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第31話 世界横断鉄道


 面談の翌日の朝。

 昨日のうちに整えていた出張の準備を再確認する。

 肌着の代え等もキャリーバッグにしっかり詰め込んであるのを確認した。

 アスカから受け取ったスマホのような通信端末もポケットにしまってある。


 アスカの話では、長くて1週間程度は滞在することになるだろう、との事だった。向こうで年を越すのはほぼ確定だ。……まあ、アニメやゲームの特番だけ録画しておけば良いか。


 ふと前職で、開発会社の作業遅れが出た為に急遽関西拠点まで出張し、現場に3日ほどカンヅメになった時のことを思い出して苦笑いする。

 ――あの時は急いで無理矢理詰め込んだのもあって、結構大変だったんだっけ。


 ひとまず、これで準備完了だ。

 準備も早く終わったので、30分ほど早く出勤する。

 すると、そこにはアスカが既に待ち構えていた。

 こうして少し早く来ても、必ず彼女は真っ先に居る。いくら職員寮があるらしいとはいえ、何時出勤しているんだろう……。


「あ、おはよー。雨宮くん」


「おはようございます」


 簡単な挨拶を交わしながら、自分のデスクへと足を進める。

 暫く此処を空けるのだから、簡単に掃除しておこう。とウェットシートを取り出してデスク周りを簡単に拭き。


 アスカは、と言えば、背もたれに身体を預けて暇そうにしていた。


「ごめんね昨日は……ほんとあのへちゃむくれはさあ」


「子供ですししょうがないですって、……まあ、誤解は解けた様なので何よりです」


 苦笑しながら昨日の事を思い浮かべる。

 昨日はその〝へちゃむくれ〟と呼ばれた少女の言葉に周囲が騒然となったのだ。


 あの子の言葉に嘘は無いが、言葉が足りなさすぎた。

 確かに一緒の部屋で眠りはしたが、そういう意味の〝寝た〟ではない。寝屋(ねや)を共にしたのは間違いないが、(ねや)を共にした訳では無いのだ。


 とはいえ、なんだかんだ〝縁を結んだ〟ことになるらしい。

 そういえば、何処かの風習で成人男子を神棚のある間に一人で寝かせて、家の守り神と契りを結ぶ――なんて風習を聞いたことがあったな、なんて今更ながらに思い出しもした。


「今日の出張だけど、大丈夫そう? 少し心配だったんだけど……」


「あ、ええ、むしろ楽しみで寝不足なくらいです。確かアスカさんの出身地でしたよね」


「うん、いい所だよ。ちょっと雰囲気のイメージ違うかも知れないけど」


 悪戯っぽく笑うアスカ。

 どうイメージが違うんだろう? 創造部の本拠地があるんだから、それこそ大規模な工場の建ち並ぶ産業革命期のロンドン並か、はたまた超近未来都市か……。

 あるいはそれ以上、だったりするんだろうか。






 ―――――― ◆ ◇ ◆ ――――――






「んあ……おあよ……」


 そうこうしているうちに、先ほど話題にあがった少女が寝ぼけ眼で現れた。

 服は誰かに着せて貰ったのか、ちゃんと外行きに整えられている。

 ……これは、昨日あまり寝れなかったクチだな。遠足前の子供が眠れなくなるのと同じだ。


「眠いなら戻って寝ててもいいんだけどなー?」


「…………わらわもいく……」


 アスカがからかうように言うが、アゲハはぼんやりとした口調で首を振った。

 まるで子供のそれだ。何時もこんな状態なら、アスカとのすったもんだも起きないというものなのだが。


「こうしてると子供らしくて、おとなしいんですけどね。何時もこうならいいんですけど……」


 寝ぼけながらゆらゆらと、なんとか立っているというような状態の少女を見て、何処か微笑ましく思い、笑みを浮かべる。

 普段のやかましさ、というか無邪気なそれとは大違いだ。こうして見てれば、何処かそれなりに高貴な存在のように見えなくも無い。

 いや……ただの寝ぼけた子供にしか見えないか。


「雨宮くん、子供好きなの?」


「好きというか……甥っ子や姪っ子の相手をしてた頃があって、手慣れてるだけですよ」


 もう何年も前になるが、甥っ子や姪っ子の相手をしていた時期があった。

 この少女ほどワガママではなかったが、それでも大変だったのを覚えている。

 今はもう会う事も無いが、何処か懐かしい記憶だ。


「それじゃちょっと早いけど、そろそろ行こっか。そのへちゃむくれ、ついてこなかったら置いてっていいから」


「……流石にそれやったら後々呪われそうなんで、なんとか連れて行きますよ」


 寝ぼけ眼の少女の手を取って、優しく歩調を合わせるように誘導する。

 暫く歩いていれば、彼女だって目を覚ますだろう。出来れば、早いうちに目を覚まして欲しい……。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 アスカに付いて、案内された扉には〝中央駅〟とだけ書かれていた。


