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大好きでした。さようなら~一途な暴走令嬢は幸せを諦めない~  作者: 桜 祈理
番外編

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ジークヴァルドの暗躍②

 一方の私は、予定通り第二王子及び王子妃の補佐役として王城に勤務することになった。


 一応、ヴィラント殿下の話では「自分の側近かつ王子妃の補佐役をお願いしたい」ということだったけど、状況を考えると王子妃であるフレドリカ妃殿下の補佐に徹したほうがいいのでは、との判断に至った。


 それほどまでに、フレドリカ妃殿下は内なる孤独を抱えていたのだ。


 慣例的に、王子妃専属の補佐官という役職はない。王子の側近と呼ばれる補佐官たちが、王子妃の補佐も兼ねることになっているらしい。


 でもヴィラント殿下の補佐官は、残念ながら全員男性だった。みんないい人だし信頼の置ける人たちなのだけど、女性であるフレドリカ妃殿下との間にはどうしても壁ができてしまう。


 だったらもう、私が全部引き受けましょう!! となるのは、当然の成り行きでしかない。と思う。


「あなたがヴィーの補佐官としてここに来てくれて、本当にうれしいのよ」


 フレドリカ妃殿下は赤みがかった栗色の髪にヘーゼル色の瞳をした、とても愛らしい女性だった。ヴィラント殿下と同い年だから私より一つ年上だけど、身長が低いせいかとてもそうは見えない。ちっちゃくて可愛らしいお姫様、という感じ。これはヴィラント殿下がメロメロになるのも無理はないよなあ、と一人でニヤニヤしてしまう。


「ルイーズ嬢が来てくれてから、フリッカの笑顔が格段に増えたよ。僕も本当にありがたいと思ってるんだ」


 ヴィラント殿下はフレドリカ妃殿下が本来の快活さを取り戻していく様子を見て、目を細める。


「さすがはタフレディ。どんな状況でも物怖じしないのは、ルイーズ嬢の真骨頂だよな」

「それに、人心掌握の達人でもある。あっという間に殿下や俺たちの心をつかんで、その場に馴染んでしまうんだから」

「俺、今タフレディと一緒に仕事してるって言ったら妹にうらやましがられてさ」

「あ、俺も俺も。母上にサインもらってきてくれって言われてて」


 ヴィラント殿下の側近のみなさん(略して側近ズ)は基本的にみんないい人たちなんだけど、やたらと私を持ち上げすぎる。「褒めてくれても何も出ませんよ」と返すと、全員が「事実だから」とさも当然のように応えるのみ。うれしいけど、とても恥ずかしい。


 それと、王城に勤務するようになってからというもの、忘れかけていた『タフレディ』の二つ名を聞く機会が増えた。こちらはまったくうれしくない。


 ちなみに、エレノアの母国グレオメールで大ヒットしている『救国の乙女は諦めない』の小説は、実はこの国にもじわじわと浸透しつつある。そりゃそうだ。だって、この国で起こった出来事なんだもの。みんなこぞって読みたがると思う。 


 今や『救国の乙女』=『タフレディ』という事実は巷に広く知れ渡り、とうとうこの国でも舞台化の話が進んでいるんだとか。さらには、小説に出てくる(というか私たちが行こうとしていた)王都の街の革細工の店とか、私たちが連れ去られた郊外の空き家とか、エレノアたちが駆け込んだ騎士団の詰め所とかを『聖地巡礼』と称して訪れるコアなファンが絶えないそうである。そのうちグッズ販売の話とかが舞い込んできそうで怖い。


 そんな感じで、第二王子ヴィラント殿下の周辺は至って平和、みんな和気藹々とした雰囲気で楽しく仕事をしているのだけど。


 ひとたび外に出てみると、予想以上に冷たい浮世の風が吹き荒れていると知ったのは王城務めが始まってしばらく経った頃だった。




 その日、私はフレドリカ殿下に頼まれて、王城に隣接する図書館に向かっていた。


「あ、ルイーズ様!」

「お久しぶり!」


 声をかけてきたのは、学園時代同じクラスに在籍していた二人の令嬢だった。私と同じように文官試験を受けて、無事採用されていたのだ。


 再会を喜びつつ近況を報告し合っていると、令嬢の一人が突然声を潜める。


「ところでルイーズ様、大丈夫?」

「え、何が?」

「フレドリカ妃殿下よ。わがままで手がつけられないのでしょう?」

「……はい?」


 ちょっと、意味がわからなかった。


 いや、言葉の意味はわかる。わかるのだけど、やっぱり意味がわからない。「わがままで手がつけられない」って、何……?


