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8話 空の語り「7月1日、水曜日」

ここから後半です。結局後半だけで普段の1話分くらいの長さになってしまいました。




 




「質問に質問で返すのは、感心しないわ」

「えへへ、ごめんなさい」


 お姉ちゃんは、あたしの手を少しだけ強く握った。いつもあたしを勇気付けてくれる。助けてくれている。そんなお姉ちゃんの手は、体質のせいかな、少し冷たい。でも、


(あったかいなあ)


 あたしにとっては、すごく暖かい。お姉ちゃんとあたしはしばらく互いの手を握っていたけれど、お姉ちゃんは突然ハッとしたように手を離した。


「どうしたの?」

「い、いえ、喉が渇いたから飲み物を飲もうと思ったのよ」


 なんだか、顔が赤いような気がする。なんだろう。最近、お姉ちゃんはたまにこうなる。週に1回くらい、かな?顔を赤くして照れたり、それを取り繕おうとして、ちょっと変なことを言ったりすることもある。


 こういう感じになったの、5月の半ばくらいからだったかな。でもなんか、それまでよりも楽しそうに見えて、あたしは今のお姉ちゃんの方が好きだな。


 苦手な炭酸サイダーを飲みながら、(全然減ってないように見えるけど)お姉ちゃんは少し考え込むような顔をした。さかいさんによれば、お姉ちゃんが考え込む所なんてほとんど見たことがないらしい。それだけ重要な考え事、ってことだよね。


「ねえ、空ちゃん。貴女は今、私に自分のことを打ち明けてくれたわ。……だから私も、きちんと話すわね」

「えっ?隠し事くらい誰にでもあるし、全然平気だよ?」


 別にあたしが隠してたことを明かしたからって、お姉ちゃんも隠し事を言わなきゃ不公平だとか、そんなことはないと思う。お姉ちゃんは少し考えてから、


「……いいえ。やっぱり伝えておくわ。貴女には」

「お姉ちゃんがそういうならもちろん聞くけど……」

「…………私にはね、大きな力があるのよ」

「力?……お姉ちゃんも、あたしみたいに特殊な体質なの?」


 お姉ちゃんの年齢から言って、あたしの元いた時代にも生きてるだろうし、そういう人がいたらあたしと同じとこに閉じ込められてたと思う。あそこは、それだけ大きな所だから。


「違うわ。私の力というのは、経済だとかそういう類いのものよ」

「あ、なるほど」


 普通の意味だった。権力とか、そういう力のこと。


「私には、多くの部下がいるわ。世界中に」

「……部下?……世界中?」


 あたしには、言ってることが全然解らなかった。単語の意味はもちろん解るんだけど、それがお姉ちゃんと繋がらない。あたしは、頭をフル回転させてなんとか話に着いていこうとした。


「私は、何万人もの人間を雇っているの。私個人の部下として」

「うーんと、お姉ちゃんは雇い主なんだね?社長さんってこと?」


 雇うと言えば会社の社長、みたいなイメージがあたしにはあった。お姉ちゃんのご両親は社長さんだって言ってたけど、お姉ちゃんもそうなのかな?あたしはそう思った。


「確かに、私の会社もあるわ。でもそれはまだ、社長は知り合いの大人にやってもらってるわ。いずれ継ぐつもり」

「……社長さんじゃないなら、雇っているっていうのは誰を?何のために雇ってるの?」


 あたしが理解しようとしているのと同じように、お姉ちゃんもあたしに理解させようとしているのが解った。考えながら話してるから、ちょっと眉間にしわが寄ってるもん。


「いずれ継ぐ会社の従業員とするためよ」

「そっか。今から社員さんを集めてるんだね」

「そういうことよ。……けれど、私が雇っているのは社会人。今もそれぞれ会社に行って働いて、その会社から給与を貰っているはずよ」

「???」


 また解らなくなった。会社で普通に働いてる人をお姉ちゃんが雇っている……?あ、違う。多分だけど、


「お姉ちゃん「も」雇っている、ってこと?」

「そういうことね」


 会社勤めの人は普通、社長さんに雇われてるけど、中には「社長さんにも雇われてるけどお姉ちゃんにも雇われてる」人がいる。そういうことだ。


「それって、スパイじゃないの?」

「ちょっと違うわ。私と彼らの契約は「普段は私が定額の給与を毎月振り込む。私生活には影響を及ぼさない。ただし、私が声を掛けたら1度だけ、私の指示を最優先させてもらう」というものよ」

