エピローグ
第一部、完!
なんでエピローグがこれまでで一番長いんですか、ヤダー!
ゴーン、ゴーン
教会の大鐘が鳴る。
その音は王都に響き渡り、春の訪れを喜ぶ王国の民たちに新たな夫婦が誕生したことを告げていた。
絢爛な意匠が施された装飾は神々しさを秘めており、その場所が特別であるのだということを、それを目にする者へと無言で語りかける。
現にこの場所──教会の奥にある祝福の間と呼ばれる祭儀場──に居並ぶ列席者たちは、皆がノードが抱いたのと同じような感覚を覚えているはずだ。
白を基調とした部屋に引かれた一筋の深紅の絨毯。
その両側には、向かって右手に新郎側の親族が、そして反対側には新婦側の親族が並んでいた。
皆が一点に注目している。
そこは階段状になっていて、階段を何段か上った場所には祭壇が置かれている。
祭壇の奥には豪奢な装飾が施された衣装を纏った老人がいる。
金糸で施された刺繍の意匠からはその者がハミル王国で広く信仰されている宗教勢力の高位司祭だということが読みとれる。
司祭は祭壇越しに向き合っている二人の男女──美しい装飾の衣服を着た新郎と新婦へ何事かを語りかける。
「───────」
「─────」
新郎新婦もそれに答える。
何れの言葉もハミル王国の日常生活では聞きなれない『神聖語』と呼ばれる神聖な力を秘めた言語だった。
問答を済ませた司祭が今度は何事かを呟くと、祭壇のある場所へと光の薄衣が降り、新郎新婦を包み込む。
それはやがて二人の身体に吸い込まれるようにして消えると……
列席者からは万雷の拍手をもって迎えられた。
先程の儀式はハミル王国の貴族の結婚式で行われる祝福の儀式であり、新郎新婦の健康と繁栄を祈る神の奇跡と呼ばれる種類の魔法だった。
列席者たちに向き合った新郎新婦は、照れ臭そうに赤絨毯を降りていく。
互いの手を握りあった二人が列席者の間を通り過ぎる。
神殿の外まで続く赤い絨毯の上を、二人は背に拍手を浴びながら一歩一歩しっかりと歩いていった。
その姿を、ノードは新婦側の列席者として見つめていた。
不思議なことに、ノードだけが他の人間と違って灰色の外套を目深に被っていたが、全ての人がそれを注意しなかった。
§
「えー……新郎の……新婦の……」
神殿での儀式終了後、新郎新婦とその列席者たちは、場所を神殿から別の場所へと移していた。
王都の一角にある貴族邸宅で、新婦側人間にはとてもよく見知った場所──つまり実家であるフェリス家邸宅だった。
その貴族としての格に見あった無駄に広い庭は、家令のアレクを始めとしたフェリス家の労力をもって完璧に整えられていた。
その庭に並べられた大机には、所狭しと料理が並べられて、居並ぶ列席者たちは椅子に詰めて座っている。
下位貴族といえども、古くからこの王都に居を構えるフェリス家の邸宅はかなりの広さがあるのだが、その敷地をもってしても手狭だと感じるほどの列席者だ。
特に新婦側の列席者が多いように見受けられた。
(こんなに一杯人が来てくれるなんて……良かったなハンナ姉)
ノードは庭に設けられた、新郎新婦の席へと視線を向ける。
そこで司会から祝いの言葉を受け取って微笑んでいる姉のハンナは、美しい衣装に身を包み華やかな装飾の品を身に付けている。
その姿はイルヴァ一の花嫁といった風情であり、身内の贔屓目を除いてもハッとするほど美しかった。
新郎だけでなく、列席者のうちの未婚の女性などは自分の花嫁姿を思い重ねているのか、ポーッと熱に浮かされたように見詰めている。