「あら、私はものすごく乱暴って聞いたわよ?」

「誰が?」

「だからフレドリカ妃殿下よ。気に入らないことがあると、手当たり次第に物を投げたり暴れたりして大変だって」

「……何それ」


 理解不能だった。


 あんなに可愛らしくて朗らかで、楽しいときはケタケタと笑って、飾り気のない素直なフレドリカ妃殿下が、物を投げる?


 いったいどこからそんな話が出てきたのだろうと思いながらも、私はすかさず答える。


「フレドリカ妃殿下はわがままでも乱暴でもないわよ。普通の可愛らしい王子妃よ?」


 でも目の前の令嬢たちは全然納得しなかった。訝しげな顔をして、私の話を信じようとはしない。


「きっと、ルイーズ様の前では猫を被っているのよ」

「そうよ。そのうち本性を現すに違いないわ」

「くれぐれも気をつけてね。怪我しないようにね」


 二人の表情を見れば、私のことを心から心配して言ってくれているのはわかる。


 でもそもそも、身の危険を感じるような場面なんて、一切ないのだけれど……?

 

 妃殿下が猫を被っているようには見えないし。


 どうにも釈然としない私は、第二王子の執務室に戻るとすぐに今の出来事を側近ズに話してみた。


「あー、わかる。俺も言われたことあるよ」

「俺も。王子妃の相手はさぞかし大変だろうとか、気の毒にとかね」

「全然そんなことないって否定しても、誰も信じてくれないんだよな。殿下や妃殿下に気を遣ってるんだろうって言われてしまって」

「それに否定すればするほど、妃殿下に関する噂はひどくなるような気もするんだよ」


 側近ズによれば、フレドリカ妃殿下が輿入れしてくる前から、こうした噂はまことしやかにささやかれていたという。


 例えば、彼の公女はわがまま放題で傍若無人、苛烈で横暴な性格だ、とか。


 思い通りにならないと周囲に当たり散らし、気に入らない人間には容赦なく暴力を振るう、とか。


 暇さえあれば商人を呼びつけ、ドレスやら宝石やらを片っ端から買い漁る浪費家だ、とか。


 だからこそ公国側は、手に負えない公女を他国に追い出すためにこの婚姻を利用しようとしている、とか。


 ヴィラント殿下が公女を大切に想っていたのは側近ズも知っていたから、とてもじゃないけどそんな噂を耳にしたなんて伝えることもできず、かといって確認する術も持たず、みんな内心戦々恐々としていたらしい。 


 もちろん、実際に現れたのは噂とは真逆の天真爛漫なピュア公女だったから、側近ズもホッと胸を撫で下ろしたそうだけれど。


「どうして、あんな根も葉もない噂が広まっているのかしら」


 その日の仕事が終わり、フォルシアン侯爵邸へと帰る馬車の中で思わずつぶやく。


「もしかして、フレドリカ妃殿下のこと?」


 隣に座るジークが心配そうに私の顔を覗き込むから、私もすかさず「そうなの」と答える。


「実際の妃殿下に接してみればすぐにわかることなのに、どうしてあんなにも悪意ある嘘がはびこっているのかと思って」 


 そのまま私は、勤務の途中で偶然会った令嬢たちの言葉や側近ズから聞いた話をジークに伝える。


「俺も、補佐室の先輩たちから『ルイーズ嬢は大丈夫か』って聞かれたことがあるよ」

「え?」

「みんな妃殿下のよくない噂を知っているからね。ヴィラント殿下直々の要請とは言え、とんだ貧乏くじを引かされたもんだ、とか――」

「何それ……!!」


 つい、声を荒げてしまう。


 妃殿下を『貧乏くじ』だなんて、そんなこと……!!!


