し。
その動画にあったのは、少女によるどうしようもない蹂躙だった。
その場にいたプレイヤーの誰よりも速く、加速スキル無しに視界から消えた少女は、当たり前のように廃人集団を蹴散らした。
ただ純粋な速度の暴力は圧倒的な物理エネルギーを叩き出し、スキル無しにタンクを正面から火力で破壊した。
アサシンが仕掛けたトラップを踏んだ少女は、読みも無しに罠の直撃より速く動くことで結果的に回避した。
範囲攻撃も、多重連携も、少女にとって到達が遅すぎるが故に影すら踏めず。
その動画に居たのは、電脳空間に現れた新たな理不尽の権化だった。
ご丁寧に全滅した廃人組の絶望混じりの感想を戦闘後に差し込んで、企画主が最後に語るのは仮説に対する心底からの唾棄と軽蔑だ。
「こんなクソチート野郎がチートと認識されずゲームしてることが許せるのか?」……激情顕に視聴者にそう問いかける投稿者は、扇動者として実に優秀だった。
投稿から一日で既に100万回以上再生された悪意の塊は、現在進行形で各種サイトに拡散されて炎上している真っ最中だ。
『無法をしてるし理不尽なのも事実だし、仮に持たざる側だったら俺も普通にキレてるだろうから、フラストレーションをぶつけられるのは必然だ。それを理解した上で俺は仮説保持者として、後に生まれてくる仮説保持者が少しでも批難が減るようにイメージアップに努めてる。プロゲーマーもその一つの手段だ』
「なら……!」
『動くことは出来る。ただ、もしこの状況で肩入れした場合、まず間違い無く俺もお前も今より燃える。別に燃えるだけなら今更だが、それが態々首突っ込んだ結果の不祥事に他ならない以上、ただでさえ元から危うい立場なんだ、首切られてもおかしくない』
「保身で悪意に晒された女の子を無視すると!?」
『今ここで馬鹿したらお前の将来が潰れるだろうが! 俺に高校卒業直前の友人にインターネットタトゥー掘らせてから社会に出せっつってんのか!? 見ず知らずの少女と仲のいい友人の直近の将来なら、俺は後者を選ぶ!』
「ッ……!」
……結局のところ、俺を突き動かしているのは行き場の無い正義感だ。
人間は成長するにつれ、否が応にも現実と将来を考えなくてはならなくなる。
中学生そこらの女の子をネタに使い、ストレスの吐き口に使わされる。
こんなことが許されてたまるかと、何かしたいという衝動を齎した正義感は、力羅の言葉──現実によって押し潰されていく。
俺が手にしかけている未来は通話の先にいる相手がいなかったら絶対に掴めなかった物で、そしてその友人は俺の将来を守るために、自身の感情を潰して諭してくれる大人だった。
俺は馬鹿じゃない。それは人の話を聞いて、思いやりを理解して、理性的に考えることが出来るという意味で……中途半端に大人な賢さが力羅の言を正しいと判断しているが故に、俺の口を沈黙させた。
『……何かしたいという気持ちは否定しないが、でもそれは今じゃない。第一仮説も俺も発見当時はクソほど燃えたが、それでも暫くしたら落ちついた。子供をダシにしてバズり散らしてるこのゴミについては俺もキレてるが、少なくとも今動くのは最悪だろ』
「……俺が、自分の将来がどうなってもいいって言ったら」
『まだ喋るかよ正義感。もしそれが本気で考えた結論だって言うんなら喜んで心中してやるが、熱に浮かされて口から出た出任せに乗る程馬鹿じゃないぞ俺?』
「………………すいません」
『おう。愚痴は吐き出せたか? 取り敢えず今お前は頭冷やして寝とけ、こういうのは大人の俺らが解決すべきことだし』
discordに絶妙にセンスの足りない(無い、ではない)スタンプを貼り、そう言い残して通話を終了した力羅。
ボーっとした視界が捉えた件の動画のコメント欄には、投稿者を慰め、擁護し、少女への怒りを表すものばかりが上に表示されていた。
『何か、出来ることは無いのか?』
ああ言われた直後でもそんな思考を結局手放せないでいる俺は、きっとこういう部分があるから子供でしかないんだろうか?
この行き場の無い正義感は、どうしようも無い不快感は──衝動は、大人になるのなら理性で押さえ付けなければならないのだろうか。
「……黒騎士なら、きっと」
中学生時代に創った、最強の黒騎士ならば。
ロールプレイ全盛期のあの頃の自分だったのなら……まだ今より子供でいたあの時期であったのなら、きっと迷わずに行動が出来たのだろう。
それがいい結果になるかは分からなくても、後先考えずに自分の感情に従って動けるのは、成長するにつれて誰もが無くしてしまう才能だ。
真綿で首をジワジワ絞められるように、妄想を現実が絞めつけて折り合いを作らされていく。
「……………………あぁぁぁぁクッソムシャクシャする! もういい寝るわちくしょうめ!」
きっとそれは必要なことなんだと言い聞かせようとして、でも結局出来なくて八つ当たり気味にベッドに飛び込んだ。
「…………デイリー消化ももう知らん!」
ベッドに潜った条件反射で開いていたスマホのホーム画面には、赤通知の付いたアプリアイコンで埋め尽くされている。
それは友人から勧められたゲームが大半で、思えば自分からの発露で入れたアプリなんて全くと言っていいほど無い。
充電器を差して床に放り投げたスマホはカーペットによって音無く落ちて……その直後に鳴った通知音によって、俺は落としたそれを反射的に全速力で拾っていた。
「…………ん?」
ミュートにしとこうと思ってから、はたと何故自分がこんなに高速で動いたのかと気付いた。
通知欄の一番上に来ているのは、唯一俺のスマホにおいて通知音をカスタムしている存在。
最も重要度の高い相手からのダイレクトメッセージには、短くこう書かれていた。
『気に入らねぇ奴らがいるから生配信に配信凸してブチ殺そうぜ』と。
オタクは『何何の何』より一部抜粋とかが好き(作者が一番好き)