 扉を開けるとそこは、ガラスらしき天窓から、空の陽光が差し込み、幾本ものアーチと装飾に彩られた、まごうこと無き(ステーション)。その3階に当たるテラスだった。

 眼下には何本もの線路が敷かれ、そのうち何本かには列車が停車している。それらの前には、人や、人らしき者、さらには人でない者が列をなし、乗り込んだり、または見送りに来たりしている。


「此処が世界横断鉄道(レイ・トレイル)の中央ステーション――――私達が12の世界に行く時に使う〝旅立ちの場所〟だよ」


 ――圧巻だ。

 満員電車を待つ、疲れたサラリーマン達の居並ぶ風景とは訳が違う。

 此処は、さながら活気に溢れたひとつの街にも見える。


「自分の出身世界に行くだけなら、何時ものエレベータとかで良いんだけど……、異世界とかになると色々〝調整〟が必要でさ。入管手続き……っていうか、行き先の世界に異物として扱われない為の処置をしないといけないんだ」


「移動手段は色々あるけど、君が出張とかで使うのはこの列車になるかな。まあ処置自体は切符持って乗ってるだけで終わるから、気にしなくて良いよ」


「はい、これが二人分の切符」


 アスカの案内に従って、アゲハの手を引きながらターミナルへ降りていく。

 そうして下に辿り着くと、2枚の紙切れ……切符を渡された。

 その表面には〝往復:第9基幹世界〟と記載されている。


「ありがとうございます、お金は……」


「ああ、雨宮くんの分は経費で落ちるから大丈夫。そこの寝ぼけタヌキの分は……君の給料から差っ引く、ってことで。後で本人に請求していいから」


 請求して良い、なんて言われても……。

 まあ、そこまで切符が高い訳でも無いだろうし、本人が払う気があったら貰えば良いか、等と考えつつ。

 ようやくアゲハも目を覚ましてきたのか、足取りがしっかりしてきたようだ。徐々に歩速を早めて、アスカについて行く。


「えーと、第9基幹世界行きは……ああ、これだね。7番線」


 7番線に停車していたのは、いささか古めかしい外観の鉄道車両だった。

 機関車は外観もがっしりとしており、世界横断の名に恥じない頑強さが感じられる。しかし、客車に関しては窓から見える内側は木造で、高級な寝台特急のような雰囲気を思わせた。

 この列車には、乗り込む人は居ないのか、車両の周りは少し空いている。


「どうぞ、お荷物はこちらで。お乗り口はあちらです。切符をご用意の上、お進みください」


 貨物車両の前に立つ、車掌の一人と思われる男性に声を掛けられ、言われたとおりにキャリーバッグを預ける。

 そのまま、少し先の乗り口へと足を進め、別の車掌に切符を見せた。


「ご乗車ありがとうございます、B-3号のコンパートメントをお使いください」


 切符に専用のハサミで切り込みが入れられる。今ではなかなか見ない方法だ。

 現代では、切符を買うことも少なくなったな……。なんて思っていると、汽笛が発車時刻が迫っていることを告げるように、その音を響かせた。


「それじゃ、雨宮くん。向こうに着いたらとりあえず連絡ちょうだいね。説明は向こうでも色々してくれると思うから」


「わかりました、何かお土産売ってたら買ってきますね」


 乗り口の前で、アスカと別れの挨拶を交わす。

 こうして誰かに見送って貰うのは初めてだ。少し心地良い。


「それじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい! 楽しんできてね!」


 車両に乗り込んだ所で、また汽笛が鳴り響く。

 そして、車掌によってドアが閉められた。


 仕事とはいえ、これから向かうのは全くの異世界。

 どんな世界で、どんな人々がいるのだろう。

 まだ見たことのない、異世界の風景はどんなものなんだろう――

◆世界横断鉄道

 レイ(Ray)トレイル(Trail)ライナー(liner)、とも言います。

 管理分室が総務部にありますが、厳密には異世界管理局の管轄下にはなく、別の異世界人組織である〝鉄道管理局〟によって運営・管理されています。

  なおいくつかの特別な車両番号がついた路線は、如何なる事情があっても、異世界管理局は直接関与出来ないことになっています。

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