24 どう見ても怪しい
エレノアが戻ってきた翌週。
私とジークはエレノアとレンナルト様を伴って、ある場所を訪れていた。
「ここって、騎士団の本部……?」
エレノアは訝しげな表情をしながら、辺りをそわそわと見回している。
私たちが連れ去られた事件のあと、詳しい事情聴取を受けるためにエレノアも一度ここを訪れている。
そんなところになぜまた連れてこられたのか。さっぱり見当がつかないらしく、エレノアは少し不安げな顔を覗かせる。
「まあまあ、行けばわかるから」
どうしたってにやにやしてしまうのを抑えることができず、私はひとまず騎士団本部の事務室へと二人を案内した。
そこにいたのは――――
「あ、ルイーズ様! お久しぶりです!」
勢いよく立ち上がり、挨拶をした人物にエレノアは目を見開く。
「あなたは……」
「アントンです。王女様、あのときは本当に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるアントンに、エレノアは驚きを隠せないらしい。
「え、これって、どういう……?」
「実は今、俺たち三人ともこの騎士団で働かせてもらってるんです」
そう言って微笑むアントンは、あのときとは違って清潔感あふれる小綺麗な身なりをしている。
あの事件のあと、三人は騎士団からの聴取を受けて、知っていることはすべて包み隠さず話したという。
そのおかげもあって、アントンたちを雇っていた闇商会の幹部たちはもれなく罪に問われ、厳しい処罰を受けることになった。
アントンたちもいくつかの犯罪に加担していたため、罰としてその後しばらくは強制労働に従事することになったらしい。でも通常よりもずっと軽い刑で済んだだけでなく、そのまま騎士団が三人を雇ってくれることになったのである。
アントンとハンスは騎士団の事務員として働き、ケヴィンは厨房の補助をしている。
ちなみに、アントンたちが騎士団で働くようになってから、三人に会うことになったときに本当はエレノアが王女だったということは伝えてある。
三人とも驚いていたけれど、「お二人が俺たちの恩人であることに変わりはないです」とかなんとか言って、騙したことは水に流してくれた。
「お二人のおかげで俺たちはあの商会から解放されて、自由の身になったんです。それだけでなく騎士団で雇ってもらえることになって、また孤児院への仕送りもできるようになりました。お二人にはただただ感謝しかありません」
もはや崇拝と言っていいくらいのまなざしで私を見つめるアントンに、苛立ちを露わにしていたのはほかならぬジークである。
「あいつ、絶対ルイーズに気があると思うんだけど」
「まさか。もともと純粋で素直な人だから、恩義を感じてくれているだけよ」
「いや、どう見ても怪しい」
「そうかな? どの辺が?」
「全部」
「全部!?」
アントンの心証が悪すぎる……!!
そんなわけで、今回エレノアと一緒に騎士団に行くとなったら、当たり前のようにジークもついてきたのだけど。
「みなさま、応接室で少しお待ちいただくようにとの伝言を預かってるんスけど」
アントンやハンスと話している途中で合流したケヴィンに言われて、なぜか私たちは騎士団の応接室へと通された。
騎士団なんて、あの三人以外に知り合いがいるわけでもないから引き留められる理由がさっぱりわからない。
そわそわしながらしばらく待っていると、突然ガチャリとドアが開いた。
現れたのはなんと――――!
「やあやあ、諸君。待たせて悪いね」
学園の一つ上の学年に在籍するこの国の第二王子、ヴィラント殿下だった……!
