17 なんにもわかってない
当たり前のように私の手を引いて歩くジークと一緒に外に出ると、「ルイーズ!」という声とともにエレノアが駆け寄ってきた。
「よかった、無事で……!」
それだけ言うと、エレノアは感極まったように嗚咽の声をもらし始める。
そんなエレノアの肩を、後ろからそっと抱き寄せるレンナルト様。
……あれ。なんかこれまで以上に、ちょっと見ていられないくらい、距離が近くない? それになんだか、二人の醸し出す雰囲気が、とてつもなく甘々すぎない?
もしやと思いながらささっとジークに目を向けると、訳知り顔で頷き返してくれる。ははーん、なるほどなるほど。そういうことね。私の知らない間に。でもよかった。
「ル、ルイーズに、何かあったら、と思ったら、私……!」
涙まじりの震える声に、私は思わず許しを請う。
「ごめんね、エレノア。無茶ばかり言って、困らせちゃって」
「そんなこと……!」
そう言ってまた泣き崩れるエレノアに私までもらい泣きしそうになった瞬間、感動の再会を邪魔する罵声が響く。
「て、てめえっ! なにしやがる――!」
振り返ると、『隻眼のハイエナ』が数人の騎士団員に取り押さえられていた。
「やめろ! は、離せ!」
離せと言われて離してくれる騎士団員なんて、いるわけないだろうに。
抵抗の甲斐なくあっさり拘束された『ハイエナ』は、「ちくしょう!」とか「お、俺には強力な後ろ盾がいるんだからな!」とか往生際悪く叫んでいる。
でもそれ、言ったらダメなやつじゃない? 『ハイエナ』って悪党のくせに、なんでもかんでもペラペラしゃべり過ぎじゃない?
まあ、その調子でグレオメールの第一王子のこともペラペラしゃべってほしいものである。その辺は、もう大いに、存分に、暴露しちゃってほしい。
騒ぎ立てるハイエナが騎士団の馬車に押し込められたところで、私はきょろきょろと辺りを見回した。
連行されるアントンたちが別の馬車に乗り込もうとしているのを見つけて、慌てて声をかけようとしたのにジークの腕に阻止される。
「ジーク、あの人たちは違うのよ。ほんとは悪い人たちじゃないの」
「わかってる。でも大丈夫だから」
何が大丈夫なのかさっぱりわからないけれど、宥めるような優しい口調のジークはどういうわけか私の手を離そうとしない。
結局、詳しい事情聴取は明日以降ということになって、私たちはそのまま家へと帰された。
フォルシアン侯爵邸に戻ると、ロルフ様とユリアナ様が落ち着かない様子で待っていてくれた。
「ルイーズ!」
「大丈夫だったか? 怪我は?」
「……大丈夫です」
「お腹空いたでしょう?」
「いや、先に湯浴みじゃないか? さっぱりしたいよな?」
世話焼きの二人がここぞとばかりにあれこれ言っているのを見たら、なんだか急にホッとして、また涙があふれてきた。
「ルイーズ……」
隣に立つジークの手がするりと伸びてきたかと思うと、あっという間にすっぽりとその腕の中に閉じ込められてしまう。
「……怖かったよな」
「……うん……」
「よくがんばったな」
答えは声にならなくて、私はまたひとしきりジークの腕の中で泣いた。
優しく頭をなでてくれるジークの手がじんわりと温かくて、しばらく涙は止まらなかった。
◇・◇・◇
着替えてからちょっとだけ空腹を満たし、少し気持ちが落ち着いてきたところでジークは一部始終を教えてくれた。
王女であるエレノアに実は護衛がついていたことや、だから連れ去られたことにすぐに気づけたという話にも正直驚いたけど、一番驚いたのはマイラ様がかつて現宰相の筆頭補佐官を務めていたというとんでない事実である。
「『下っ端の下っ端だった』って言ってなかった?」
「いや、俺だってそう聞いてたよ」
それなのに、まさかの超絶辣腕エリートだったとは……!!
