22 だから違いますって
「お久しぶりです、オズヴァルド様」
応接室に現れたオズヴァルド様に声をかけると、なぜか驚いたようにぴたりと動きを止めた。
何事かあったのかと思い、首を傾げて「オズヴァルド様……?」と尋ねると、慌てたように取り繕った笑顔を見せる。
「い、いや、久しぶりだね、ルイーズ。元気にしていた?」
「はい。フォルシアン侯爵家のみなさまのおかげで、とても楽しい留学生活を送れています。ロルフ様もユリアナ様もマイラ様も、とても素敵な方々で」
満面の笑みで答えると、オズヴァルド様はますます挙動不審になって、最後にはすっと目を逸らす。
まあ、確かに、バツが悪いわよね。自分の浮気がもとで、婚約が解消になった相手だし。
今の私たちの関係が、とても微妙なものだという自覚はある。幼馴染で、かつては婚約していて、良好な関係を築けていたつもりがオズヴァルド様の浮気が原因で婚約解消になって、そこで一切の関係が切れてもおかしくはなかったのに、その後ラングリッジに留学した私がどういうわけかオズヴァルド様の親戚の家にお世話になっているんだもの。
「気まず……っ」と思われたとしても、おかしくはない。というか、そういう反応が普通だと思う。
ジークは「兄上はルイーズを取り戻すつもりで会いに来る」なんて言っていたけど、そんなはずはない。婚約解消からずいぶん時間が経っているし、そもそもオズヴァルド様がそこまで私に執着する理由がない。
それに、パウラ様とは婚約できなかったとしても、ソルウェイグ侯爵家の嫡男で王太子殿下の側近としての将来を期待されているオズヴァルド様なら、とっくにほかの令嬢との縁談が浮上しているはずである。
だからジークの心配は、はっきり言って杞憂にすぎない。現に、目の前のオズヴァルド様の果てしなく決まり悪そうな態度を見れば、一目瞭然じゃないの。
そう思いながら隣に立つジークに目を向けたのに、ジークはジークであの悲壮感あふれる硬い表情を貼りつけている。え、なんで?
「オズヴァルド、よく来てくれた。モルニエ王国王太子の側近として選ばれるなんて、俺も鼻が高いよ」
人の好いロルフ様は、オズヴァルド様の出世を手放しで喜んでいる。褒められたオズヴァルド様もまんざらではないらしく、「それほどでも」なんて照れ笑いを浮かべている。
そのあとは、しばらく和やかな談笑が続いた。主にロルフ様が話して、オズヴァルド様がそれに応えるという形で。
でも執事に呼ばれたロルフ様が一旦退出すると、途端に部屋の空気が一変する。どこかヒリヒリとした重苦しい沈黙が、私たちの前に沈殿していく。
唐突に口を開いたのは、オズヴァルド様だった。
「ルイーズ」
「は、はい」
「君に大事な話があるんだ。二人きりで話したい」
「え?」
私は咄嗟に、ジークの顔をちらりと盗み見た。不満そうな表情を隠そうともせず、尖った目つきをしている。
「悪いがジーク、席を外してくれないか?」
「……なんで?」
「なんでって、俺はルイーズに大事な話があるんだよ。お前もわかるだろう?」
そう言われたジークの目に不安げな影がよぎったのを、私は見逃さなかった。
「あ、あの」
考えるより早く、声を発する。
「そのお話って、どういった内容なのでしょう?」
「……どういった内容って……」
「もしかして、ジークにも少なからずかかわりのあるお話なのではないですか?」
私が尋ねると、オズヴァルド様は「ああ、まあ……」と言葉を濁す。
そのとき、私は確信した。
このタイミングで「私」に大事な話があるということは――――。
きっと、オズヴァルド様の新たな婚約の話に違いない……!!
一応、元婚約者の私には話しておこうと思っているのだろう。オズヴァルド様、意外と律儀な人だから。うん、そうに違いない。
だったら、ジークだってここにいたほうがいいと思うのだけど。いずれ家族になる人の話でしょう?