「……うーん?」

「そうねえ……」


 お姉ちゃんは少し間を置いて考える。もちろんあたしも考えた。でもちょっと難しくて解らない。


「例えば、仮にこの学校の国語教師の1人を、私が雇っているとしましょう」


 あたしは、よく知っている国語の先生を思い浮かべた。ごく普通の先生。変わった所は何もない。


「普段は国語教師として、ここで働いているわ。けれど、私がもし別の仕事を頼んだら、1度だけ、その国語教師は何を差し置いても私の指示に従ってもらう。それが最優先だから」

「そんなこと……」


 なんでそんなことをするんだろう?いずれお姉ちゃんの会社に入ってもらうんなら、今からお給料払ってそんなことしなくてもお誘いだけすればいいんじゃないの?


「きっと、最終的には「入社しなさい」って言うんでしょ?どうして1回だけ言うことを聞いてもらいたいの?」

「何を差し置いても、というのが大事なのよ。例えば、私が誘拐されかけた時、現場近くにいる契約者は私を助けなければならない。私が緊急に人手を必要とする時、私が要請したなら、契約者は私に絶対に協力する。もちろん、その時にも報酬は出してるわ」


 そんなこと滅多にないけれどね。とお姉ちゃんは付け加えた。初めてのことだし、あたしには会社の仕組みとかもよく解らないけど、イメージとしては、


「手下とか、下僕とか、そういうもの?」

「最初に言ったでしょう?私個人の部下、って」

「あ、そっか」


 未来のお姉ちゃんの会社の社員さんとして予約してるだけじゃなく、いざって時にはお姉ちゃんの個人的なお願いも聞いてもらう。そんな感じだった。


「あれ?その人達にはお給料払ってるんでしょ?どうやって?」

「私の父親の会社はね、私の祖父の設立した会社なの。設立した会社を自力で一流企業まで大きくした祖父が死んだ時、一人息子だった父親は遺産を継いだ。けれど、会社関連の資産以外は全部私に流したのよ」

「そうなんだ……」

「父親は背水の陣を敷いたつもりなんでしょうね。実際会社はさらに規模を拡大しているからなんとも言えないところだけれど」


 お父さんもお母さんも社長さんだって言うから、お母さんの稼ぎでも充分生活は出来たはず。貰った莫大な資産を、お姉ちゃんは自分が会社を作るために使っているんだ。


「それを隠してるのは解ったよ。でも、どうしてあたしに話したの?」

「…………不公平と思ったのもあるけれど、空ちゃんがびっくりしないように、かしらね」

「もう、ちょっと心配しすぎだよ。あたし、お姉ちゃんのすることなら信じてるもん」

「……そうね。ごめんなさい」


 …………嘘だ。お姉ちゃんがあたしに話した理由は多分、別にある。お姉ちゃんは普段、冗談は言っても嘘は絶対に言わない。だからきっと慣れてなくて、あたしにも解っちゃったんだ。


 どうして嘘をついたのかは解らない。でも、それはあたしのためなのかな、ってあたしは思う。だから、何も訊かない。


「……ごめんなさい」


 お姉ちゃんは、再び謝った。下唇を噛んで、後悔が滲んでいる。嘘を言ったことを悔やんでいるのか、別の理由なのか。それは解らなかった。


 でも、あたしはそんなお姉ちゃんを見ていたくなかった。ただのわがままかもしれないけど、お姉ちゃんには辛そうな顔はしてほしくない。あたしを助けてくれた人。勇気付けてくれた人。……少しだけなら、あたしにも出来るだろうか。