後日、マイラ様はこう言い訳した。
「いや、だってね、だいぶ昔の話だし、ちょっと自慢みたいに聞こえるじゃない? ほんとはそんなに大したことないし、たまたまなのよ?」
だいぶ謙遜が過ぎるし、たまたまで筆頭補佐官にはなれないと思う。
でもマイラ様が直接宰相閣下に進言してくれたおかげで、騎士団の動きが予想以上に早かったのだと知った。
宰相閣下が騎士団の全部隊に指令を出してまもなく、王都郊外にある騎士団の詰め所にエレノアたちが駆け込んできたのだという。連れ去られた私たちの捜索に向かおうとしていた騎士団員たちは三人から得た情報を他部隊にも伝え、即座に私の救出と『ハイエナ』の捕縛に向かってくれたらしい。
そして騎士団の動きが早かったのには、もう一つ理由があった。
「騎士団は、すでにあの闇商会に目をつけていたってこと?」
「そうらしいよ。いろいろと怪しい噂が絶えなかったから、ずっと水面下での捜査を続けていたとかで」
ハンスとケヴィンが私たちの連れ去りについて自首したうえで、自分たちの雇用先でもある商会の裏稼業について証言したことが契機になって、騎士団は一気に闇商会摘発の動きを加速させた。
私を助けに来た部隊とは別の部隊が直接商会に突入し、幹部全員を一斉検挙することに難なく成功したという。
「アントンたちはどうなるの?」
「多分、これまでどんな犯罪行為に加担してきたのか、騎士団の取り調べを受けることになると思うけど」
「そのあとは?」
「エレノア嬢と一緒に騎士団に駆け込んだ二人は、全部話したあとで『どんな処罰も受ける覚悟がある』と言ってたらしいよ。でも彼らの証言で商会幹部を一斉に逮捕できたことは事実だし、それなりに情状酌量の余地はあるんじゃないかな」
結果として、ジークの言う通りになった。
翌日、騎士団本部からの呼び出しを受けた私はジークに付き添われ、何があったのか詳しい話を聞かれることになった。
連れ去られた直後は、手を縛られたり監禁部屋に放り込まれたり、確かに手荒な扱いをされたと思う。でも根が善良な彼らは私たちを本当の意味で害することはなく、むしろ私が王女だと簡単に騙されて事情を話しちゃうし、言われた通りにすぐさま騎士団を呼びに行ってくれたし、残った私にアントンは優しかったし、「被害らしい被害は一切受けていません」ということを私は必死に強調した。
エレノアも似たようなことを話していたようである。
聴取を担当した二人の騎士団員もアントンたち三人に同情的だったし、「彼らの取り調べはまだ途中ですが、商会幹部や『ハイエナ』ほどの罪に問われることはないと思いますよ」とこっそり教えてくれたから、ホッと胸をなでおろしていたのだけど。
本当に大変だったのは、帰ってきてからだったのだ。
侯爵邸のサロンに引っ張り込まれた私は、不機嫌極まりないといった様子のジークにすぐ隣に座るよう命じられてしまう。
ちょっと、抱き寄せられているような体勢になっているのが、どうにも腑に落ちない。
「……エレノア嬢になりすましてたってことは、俺も聞いてはいたけどさ」
「あ、あれはね、あの場では仕方がなかったのよ。エレノアの命を守ることが最優先だと思ったし、だったら私が身代わりになるしかないじゃない?」
どことなく不穏な空気を纏うジークから少しばかり距離を取りつつ、私はどうにかこうにか言い訳をする。
「実際、自分たちがさらってきたのが王女だったとわかったら、アントンたちは怯んじゃったのよ。ほら、あの人たち、ほんとは真面目で純粋だから」
「……ふーん」
「話を聞いたら、あの人たちこそ被害者だと思ったのよ。だってそうでしょ? だまされて利用されて、おまけにお世話になった孤児院まで狙われてるとなったら、悪いことだとわかっていてもやるしかないじゃない? そんなの放っておけないし、だからなんとかしなきゃって……」
「それで?」
「でもどうせなら、エレノアのこともなんとかしたいと思ったのよ。王女だって聞いてほんとにびっくりしたけど、ここで『ハイエナ』を捕まえることができれば第一王子に一泡吹かせることができるんじゃないかって」
なお、その途中経過である『破天荒傲慢王女になりきった演技』についてはわざと省略した。ちょっと調子に乗ってたことがバレるのは恥ずかしい。あとなんか、ジークの刺すような視線が痛い。
「ま、まあ、結局はこっちの思惑通りに全部うまくいったわけだから、なんだかんだ言って結果オーライ――」
「んなわけないだろ……!」
……こ、怖い! ジークの真顔が超怖い!!
「……ルイーズはほんと、なんにもわかってない」
「え? な、何が?」
「俺がどんだけルイーズを好きだと思ってんの? どんだけ心配したかわかんない? そんな話聞いて、『うまくいってよかったね』なんてのほほんと言うとでも思った?」
「え」
「……ほんとに、自重してよ……」
大きなため息をつきながら当然のように私を抱きしめて、「心配すぎてこっちの身が持たないよ」なんて耳元でつぶやくジークに、私の心臓はどきりと跳ねた。
……だって、な、なんか、いきなり色気がだだ漏れなんだもの……!!