そう思った私は、落ち着き払って言葉を続ける。
「ジークにもかかわりがあるお話なら、逆にいてもらったほうがいいと思うのですが」
「いや、しかし……」
「ジークだって、聞きたいわよね?」
やけに強張った表情をしながらも、ジークは「……ああ」とだけ答える。
オズヴァルド様はその様子を見て、困惑したようにひとしきり逡巡した。やがてジークと同じ強張った顔をしながらも、意を決したように私を見据える。
「じゃあ、単刀直入に言う」
「はい」
「ルイーズ、もう一度俺と婚約してほしい」
「……………………はい?」
たっぷり十秒は停止していたと思う。何がって、私という人間のすべての機能が。
だ、だ、だって、まさかの、ほんとにそっち? やっぱりジークの言う通りだったってこと? いやでも、今更なんで?
頭の中でいくつものはてなマークが縦横無尽に飛び交い、まったくもって収拾がつかない。
固まって黙ったままの私に向かって、オズヴァルド様は神妙な顔つきのまま話し出す。
「その、パウラとのことは本当にすまなかった。ほんの出来心だったんだ。学園にいる間だけ、なんていう軽い気持ちだった。でも君を失ってから、自分がどれだけ愚かだったのか、そしてどれほど君を愛していたのか痛感したんだよ」
「愛……」
「俺はずっと君を愛している。これは本当だ。妹みたいだなんて思ったことは一度もない。生涯をともにするのはルイーズだけだと、ずっとそう思ってきた。俺には君しかいないし、君しか愛せないんだ。もう二度とあんな間違いは繰り返さないと誓うから、だからどうか、もう一度俺と婚約――――」
「お断りします」
「え?」
「ですから、お断りします」
被せぎみに答えたセリフが、余程予想外だったのだろう。今度はオズヴァルド様がぽかんとしている。
「そこまでおっしゃるのでしたら、私も言わせていただきますが」
私はゆっくりと背筋を伸ばした。
この際だ、言いたいことは全部言っておかないと気が済まない。
「愛しているというのなら、ほかの人に目移りなどするはずがないと思うのですが?」
責めているのではない。単純な、そして純粋な問いである。
でもその真っすぐすぎる言葉に、オズヴァルド様ははっきりと怯む。
「誰かを愛するって、そういうことなのではないですか? 少なくとも、私はそうでした。かつての私はオズヴァルド様以外目に入りませんでしたし、オズヴァルド様のことが何よりも大切でした。ほかの人のことなんて考える余地もないくらい、オズヴァルド様が私のすべてでした。でもオズヴァルド様はそうじゃなかったでしょう?」
「え……?」
「確かに婚約していた頃、オズヴァルド様は婚約者として私に優しく接してくれました。私も嫌われてはいないだろうと思っていましたけど、逆に言えばその程度の温度しか感じなかったんです。愛されていただなんて、これっぽっちも思いませんでした。だから今、ちょっとびっくりしてます」
「え」
「あの頃の私がそれを聞いたら泣いて喜ぶのでしょうけれど、残念ながら私はもうあの頃の私ではありません。ラングリッジに来て、いろんな人に会ってさまざまなことを経験して、これからもっともっとたくさんのことを学びたい私には、オズヴァルド様の申し出をお受けしたい気持ちは一ミリもないんです。申し訳ありません」
深々と頭を下げる。
顔を上げると、悲痛な面持ちで私を見つめるオズヴァルド様と目が合った。
「そ、そんな、嘘だろう?」
「こんなときに嘘を言ってどうするんですか?」
「だって、ルイーズは俺のこと、あんなに好きだったじゃないか……!」
「そうですね。今は違いますけど」
「あの気持ちはもう少しも残ってないって言うのか?」
「はい。残念ながら」
「あ、もしかして、まだ怒ってるんだろう? パウラとのことを……!」
「いいえ?」
「そ、そうか、じゃあ、俺の本気度を試すつもりで……!」
「だから違いますって」
なんだこれ。埒が明かない。オズヴァルド様って、ここまで話の通じない人だったっけ?
だんだん面倒くさくなってきた私は、容赦なく最後の切り札を突きつけた。
「だって私、ほかにお慕いする方がおりますので」
以上、『オズヴァルド微ざまぁ回リターンズ』でした……!
少しはスッキリしていただけたでしょうか?(笑)
残り三話となりました。
最後までおつきあいいただけますと幸いです。