「お姉ちゃん」

「空ちゃん……?」


 あたしはお姉ちゃんの手を両手で握った。ちょっと冷たいその手は、寂しそうに、怖がるように、何かを我慢するように、震えていた。


「あたしの傍には、お姉ちゃんがついててくれてる。だからね、お姉ちゃんの傍には、あたしがいるよ」


 大好きな人が近くにいると安心する。それは、あたしの感覚であってお姉ちゃんは違う感覚なのかもしれない。あたしは他に方法を知らなかったから、手を握った。


「あたしは頼りないかもしれないけど……辛いことがあったら、話を聞くことくらいは出来るよ」

「空ちゃん……」

「お姉ちゃんのおかげ。ありがとう、お姉ちゃん」


 お姉ちゃんが居なかったら、こんなこと言えなかった。きっとまだ周りの皆を怖がって、ひとりぼっちだった。お姉ちゃんも、独りじゃない。あたしは、そう伝えたかった。


「本当は、手を包みたかったんだけど、あたしじゃ手が小さすぎたね、あはは……」

「…………」


 お姉ちゃんは顔を赤くして、一瞬瞳を潤ませたけど、複雑な……色んな感情が混ざってどう表現していいか解らない。そんな顔をした。それから、俯いて……。




「………………ごめんなさい」




 ボソッと、聞き取れないくらいの声で何かを言った。あたしにはきちんと聞こえなかった。


「えっ?ごめんねお姉ちゃん、今なんて」




 ガシャン、と。背中でフェンスが音を立てた。




「…………え?」

「…………」


 気付けばあたしは、屋上のフェンスに背を付けていた。原因はお姉ちゃんで、あたしの肩を掴んでフェンスに押し付けている。肩も背中も、痛みを訴える。


「痛っ……お姉ちゃん、痛いよ」

「…………」


 俯いたまま、お姉ちゃんは何も言わない。よく見れば、肩で息をするほどに呼吸が乱れている。怖くはない。怖くはないけど、これじゃあまるで……。


「お、お姉ちゃん、どうしたの?痛いよ、逃げたりしないから放して?」

「…………」

「お姉ちゃ」




 あたしのセリフは、最後まで言えなかった。




 お姉ちゃんの唇が、あたしの唇を塞いでいたから。




 え?……え?なんで?どうしてあたし、


「んっ…………ぷはっ、ちょっとお姉っ、んっ、んんーっ!」


 お姉ちゃんは、あたしに喋らせてはくれなかった。お姉ちゃんの吐息が、重なる唇が、絡む舌が、あたしから思考を奪っていく。


「……んぅっ…………はぁっ……んむ……」


 あたしは拒むことも忘れ、求められるまま、されるがままだった。クラクラする……力が入らない…………あれっ……お姉ちゃん……なんで……?


「んんっ…………んちゅ……ぅん……ぁんっ…………」


 お姉ちゃんの舌があたしの中をまさぐる。唾液が入ってくる度、舌をねぶられる度、お姉ちゃんの熱を感じる。あたしが、お姉ちゃんで満たされて…………なんだか気持ちいい…………。キスされたまま、あたしはずるずるとへたりこむ。


「……あっ…………あんっ……んっん…………ん……」


 お姉ちゃんは上気した顔で、ひたすらにあたしを求めた。休む間もなく、唇を、舌を触れ合わせる。


「…………んぁっ……ぷはっ、んぅっ…………ぅん……」


 その腕はあたしの肩を撫で、髪を撫で、脚から上へと、


「っ!だめっ!」


 そこであたしは我に返り、お姉ちゃんを押し退ける。……今、あたし……。


 きっと今拒まなければ、あたし達はそのまで行ってしまった。……お姉ちゃんのことが嫌いなわけじゃないけど、それは何か違う気がした。


「ご、ごめんねお姉ちゃん、お姉ちゃんのことが嫌なんじゃないんだけど、あの……」


 あたしにも、なんて言ったらいいのか解らなかった。あたしはお姉ちゃんのことは今でもちゃんと大好きだけど、あたしがお姉ちゃんをなのと、お姉ちゃんがあたしをなのは違う意味だ。


「…………ごめんなさい……怖い思いをさせたわね…………」

「怖かったわけじゃ、ないけど…………」

「……今日は、帰って頭を冷やすわ……本当にごめんなさい……」

「あ…………」


 あたしがまだ立ち上がれない間に、お姉ちゃんは屋上の鍵をその場に置いて、フラフラとした足取りで行ってしまった。


「お姉ちゃん……」


 さっきの出来事が脳裏に焼き付いている。お姉ちゃんの熱、舌の感触、快感、まとまらない思考…………悔やむような表情。お姉ちゃんは、そのもずっと辛そうな顔をしていた。




 まるで、独りを怖がる子どもみたいに。でも、変化を怖れる大人のようでもあって。






 その日立ち上がれるまでになって、鍵を職員室に返して、(女性の先生に渡すことが出来た)家に帰ってからも、あたしは、お姉ちゃんがどうしてそんな表情をしていたのか、そればかり考えていた。……あれがファーストキスだったなんてこと、思い出しもしないくらい。




つくづくR15その他のタグ付けといて正解でした。





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