妹たちも「いいなあ」と小さく独り言を呟くのが聴こえて、ノードは微笑ましくなった。近くの親戚のマダムが「わたしも若い頃は……」と言っていたのは無視した。
新郎の貴族の男も誠実そうな美男子であり、お似合いの夫婦といった具合だ。
ノードはその光景を、感慨深く見詰めている。
母親のマリアが感涙を眦に浮かべてハンカチで押さえているのが見えた。
スピーチは続く。
その感動的な内容に興味はないが、ノードは姉の美しい花嫁姿と、そして姉を祝福しようとするこの場の空気をいとおしい大切なものだと思った。
であれば、見知らぬ新郎の上司の貴族の言葉ですら大切なものに思えた、のだが。
その空気を引き裂く声が披露宴会場へと響き渡った。
「きゅい! きゅい!」
甲高いその叫び声が祝辞の声に割り込み、中断する。それにより列席者の注目が声の主へと注がれた。
「きゅー♪ きゅー♪」
「お、お前、さっきまで寝てたのに……!」
その声の主は、果たしてノードが被ったローブの中から現れた。
人ではない小さな身体。ノードの頭程はあろうかその姿は、新緑のような鮮やかな緑の鱗が生え揃った飛竜──その幼体だった。
小さな声で、狼狽したノードが何とかその幼竜を宥めようとする。
気付けば、列席者の視線は幼竜と、それを肩に乗せたまま静かにさせようとするノードへと注がれていた。
「ほう……あれが」
「新しい……」「フェリス家の三男か……」
「鉄竜騎士団のねえ……」
ヒソヒソと、あちこちから囁く声が漏れ聞こえる。
しかしその目や声は好奇心こそ滲み出て隠せそうにないながらも礼法のなっていない者に向ける侮蔑の感情などは一切含まれていなかった。
話を中断された年配の貴族の男や、新郎ですらも怒りや戸惑いというよりは好奇心である。姉のハンナは何時ものように優しい微笑みを浮かべていた。
「きゅ、きゅー?」
「静かにしてくれ!」
小声で怒鳴る、という技術のいる方法で幼竜を叱るノードだが、肝心のノードの意図は幼竜には伝わっていない。
然もありなん。この緑の幼竜は先だって生まれたばかりであり、今は食べては寝て、そして親と遊ぶのが楽しみなお子様である。
結婚式だから黙れ、などの意図を察する能力はなく。むしろ「なぜみんなこっちを見てるの?」と興味津々であった。
「もー、しっかりしてよ」
姉の結婚式を中断させてしまい四苦八苦するノードの助けは横から現れた。
妹アイリス、御年六歳。
この春の結婚式に先駆けて、一つ年を重ねたノードの可愛い妹である。
彼女、アイリスはテーブルに並べられた料理をひと切れ掴むと、「あーん」といって幼竜の鼻先に差し出す。
幼竜は鼻腔に漂うその美味そうな匂いにピクピク鼻を鳴らすと、差し出された料理をパクりと食べた。
カツカツ、と咥えた料理──餌をノードの灰色の外套の中へと引きずり込むと、その奥に作られた袋のようになった場所で幼竜は美味しそうにそれを啄んだ。
「あ、すみません」
外套の中に引っ込んだ幼竜の様子に安心して、ペコリと挨拶者に頭を下げる。すると年配の貴族は何事も無かったかのように話を再開した。
それに合わせてノードと幼竜へと視線を投げ掛けていた他の列席者たちも、次々と視線をもとに戻す。
「ありがとう、助かったよ」
妹のアイリスへと小声で囁くと、アイリスは「どういたしまして」と小声で囁き返す。少し自慢気に胸を張るのが可愛らしかった。
再び幼竜が騒がないように、ひょいひょいと目立たないように料理をくすねて外套の中へと放り込む。
それを受け取った幼竜は、カツカツと微かな嘴の音がぶつかる咀嚼の音を立てながら、腹一杯にまで食べると、最後の一枚には興味を無くし、再び外套の奥の袋の中で眠りに就いた。
