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10話前編「7月30日、木曜日」



2015/11/17


風邪により細かい投稿となっていた10話を2つに統合しました。




 




 学校が夏休みに入ったことで、私は空ちゃんと会う機会が無くなっていた。今日は久しぶりに会えるのかと思うと、夕刻が迫るのが待ち遠しかった。


 今日は私、空ちゃん、美海みうみさかいの4人で、今夜のお祭りに参加する予定だった。ちなみに鹿野かの君はお祭りには来るものの、男友達と来るだけで合流はしない。やっぱり男子1人で女子に囲まれるのは疲れるんでしょう。


 この話が最初に持ち上がったのは、7月7日のことだった。






 美海と夜の散歩から帰り、私はすぐに空ちゃんに電話をかけた。出てくれなかったらどうしよう……。そんな弱気なことを思う。


『もしもしお姉ちゃん?』

「……ええ、私よ」


 意外なことに空ちゃんはすんなり出てくれた。思えば確かに顔を合わせづらくて避けていたのは私の方。空ちゃんはあれだけのことをされても、私を慕ってくれていた。……私は今、それに応えなければならない。


「まずは、ごめんなさい。あの時は、私どうかしていたわ」

『ううん、気にしてないよ』


 空ちゃんは私の声音と態度に、少しほっとした様子だった。私は、その態度にこそ安心感を得た。


『でも……お姉ちゃんの気持ちを、言葉できちんと伝えてほしい、かな』


 そして、そんなことを言う。口調は普通で、気を張っている様子もなかった。


 電話で伝えるのもどうかとは思ったけれど、ここは空ちゃんにきちんと話しておくべきだ。……また改めて直接言えばいい。


「私は、貴女のことが好き。友人としてではなく、1人の女性として」


 ……まさか、こんな告白をする日が来ようとは、夢にも思わなかった。私は別に女性しか愛せないわけじゃないんだもの。


『あたしもお姉ちゃんのことは大好き……でも、ごめんなさい。あたしは、お姉ちゃんを()()()()風には見れない』


 空ちゃんは、私がなんて言うのか解っていたかのように落ち着いている。……いえ、実際解っていたんでしょうね。


「そう、よね」


 私は、気持ちを抑えて声を絞り出す。……常識的に考えれば、こうなることは予想がつく。空ちゃんの恋愛観がノーマルだとしたら、同性は友達以上の関係にはなれない。こうなることは当たり前だと、私は解っていた。


 ……けれど、胸の奥には、焦燥感しょうそうかんのような何かがあるのを感じる。……私は、何を焦るというの?


「気にしないで」


 気にしているのは、私の方じゃないの?


「私も、解っていたことだから」


 今ははっきり解る。空ちゃんが欲しかった。


「貴女の口からそう聞けただけで充分よ」


 違う。私は彼女に求めている。


「ありがとう」


 違う。違う。違う。私が本当に言いたいことは、そんなことじゃない。


 どうして?私が男じゃないから?それとも私が嫌い?私は好きなの、こんなにも好きなの。何故、貴女は私を好きになってくれないの?どうして?どうしてなのよ?


 喉まで出かかっている、嫌な言葉を飲み込む。理性が、自分の理屈を一方的に押し付けるなと叫ぶ。今までと何も変わらない。私は気持ちを抑えて言葉を口にする。


(辛いのね……)


 欲しがって。届かなくて。何故とどうしての繰り返し。嫌な言葉を口にしそうになって。嫌われたくなくて飲み込んで。けれど気持ちは抑えられずに苦しくて。今の関係も壊したくなくて。また気持ちを隠す。


