21 お恥ずかしい限りです
「今回の外遊は、半分以上お前のためでもある。わかってるよな?」
目の前でくつろぐクレメンス殿下は、少し悪戯っぽく笑う。
「この一年、お前は本当によくがんばってくれた。学園での生徒会活動はもちろん、俺の側近候補としても申し分ない活躍をしてくれた。そのことは学園生たちだけでなく、王城の文官や国王陛下も高く評価してくれている。まあ、途中でいろいろやらかしたときにはどうなることかと思ったが」
多少皮肉めいた笑顔に、俺は「お恥ずかしい限りです……」と返すことしかできない。
「いや、あれは俺も悪かった。男女の機微に疎過ぎて、お前とパウラ嬢の関係を見抜けず結果として放置した俺の判断ミスでもある」
「そんなことは……」
俯きながら答えた声は、思いのほか掠れていた。
あの頃のことを思い出すと、今でもじくじくと胸が痛む。
慢心し、油断して、目の前の快楽に溺れたがゆえに失った最愛の面影が、今でも俺を責め続ける。
「とにかく、ラングリッジに行ったらもう一度元婚約者に会って、お前の一途な想いをしっかり伝えることだな」
「……はい」
クレメンス殿下の温情に、俺は自らを奮い立たせる。
俺たちの婚約があっさり解消され、ルイーズとジークがラングリッジに留学してからすでに半年以上が経っていた。
たった一度の過ちのせいで、失うはずのなかった唯一の存在は俺の前から姿を消してしまった。
そして婚約解消の直後、絶望を抱えて半ば放心状態の俺にいやらしく微笑んだのは、パウラだった。
「オズヴァルド、婚約を解消したんですって?」
何を勘違いしているのか、パウラは媚びるような目つきで俺の手を取り擦り寄ってきた。その下品な笑みに、言いようのない嫌悪感がどっと噴きだす。
「やっぱり私のことを選んでくれたのね? そのために婚約を解消――」
「は?」
俺はあからさまに眉を顰める。
「そんなわけないだろ」
「え?」
「お前との関係がバレたせいで、婚約を解消されたんだよ。俺はそんな気なんてなかったのに」
「え……?」
期待していた反応が返ってこないことで、パウラは明らかに狼狽えている。
「だ、だって、親が勝手に決めた婚約だって言ってたじゃない。本当に婚約したいのは私だって……」
「言葉の綾だよ。お前とは最初から、学園にいる間だけのつもりだった。お前だってそうだろう? 他国の侯爵令息との婚約が決まってるって言っていたじゃないか」
「そ、そうだけど、私はオズヴァルドが私を選んでくれるなら、婚約は破談にしてもらうつもりで……」
「俺がお前を選ぶ? 思い上がるのもいい加減にしてくれよ。俺が生涯をともにしたかったのは、ルイーズ一人だけだ」
無機質な声で言い返すと、パウラの表情がわかりやすく失望に彩られる。
あんなにも心惹かれ、恋い焦がれ、何度も腕の中に抱きしめたパウラの涙を目にしても、もはや何も感じない。むしろ鬱陶しいな、くらいにしか思わない。
ルイーズを失って、俺はようやくひどい夢から目が覚めた思いすらする。
「悪いけど、二人で会うのはこれで終わりにしてくれ」
「ちょっと待ってよ。私はまだあなたのことが――」
「すまない」
無理やり会話を終わらせて、俺はさっと踵を返した。
それ以降、パウラは生徒会活動に顔を出さなくなった。有能なパウラの抜けた穴は大きかったが、仕方がない。生徒会のメンバーはいろいろと察してくれたらしく、何も言わなかった。パウラとはクラスが違うこともあって顔を会わせる機会はほとんどなくなり、たまに廊下ですれ違うことがあってもそれだけだった。
しばらく学園を休んでいたルイーズがそのままラングリッジに留学することになったと聞いたのは、そんなときだったと思う。
しかも、ジークと一緒に行くという。
「なんでジークも……?」
呼び出された執務室で父上に問うと、こんな言葉が返ってきた。
「『知の国』ラングリッジに留学して、見聞を広めながら将来のことを考えたいと言われてな。ジークヴァルドはこの家を継げるわけではないし、あいつなりに今後の身の振り方をいろいろと考えた結果らしい」
父上は感心したようにそう言っていたが、俺にはジークの魂胆がすぐにわかった。
あいつがルイーズに惹かれていることは、薄々わかっていた。時折見せるルイーズを追う視線に、焦がれるような熱情が潜んでいたのを見逃すわけがない。
だからジークが出発する直前、俺はあいつを問い詰めたのだ。
「お前、俺からルイーズを奪うつもりか? そんなことが許されるとでも思っているのか?」
でも返ってきた答えは、淡々としていた。
「兄上とルイーズの婚約は解消になったんだろう? だったら、許すも許さないもないと思うんだけど」
「なんだと……!?」
「そもそも、『奪う』とか『許す』とか『許さない』とか、おかしいと思わない? ルイーズは兄上の『もの』じゃないんだから」
冷めた口調でそう言って、弟は俺の最愛とともにさっさと旅立ってしまった。
その後、俺はルイーズを失った絶望と拭いきれない喪失感を紛らわすように、ひたすら生徒会活動に打ち込んだ。まるでそうすることが唯一の贖罪の手段とでもいうように、まわりの生徒やクレメンス殿下のために無我夢中で駆けずり回った。
その努力と献身が実を結び、クレメンス殿下は学園卒業と同時に俺を側近として指名してくれた。そのうえ、今回の外遊先にラングリッジ王国を加えてくれたのだ。
殿下は、俺がまだルイーズを諦めきれず一途に想い続けていることを知っている。新たな婚約を決めることなく、いつかルイーズを取り戻したい一心でなりふり構わず奔走していたことを知っている。
「元婚約者は、お前の本心を誤解したままなのだろう? 今のお前が誠心誠意、心を傾けて想いを告げれば、もう一度考え直してくれるんじゃないか?」
殿下の励ましは、何よりも心強い。そうだ、きっとそうなるに違いない、と信じられる。勇気をくれる。
そうして俺たちは、学園の卒業後まもなく我がモルニエ王国を出発した。
ラングリッジは、四か国目の外遊先だった。
父方の伯母の嫁ぎ先であり、現在ジークとルイーズが身を寄せているフォルシアン侯爵家には、すでに立ち寄りたい旨を連絡してある。面倒見のいい伯母は、ジークだけでなくルイーズの身元引受人をも買って出てくれたという。
留学してから半年以上、四六時中一緒にいたであろう二人のことを思うと、言いようのない仄暗い焦りに支配される。
それでも。
俺は信じていた。あんなにもひたむきに、一途な想いを俺に向けてくれていたルイーズなら、今度こそ俺の言葉に耳を傾けてくれる。時間が経って冷静さを取り戻した今なら、些細な行き違いは水に流して俺の反省と改心を受け入れてくれるはずだ。
そうして、フォルシアン侯爵邸に到着した俺は――――
「お久しぶりです、オズヴァルド様」
記憶より大人びて、匂い立つような麗しい笑顔を浮かべるルイーズに目を奪われていた。
次話からは、またルイーズ視点に戻ります。
オズヴァルドにツッコミどころしかないと感じられたみなさま、次話で少しスッキリできるかと思います(笑)