§
「な、おま、は……え……」
パクパクと、空気を求める魚みたいに声にならない叫びをあげながら口を閉口させるノード。
その気持ちを知ってか知らずか、ノードへ驚愕をもたらした原因──その存在である飛竜の雛は、スリスリとノードの胸元へ頬擦りを続けている。
「きゅ~」
と鳴くその声は、小さく甲高い。しかし敵意を抱いた対象への攻撃的な意図ではなく、反対に愛情を求めるような好意の音色だった。
頭の上に乗っかったままの卵の殻を、何となく持ち上げる。
指先で摘まんだそれは、分厚く硬く、そして重たかった。
「!」
頭が急に軽くなった雛は何だと回りを見回し、先ほどには無かった大きな影、それが卵の殻を持ち上げたのだと気がつくと、今度はその手にスリスリ身体を摩り寄せ始めた。
ノードはその光景を見ながら、
(卵の重さは殆どがこの卵の殻なんだろうか)
などと現実逃避の思考を始めていた。
しかし現実は変わらない。
カラカラと馬車の車輪からの音が軽いものに変わる。
荷台に伝わる振動もガタゴトと激しいものから穏やかなものに変化。王都が近づき始めた証拠だった。
しかし、溢したミルクが元には戻らないように、割れた卵──孵化した事実は元には戻らないように。
「旦那、つきましたぜ」茫然自失したノードは促されるままに王都で貸し切った馬車を降りる。
馬車は荷台に忘れ物がないのを確認すると、何処かへ走り去っていった。
そこから家までどうやって帰ったのか、ノードの記憶には残っていなかった。
フェリス家邸宅へと戻ったノードは、久し振りの我が家だと言うのに気が重かった。
理由は言わずもがなで、今はノードの手に持つ布──外套の残骸の中で、スヤスヤと眠る飛竜の雛である。
卵が孵ってしまった後、きゅいきゅい鳴く雛を抱えながら、卵の殻を回収、それらを纏めた荷物を抱えてフェリス家までどうやってかたどり着いたノードだが、今回のことをどう説明したものかと思い悩んだ。
しかし家の前で突っ立っていても仕方がなく、ノードは仕方なしに屋敷の中へと入っていった。
「ただいま……」
「我が息子よ、よくぞ無事に帰ったな……!?」
ノードの帰宅を知った家人が出迎える。
帰宅をする旨は既に近くの町で早馬で知らせるよう頼んでいたからだ。
使用人がノードの帰宅を知ると、足早に当主である父のアルバートを呼びに行く。
それを受けて、どうやらノードが無事怪我もなく帰ってきたらしいと喜んだ父親のアルバートの表情は、次にノードの手元を見て驚愕に染まった。
ノードが腕に抱えた布切れは、俄にゴソゴソと蠢き始めたからだ。
「きゅう? きゅう~?」
小動物の鳴き声にも聞こえる声は、その布の中から聞こえる。
「その……つまり……」
歯切れ悪く返事をするノードの姿は、親に叱られる子供のようにも見えた。
言い淀むノードだが、ついに観念して布の中身を外気に晒し出す。
布の中から姿を表したその中身は、目覚めたばかりの元気一杯な顔付きで、薄暗いフェリス家の邸内を見渡した。
「きゅ?」
ここどこ? そう言わんばかりの声を上げるそれは、産まれてそれほど時間も経っていない幼い幼竜のものだった。
「こういうことです……」
「………………」
知らせを受けて、予想していた展開とは大きく異なる事態にノードの父であるアルバートは、何と言えば分からず沈黙で返した。
屋敷の中には「きゅ? きゅ?」という幼竜の鳴き声だけが静かに響いていた。
§
ノードが企んだ飛竜の卵を売却するということは不可能になった。当然、孵化してしまったからだ。
飛竜の卵の殻にも多少の価値はあるようだが、それは生きた卵に比べれば些少にも過ぎる金額だった。