 これが辛くなくてなんなのだろう。そんなものが恋なら、恋心なんて要らない。そうとさえ思えてくる。


『お姉ちゃん、それは嘘、だよね』

「え……?」


 全くの嘘……ではない。私は空ちゃんが受け入れてくれないことも予想していたし、はっきり嫌と言ってくれて良かったのも本当。


 けれど、胸に残るやり場のない怒りのような、もやもやとした気持ち。心の底から今の状況を受け入れているわけでもない。表に出さなかった黒い感情が、理性の裏にある。


『お姉ちゃんは、きっとあたしの為に本音を言わなかったんだと思うの』

「…………」

『……ごめんね。いつもあたしが頼ってばかり。お姉ちゃんには我慢をさせてばかり』

「そんなことはないわ。貴女と過ごす時間は幸せよ。本当の、本当に」


 空ちゃんの声が聞けるだけで、黒い感情が薄れていく。恋は辛い。どうしようもなく心が乱れて、どうしようもない怒りや嫉妬にまみれて。


 それなのに、空ちゃんの声が聞けることが、笑顔が見られることが、かたわらにいてくれることが、それだけで幸せで。


 恋は複雑過ぎて、私にもよく解らなかった。




 けれど、これはきっと素敵な心だと、そう思えた。




『ありがと。……あたしは、いつもお姉ちゃんに助けられてる。お姉ちゃんは素敵な女性だな、っていう憧れもある』


 空ちゃんの声色が優しげなのは、私の気のせいじゃないはず。


『そんな女性ひとがあたしなんかを好きだって言うんだもん。びっくりしたんだよ?その……Hなこともされちゃったし……』

「……本当に、ごめんなさい」

『あ、ああ、違うの。責めてるんじゃなくてね。あの時、お姉ちゃんすごく辛そうな顔をしてた』

「私が……?」


 あの時は、ただ空ちゃんが欲しくて、我慢がきかなくて、ダメだと思いながらも自分を止められなかった。辛いとか嬉しいとか、あの時の感情は乱れすぎていて思い出せない。


『あたしは、そんな辛そうなお姉ちゃんを助けたい。あたしが原因なのは解ってるけど……だからね、考えたの』


 空ちゃんが、私のことを考えてくれている。それが義務感や恩を感じているに過ぎないことは解る。


 それに、私と恋人になってくれればすんなり解決するけれど、それは選ばない。それはつまり、今はその選択肢は無いということだった。けれど、それでも嬉しかった。……私は案外ちょろい女なのかもしれない。


『あたしは、お姉ちゃんの気持ちとちゃんと向き合う。恋愛として、ちゃんと考える』

「空ちゃん……」

『だから、あたしともう一度、友達から始めてくれませんか?』


 空ちゃんは私のことを気遣って、考えて考えて結論を出してくれた。私が避けていた間も、きっと考えていてくれたのだろう。


 私にはそれを承諾する以外の選択肢は無い。空ちゃんの結論以上のものを私には思い付かないし、何より強姦まがいのことをした私に手を差しのべてくれている。これ以上は高望みだ。


「私と友達でも……いいの?」

『もちろん!』


 電話越しのその声は弾んでいて、空ちゃんの笑顔が目に浮かぶようだった。優しくて、可愛らしくて、健気な女の子。……やっぱり私は、この女の子のことが好きなんだと思う。


「空ちゃん、よろしくお願いします」

『うん!よろしくね!お姉ちゃん!』


 私は、やり直していいんだ。彼女がくれたチャンスを無駄にはしない。この瞬間、私はそう誓った。


 仲直り出来て安心したのか、空ちゃんが話題を変えた。


『あ、そうだ。この近くで、毎年お祭りがあるんでしょ?』

「ええ。今年は……30日ね」


 特に大きな規模でもなければ特有の文化もない。そんなごく普通のお祭りが、私の住んでいる地域でも毎年開催される。


 美海が行きたがるから、私も一緒に毎年参加している。そう、電話口に伝える。


『今年は、あたしも一緒に行ってもいい……?』

「もちろんよ。美海も喜ぶわ」


 そんな経緯で、空ちゃんはお祭りに参加することになった。境はどこから聞き付けたのか、自分も連れていけと言い出した。だから結局、今日は4人で行動することになった。







「美海?出来たの?」

「まだー」


 去年までは普段着と変わらない格好だったのに、今年美海は浴衣を着るんだと言い出して、今は自室で着替えている。美海が1人で出来ると言うから、私は部屋の外で待っている。