想定外の王族登場に飛び上がるほど驚いた私たちは、弾かれたように立ち上がる。でもヴィラント殿下は、「あ、いいよいいよ。楽にして」なんてだいぶ気さくである。
「ごめんね、急に。驚かせちゃったよね?」
まったくです、なんて正直に答えることもできず、中途半端な笑みを浮かべる私たち。
ヴィラント殿下とは、当然のことながらほとんど面識がない。輝く金髪に深い海のような色の瞳をした眉目秀麗なヴィラント殿下は遠目にもとても目立つから、もちろん学園でお見かけしたことは何度もある。でも学年が違うせいかこれといった接点もなく、ほぼ初対面と言っていい。
そんなヴィラント殿下は、まるで旧知の仲といった気安さで話し出す。
「君たちがここを訪れていると聞いたから、いい機会だと思って引き留めてもらったんだ。学園で声をかけてもよかったんだけど、誰にも邪魔されずにゆっくり話してみたいと思っていてね」
ヴィラント殿下の意味深な視線が、はっきりと私に向けられる。
その麗しくも妖しい微笑みに、一瞬怯む。
「実は、ルイーズ・アルダ伯爵令嬢に折り入って相談があるんだよ」
唐突な名指しにいち早く反応したのは、隣に座るジークである。
何も言わず、真顔で私の腰に腕を伸ばし、冷たい視線を殿下に投げつける。
「……こ、怖いよ、ソルウェイグ侯爵令息。そんなに警戒しないでくれる?」
「無理ですね」
ちょっと、ジーク!! 相手は王族だから!! その態度はダメでしょう!!
なんていう私の心の叫びは、残念ながらジークには届かない。
「いくら僕でもいきなり取って食ったりはしないよ」
「……どうだか」
「これでも僕、一応婚約が決まってるんだよね」
「え?」
初耳である。
だってヴィラント殿下といえば、派手な見た目に比例して女性関係もすこぶる派手と噂の、人呼んで『チャラ王子』。数多の女性と浮名を流し、いまだに婚約者も決まっていないという話は有名なんだもの。
「本当はずっと前から婚約は決まってるんだよ。公にしていないだけで」
「なぜ公表しないのですか?」
「まあ、政治的な理由といったところかな? 相手は少し関係の微妙な、近隣国の公女なんだよね」
そこまで言われて、ここにいる全員がピンと来た。
「少し関係の微妙な近隣国」といえば、ローダム公国だろう。もちろん、表立って対立しているとか武力での小競り合いが続いているとか、そういうわけではない。でも先代のローダム大公がこのラングリッジや大陸の覇者ベレガノア帝国に対し、外交交渉や資源問題に関して何かと挑発的だったのは事実である。
恐らくヴィラント殿下の婚約は、両国の関係改善を図るための政略的なものなのだろう。
「先代大公が我が国や帝国への対立路線を押し進めたこともあって、いまだに彼の国に対して反発心を抱く者は少なくない。僕が学園を卒業したら公女が輿入れしてくる予定になっているんだけど、そのせいで彼女が謂れのない悪意にさらされないとも限らない。だからね」
殿下は獲物を狙うような鋭い目をして、にやりとほくそ笑む。
「ルイーズ・アルダ伯爵令嬢。学園を卒業したあと、この国に残るつもりはないかな?」
「はい?」
「この国に残って、僕の側近兼公女の補佐役を引き受けてはくれないだろうか?」
「え……?」
あまりにも、あまりにも予想外すぎるその申し出に、私は言葉を失ってしまう。
その様子をちょっと楽しそうに眺めながら、殿下は話し出す。
「エレオノーラ殿下と一緒に連れ去られた事件のとき、世の人々は君の恐れを知らない勇敢さや大胆さにばかり注目し、賞賛していた。確かに君は、肝が据わっていて、度胸があって、頼もしいことこの上ない。でもね、本当に褒めたたえられるべきはそこじゃない、と僕は思っているんだよ」
「それは、どういう……?」
「突然放り込まれた危機的状況の中でも君は冷静さを失わず、悪党たちを細やかに観察しながら必要な情報を集め、的確な判断のもとに行動した。そんなの、誰にでもできることじゃないだろう? 君のその卓越したポテンシャルをぜひとも僕たちのために、そしてこの国のために生かしてほしいんだよ」
どんどん熱を帯びるヴィラント殿下の圧に、ますます何も言えずに固まってしまう。
何をどう答えていいかわからず、救いを求めてジークに目を向けようとした、そのときだった。
「お待ちください……!」
焦ったようなエレノアの鋭い声が飛んできた。
次話で完結です。
のちほど投稿します!