鉄竜騎士団に卵を売却するため、事前に渡りを付けてくれていたノードの父であるアルバートは、ノードの口から冒険の顛末を聞いたのち、押し黙った。
台所から幼竜にも食べられそうなものを貰って、腹が膨れた飛竜の雛はスヤスヤとノードの膝の上で眠っている。
「懐いてるな」と口を開いた父親に、ノードはどこか他人事のように「ひょっとしたら母竜の匂いが付いてるからかも」と卵から孵って後、親に甘えるような仕草を見せる幼竜についての私見を述べた。
アルバートはしばらく考えた後、「出掛けてくる、家で待っていろ」とノードに告げて屋敷を後にした。
関係者に謝罪しに行くのだろうか、ノードはそう予想した。
入手する筈だった卵が手に入らなくなったのだ。
鉄竜騎士団で使われる飛竜は卵から孵した飛竜のみが使われる。野生の飛竜を調教するのは不可能だからだ。
その人工孵化させた飛竜とて、かなり獰猛な性質を示して容易には乗りこなせないという。
戦力に見合うだけの労力が飛竜の使役には伴うのだ。
そういえば、とノードは膝の上でくぅくぅと寝息を立てる幼竜を見ながら思う。
(聞いてたよりもやけに大人しいよな……まあ子供だからかな)
凶悪な魔物とて、赤子の頃はとても可愛らしいものだと聞く。
ノードは、冒険者ギルドの酒場で酔っぱらうといつも「もふもふ」の素晴らしさについて語りだす女冒険者のことを思いだした。
たしか彼女が大声で牙刃猛虎の子虎が如何に可愛らしいかを演説ぶっていたのを覚えている。
そのときは「白銀級冒険者が相手にするような魔物に可愛いもクソもあるか」と感想を抱いたものだが、成る程。
随分と長い間待たされる間に、膝上で眠る幼竜の顔を眺めていたが、確かに可愛らしいとも思えなくは無かった。
まあ、それ以上に「この小さいのがあんなデカイ飛竜になるのか」という感想が強かったが。
ノードがどれくらいの間待たされただろうか。
当主直々に待機を命ぜられていたため、迂闊に出歩くことも出来ず、幼竜を観察したり、飽きて壁紙の模様を眺めたり、果てには机の木目の模様が何に見えるだろうか、などと考えて暇を潰していると、俄に屋敷が騒がしくなった気がした。
帰ってきたかな。ノードはそう予想して居住まいを正す。
身動ぎしたノードに、膝の上に眠っていた幼竜が何だと起きて首をもたげた。
ガチャリ、と扉の取手が回る音がしたと思いきや、勢いよく扉が開け放たれた。
果たして、そこには父親の姿があるが、他にも別の人物の姿も見受けられた。
挨拶するために椅子から立ち上がり、机の上に幼竜をどける。
それにより完全に覚醒した幼竜は、机の上よりノードの方がいいとノードへと抗議の声を上げる。
その一連のやり取りを、父親が帯同してきたノードの見知らぬ人物は具に観察していた。
「こちらの方は……」
父親のアルバートがノードにその人物の正体を告げる。
「鉄竜騎士団の副団長であらせられる」
ノードの目が驚きに見開かれた。
§
簡単に自己紹介を済ませた壮年の男──鉄竜騎士団副団長は、自らを「ゴルドウィン」と名乗った。
ノードも聞いたことのある勳功甚だしいハミル王国の英雄の一人だ。
そのゴルドウィン副団長は、それで、と言葉を切り出し
「その竜が、君の飛竜かね」
と尋ねた。
視線の先には、完全に目が覚めてノードにまとわり付くようにじゃれる緑の鱗をした幼竜の姿があった。
静かにならないだろうか、そう考えるがノードの膝の上でたっぷりと眠って元気一杯の幼竜は、ノードに構ってと言わんばかりに手に身体を擦りつける。
「ええ、はい、その孵ってしまいまして……」