 ちなみに私は既に浴衣に着替え終えていて、むしろ美海が慣れないせいなのか時間がかかりすぎていた。


 時刻は16時近くになっていて、集合時間を考えるともうそろそろ家を出たい。特に恥ずかしがる理由も無いから部屋に入ってもいいはずなのだけれど。


「手伝いましょうか?」

「わーっ!ダメ!もう終わるから!だから入っちゃダメだからね!」

「ダメと言うなら入らないわ。けれど遅刻しちゃうから早くしなさい」


 美海は、かたくなに私を部屋に入れようとはしなかった。何か理由があるんでしょうけど、この分だと訊いても教えてくれそうにない。


「お待たせー」

「本当にすぐね」

「まあね。行こ行こ!」


 部屋から出てくるなり私の手を引っ張って急かす美海。浴衣だから走れはしないけれど、面と向かって「似合ってる」も言わせない強引さだった。


「はいはい。焦らないの。ちゃんと間に合うから」

「早く行きたいの!」

「テンション高いわね……」


 多分、今年は私達2人ではないことが大きな要因。元々誰かと遊ぶ方が好きな子だから、実際今まで私と2人では少し寂しかったのかもしれない。


(なんにしても、楽しそうでなによりね)


 今年のお祭りが、私も少し楽しみになってくる。期待、かしらね。






「おーい!みーちゃーん!クーちゃーん!」


 集合時間を過ぎることなく10分前には着いたけれど、2人は既に待っていた。ここから、さらに10分ほど歩かねば屋台などがあるエリアまでは辿り着かない。だから、人混みになりにくいであろうここを集合場所にした。


「来ましたねぇー」

「あっ、浴衣!」

「2人は浴衣じゃないんだ?」


 美海はどうにも浴衣姿を褒めるタイミングを失わせてくる。大はしゃぎで足取りの軽い彼女は、まるで子どものようだった。


「あたしは浴衣を着る方は好みじゃないのでぇー」

「あたしは、浴衣持ってないから」

「そっかー。でもそっちの方が動きやすいしね!」


 空ちゃんと境は休日によく見かける服装だった。周りを歩く、お祭りへ向かっていると思われる人々を見ても、浴衣や甚平ではない人が少なくない。


「さて、お祭りまではまだ歩くわ、行きましょう」

「あっ、お姉ちゃん待って」

「なに?」


 移動を始めようと促すと、空ちゃんが引き止めた。


「美海さんもお姉ちゃんも、2人とも浴衣可愛いよ。よく似合ってる」

「あら、ありがとう」


 私は特に照れもなく返答する。建前とか社交辞令とは言わないけれど、そこそこ言われ慣れたことだった。あくまで、私にとっては。


「えっ……ホントに?」


 美海にとっては違ったようだけれど。よほど嬉しかったのか、ほんのり頬を染めている。……私が言わなかったのはタイミングが無かったからよ?私だって可愛いと思ってるわよ?


「うん。美海さん手足長いし、浴衣がすごく似合ってます」

「ですねぇー。静かにしてれば大和撫子ですねぇー」

「そ、そう、かな……ありがと……」


 境が褒めたのかからかったのかは微妙だけれど、それでも美海は良かったようで、かなり照れている。ここは、私も言っておいた方がいいかしら。


「美海、浴衣似合ってるわ。とても可愛いと私も思う」

「……ありがと……」

「うわぁー、イチコロですねぇー。さすがぁー」

「ち、ちょっとみーちゃん!」

「?」


 境の言う意味が解らなかったけれど、それは私だけだったらしい。なんなのかしら。


 逃げるように背を向けて歩き出した美海を追うように、私達もお祭りへと歩き出す。まだまだ楽しい時間はこれからだった。

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