 怒りも露わにジークの顔を見返すと、「まあまあ」と言いながら困ったようにため息をつく。


「俺もさ、妃殿下は噂されているような人じゃないらしいですよって答えてはいるんだけど、誰も信じてくれないんだよ。それどころか、もっと悪質な噂を聞かされたりして」

「もっと悪質な噂?」

「ほら、宰相補佐室って王城中のいろんな情報が集まる場所だからさ。俺がどれだけ否定しても、まわりから聞こえてくるもっとひどい噂のほうが圧倒的に勢いがあるというか」

「もう、なんなの……!?」


 握った拳がぷるぷると震える。腹の底から、沸々と怒りの感情が湧いてくる。


 あんなにも純粋で、邪気の欠片もなくて、謂れのない悪意にさらされながらも必死で孤独に耐えている妃殿下を貶めようとするやつは、いったいどこのどいつだ!!??


「……あのさ」


 荒れ狂う激情に我を忘れそうになった瞬間、ジークがぎゅっと、私の手を握る。


「俺たちは、この国の人間じゃない、よな?」

「え? ええ、まあ……」

「だからローダム公国に対してこの国の人たちが抱える葛藤や苛立ちやその他もろもろの複雑な感情を、本当の意味で理解することはできないと思うんだよ。残念だけど」


 ジークの端正な顔に、どうしようもない無力感が滲む。


 確かに、そうだ。


 ラングリッジとローダムとの間には、長い時間をかけて培われてしまったさまざまな負の感情が横たわる。その確執は思いのほか根深く、この状況もそうした歴史を背景にしていることは否定できない。


「でもさ、他国出身でローダム公国になんの葛藤も確執もない俺たちだからこそ、できることもあるんじゃないかと思ってさ」

「あ……」

「俺たちなら二つの国の間に立つことも、両方の国の味方になることもできる。そうだろ?」


 ジークの指先が、私の手をすりすりと撫でる。


 噴火寸前だった怒りの感情が急速にその勢いをなくし、すうっと凪いでいくのがわかる。


「……そう、だよね。私たちにしか、できないこともあるよね……」


 まるで自分に言い聞かせるように、私はつぶやく。


 具体的に、何ができるのかはわからない。


 でも孤独にあえぐフレドリカ殿下のそばに仕える私だからこそ、できることだってきっとあるはず……!


 煮えたぎっていた熱すぎる激情が妃殿下を想う慈愛の心へと変換されるや否や、なぜか唐突にジークの腕が伸びてくる。


 そしてあっさりと、その腕の中に囚われる。


「え……?」

「あのさ」

「……はい?」

「最近、フレドリカ殿下のことばっかりじゃない?」

「……へ?」

「俺といても、ルイーズは妃殿下のことしか考えてないでしょ?」

「……そ、そんなことは……」


 いきなり、明らかに、紛れもなく、雲行きが怪しい。


 ジークから発せられる不穏な色気に身をよじっても、がっちりと抱き寄せられているから逃げられない。これは非常にやばい。よろしくない雰囲気である。


「ルイーズは、俺のことなんかすぐに忘れちゃうんだもんな」

「忘れてなんか――」

「別にいいけどさ。どうせ俺のほうが『好き』がデカいのわかってるし」


 そう言って、拗ねたような目をするジーク。なぜかきゅんとしてしまう。


 そんなつもりはなかったけど、私だってジークが思っているよりずっとずっとジークのことが好きなんだけど、それでも諸々全部ひっくるめて嫌な思いをさせてしまったのかもと思うと、ちょっと気まずい。そして不甲斐ない。


「……なんか、ごめん……」


 決まり悪くて目を伏せると、頭上の空気がふっと緩んだ。


「……じゃあ、『お仕置き』してもいい?」

「え? お仕置き?」


 悪戯っぽく笑ったジークが、不意にお色気大魔王を召喚する。


「え? ちょっと? ジーク?」


 焦がれるような翡翠の瞳が、どこか嗜虐的な色を纏ってゆっくりと近づいてくる。



 そしてまた、私は愛する婚約者に、甘く翻弄されてしまう。













次話からは、ジーク視点です。


いよいよジークの本領発揮……?

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