歯切れ悪くノードは手元の幼竜についてそう語った。
他にもゴルドウィン副団長は冒険者をしていることなども質問し、そしてそれは飛竜の巣での顛末にも及んだ。
「その、実はまだ風呂に入れてなくて、ご不快かと思いますがご容赦くださいますよう……」
「はっはっは、冒険者だものな」
道中も簡易的な清掃はしたが、湯船に浸かるように全身を洗えるわけではない。帰ってきたばかりのノードは冒険の道中で溜まった垢はそのままで、さらにこびりついた飛竜の“糞“の匂いがまだ残っていた。
軍人故に、そのあたりの“耐性“も強いのだろう。
特に鉄竜騎士団ともなれば、王宮の警備などが主任務の近衛騎士団と違って余程そういった遠征などにもなれているに違いない。
ノードはまだ己が幼かった頃に起きた戦役で、どれほど鉄竜騎士団が武功を上げたかの逸話について思いを馳せた。
豪快な笑い声を上げたゴルドウィン副団長は、全く意に介さずといった具合に話を続ける。
「フム……しかしよくなついているね」
「え? は、はい……」
途中、ゴルドウィン副団長は父親であるアルバートに何事かを呟いた。席を立ったアルバートが家令のアレクを伴って戻ってきたとき、アレクの手には肉をスライスしたものがあった。
「食べさせなさい」というゴルドウィン副団長の指示のもと、ノードはそれに従い幼竜に肉片を与えた。
ノードの手に乗った肉片に興味を示した幼竜は、その深緑色の鱗に覆われた小さな鼻をクンクンと嗅がせたのち、カツカツと嘴を鳴らしてノードの手から餌である肉片を啄んだ。
旺盛な食欲を見せた幼竜は、持ってきた肉を全部平らげ、アレクが追加した肉も半分ほど腹に納めたところで、満腹になったようだ。
ケプッ、と音を立てて胃の空気を吐き出したのち、幼竜は眠たそうにしはじめた。
幼竜はモゾモゾと蠢き、ノードの方へ近づくと、机の上からノードの膝上へと落下しスヤスヤとそこで寝息を立て始めた。
押し留めようとしたノードだったが、ゴルドウィン副団長に手の動きで制止され、ノードは幼竜に為されるがまま膝をベッドにされている。
それら一連の行動を興味深く観察していたゴルドウィン副団長は、納得したように頷く。
そしてノードの父親であるアルバートに視線を向けると、「……ということで」「よろしくお願いします」とノードを尻目に会話を始める。
事前に話がついていたのかもしれない。
すぐに会話は終わり、そしてゴルドウィン副団長はノードに向き直った。
ノードはその視線に居竦められ、ピンと背筋を正した。
膝には幼竜がいたため、立ち上がることは無かったが、そうでないなら直ちに椅子を蹴って起立した直立不動の姿勢をとる勢いだった。
そしてゴルドウィン副団長は口を開き、
「ノード・フェリス、貴卿を鉄竜騎士団の見習い騎士に任ずる!」
「は、はい!?」
ノードが予想もしていないことを口にした。
ノードの声が裏返ったのに突っ込む物は誰もおらず、膝上の幼竜がした欠伸の声は、部屋の中に静かに溶けて消えた。
§
結論から言えば、その後ノードの目的は無事に達成できた。
飛竜の卵を売り払い、フェリス家の借金を返すという方法は駄目になったものの、代わりにノードが鉄竜騎士団へと入団することが決まったのだ。
まだ見習いであり、大した給与を貰っているわけではないが、それでも並みの騎士より俸給は良かった。
借金が返せた訳でも大金が手に入った訳でもないのだが、フェリス家の一員であるノードが、鉄竜騎士団というハミル王国最強の騎士団に入団したことは相手方──新郎の親族に強く受け止められたらしい。
