しゃわしゃわシャワー
ごしごしと背中を洗う妹……いや、そんな一生懸命洗わなくても……。
まるで何週間も風呂に入っていない人を洗うかの様に、妹は念入りに俺の身体をスポンジで擦っている。
「はいお兄ちゃん腕上げて」
言われるがままに腕を上げると妹は俺の脇を洗い出す。
「う、ひゃ、ひゃひゃはあうううう!」
く、くすぐったい、マジでくすぐったい!
「ほら動かない!」
身を捩る俺に構う事なく脇と腕を洗う妹……。
そうか……これってひょっとしたら……仕返しなのか?
嫌がる妹をごしごしと洗っていた事を思い出す。
世の中のお父さんやお母さん達、子供の躾と言って怒ったり叩いたり命令したりしている人に言っておく、それって本当に躾か考えた方がいいかも知れないと。
いつか返ってくるよ、老後にね……今俺はそう実感した。
俺は絶対に妹を叩かなかった、そして必ず目を見て話した。
妹自身悪いと思ってやっている事なら、注意をした。
そしてそれが悪い事だとわからなければ、わかるまで説得した。
そして反論も聞いた。
妹が正しいと思えば俺は妹に謝った。
でも、それでも……俺だって人間だ……時にはイライラする事だってあった。
その最たる物はお風呂だ。
はしゃぎ回る妹にとってお風呂場は遊び場……でも俺は日々家事に終われ、妹の世話に追われる毎日、特にお風呂場は走り回ると危険だし、冷えると風邪をひくし、自分も妹もさっさと洗わないといけないしで、いつもイライラしていた。
多分元々風呂好きだったせいもあったのだろう、昔の俺の夢は一人で風呂にゆっくりと浸かる事だった。
だから妹とのお風呂に良い思い出は無い、いや違う、俺は楽しい、楽しかったと思っていた。 そう思っていた筈だった……。
今こうやって……今度は俺が妹に風呂に入れて貰う立場になって、鮮明に昔の事を思い出してくる。
受け身になって初めて思い返す。
俺は自分自身を美化していたのでは無いかって?
妹を育てる事で、あの頃の……情けなかった……引きこもりだった……あの頃の自分を、正当化していたのではないか? って……。
そう……そうなのだ……俺は自ら記憶を塗り替えていたのだ、妹との思い出を……美化していた……。
そう考えた時、俺はゾッとした……身の毛がよだつとは、この事だろう。
出しっぱなしのシャワーから出る湯気が浴室内に広がっていく。
それがまるで、登山の最中に突然現れた深い霧の様な気がした。
深い森の中で霧に襲われ、ホワイトアウトしてしまった様な感覚に陥る。
俺は本当に……妹の親代わりが出来ていたのだろうか?
「はいお兄ちゃん、お尻と足洗うよ?」
「……い、いや、自分で洗うから!」
そんな考えの俺を気にする事なく、妹は甲斐甲斐しく俺の世話をし続ける。
いや、そもそも手を怪我しているわけでは無い、移動するには手助けが必要だけど、その他は全部自分で出来る。
それなのに背中を妹に任せている時点で俺の行動も、そのセリフもおかしいのだ。
でも、さすがに、こればかりは断固拒否せねばならない。
「いいい、いいって、そこは自分で洗うから!」
「ハイハイ」
妹は一切聞く耳を持たない。
やはり仕返しなのか? そうなのか?
「だ、大丈夫だから!」
「だーーめ!」
可愛く言っているが、やはり俺に拒否権は無かった。
そして、ここでなんとか断っても、結局どこかで頼る事になる。
この足で、現状一人で、全てを一人こなすには、一人で生活するのは、無理なのだから。
家を改築でもしない限り、必ず誰かの介助が必要になる。
「はいちょっと腰を浮かしてね」
「うぐぐううぅぅ」
妹は少しイライラしている様な気がする口調、表情で俺を見つめる。
いや、俺がかつてそうだったからそう思っているのかも知れない。
子は親を見て育つ……俺がしていた様にしているだけなのかも知れない。
だとするならば、俺は自慢出来る子育て等していない、出来ていないって事だ。
いや、今妹が俺に対して、してくれている事が駄目って事ではない。
これは妹自身が自ら率先してやっている事なのだ。
そう……妹は妹自身が、元々持っていた物が素晴らしいって事なのだ。
俺が育てたからだなんて思ってはいけないんだ。
それは妹も……。
洗い終わると妹は俺の背中からそっとシャワーをかけた。
温かいお湯が俺の背中の泡を洗い流したかと思うと、突然背中にヒヤリとした感触を感じる。
「……って、おい!」
「お兄ちゃんの背中……暖かい」
「そ、そりゃお湯かけりゃって、こ、こら、何をしてる?」
妹は突然俺の首に腕を回し、自らの身体を密着させた。
タオル一枚越しに感じる妹の柔らかさ……ってか突然何を?
「プロレス技……」
「ぐ、ぐええ、ぎ、ギブ」
俺の首を腕で締め付ける妹の腕をしっかりとタップするが妹は止めようとしない。
「駄目……冷えちゃったから……もう少し暖めて」
「じゃ、じゃあ……ゆ、雪も……シャワーを浴びればいいのでは?」
「……ううん、こっちがいい」
そう言うと雪の腕が一瞬緩み、背中に密着感がなくなった。
言ってる事とやっている事に違和感を感じたが、それは更なる感触の前触れだった。
「ふふふ、暖かい」
再度雪の腕が俺の首を締め付ける、と、同時俺の背中にさっきとは比べ物にならない位の……得も言われぬ気色の良い感触が襲ってきた。
「な、ななな!」
とてつもなく柔らかくそして中に芯があるような、弾力を帯びた二つのコブが俺の背中に押し付けられた。
これが何かなんて言うまでもないだろう。
俺と雪の間にあった一枚の布切れが無くなった事を、俺の背中が教えてくれている。
「お兄ちゃんこのまま…………」
そして俺の耳元で妹は、小さな声で、消え入りそうな声で呟いた……。