そこには様々な思惑があっただろうが、何はともあれ姉のハンナとの結婚は無事に纏まり、そして雪解けを待って結婚式を上げることが決まった。
姉のハンナは泣いて喜び、母親のマリアは感涙の有り様であった。兄弟姉妹も祝福し、そして春には幸せな花嫁の姿が見られた。
その後ノードはというと……。
「見習い! 走れ!!」
鉄竜騎士団の見習い騎士として、騎士団に入団後上官に絞られる毎日を送っていた。
「了解!」
軍学校を卒業はおろか入学すらしていないノードは、精鋭中の精鋭騎士の集まりである鉄竜騎士団の面々によって、騎士のイロハをその身に叩き込まれることになった。
貴族家に生まれたノードは礼法はそこそこできるので、訓練の比重は主に騎士団員としての軍人としての知識と、そして何よりも戦闘技能であった。
仮にも水晶級冒険者の冒険者であるノードではあるが、全員が白銀級冒険者並みと言われる鉄竜騎士団からすれば、それこそ尻に殻がついた幼竜みたいなものであった。
「ゼエ……ハア……ハア……ウップ」
それなりに体力には自信があったノードだが、その自信はあっという間に打ち砕かれた。
基礎体力の鍛練と称して、実施される“超“距離走を吐きそうになりながらも走るノードに、訓練教官としてつけられた先輩団員の叱咤の声が飛ぶ。
「ゴラァッ!! 足緩めんな!! このあとの乱取り百本追加!!!!」
飛竜も斯くあり、というような腹から出された怒声がノードを襲う。
嘘だろ。マジかよ。くそ、いっそ殺せ……。
込み上げる感情を喉元で押さえ込み、ノードはただ「了解!」と返して走る速度を上げるしかなかった。
それこそ走り込みの後は武器を使った実践訓練だ。
『死ななきゃいい』そう言われるほどの苛烈な戦闘が行われる訓練だが、仮に腕が飛んでも腹を刺されても『回復魔法がある』ため問題ないとばかりに、容赦なくノードも鍛えられていた。
「きゅい! きゅい!」
王国内にある鉄竜騎士団の鍛練場で、既に半死半生といった体で走り続けるノードを応援するかのように、声援?が届けられる。
それは卵から孵ってから一回りも二回りも大きくなった飛竜の雛であった。
既に体も大きくなりノードの頭ほどだった体長が既にノードの胴ほどにも達したその幼竜は、鮮やかさをいや増した深緑の鱗を陽光に煌めかせて、ノードの頭の上に降り立った。
「ばっか! 降りろ! 重い!」
「きゅきゅーい♪」
そう、殻を割り産まれた幼竜は、既に逞しく成長し、小さいながらも翼で宙を舞うようになっていた。
その成長した身体の体重がノードにのし掛かれば当然重いわけで、ノードは頭の上の幼竜に文句をつけながら振り落とそうと頭を振る。
しかし幼竜の方は遊んでもらっている程度に考えているのか、楽しげに揺れるノードの頭に器用に乗りながら、楽しそうな鳴き声を上げた。
「なにやってんだ……」
そのやり取りを見た先輩の鉄竜騎士団員は、呆れたように呟いた。
貧乏貴族のノードの、一人前の竜騎士としての道程は、まだまだ遠そうだった。
これにて一応、『貧乏貴族ノードの冒険』は完となります。
文字数は何だかんだで12万文字。小説一冊分くらいですね。
全くプロットを書かずに初めてしまい、作者にも予想できない終わりになりましたが、ここまで書けたのはブクマや評価を下さった数少ないファンの皆様のお陰です。
有り難いことに、続編を希望される方も感想を書いてくださり、とても嬉しいです!
一応話は続けられそうな終わりにしたので、続きは書くかも知れませんが、取り敢えず完結としておきます。
もし続きが出たら引き続きお楽しみ頂けると幸いです。
ほなまた……




