16 愛の告白みたいじゃない?
エレノアとハンス、ケヴィンが出ていってしばらくすると、不意に馬の蹄の音が聞こえてきた。
いよいよ『隻眼のハイエナ』の登場らしい。緊張が走る。
一応、私は最初に放り込まれた監禁部屋に戻っておいた。無理やり連れ去ってきた令嬢が応接室にいたらまずいだろう、ということになったから。そりゃそうだ。
手も縛られたけど、すぐに抜けるようアントンがいい感じに緩く縛ってくれた。「王女様、痛くないですか?」とか気遣わしげに言うアントンは純粋にいい人だった。さっきとはえらい違いである。
「悪人らしく振る舞うのは疲れますね。性に合わないというか……」
なんて苦笑していたから、本当に根は善良な人間なのだろう。
それにひきかえ、現れた『隻眼のハイエナ』は下卑た笑みを浮かべて、こう言った。
「これはこれは、エレオノーラ殿下。はじめまして」
いやらしい目つきとだいぶ清潔感に欠けたぼさぼさの長髪、そしてそして、なんと黒い眼帯である……!!
これはもう、中等部男子が大喜びしそうなビジュアル!!
なんて、私が喜んでる場合じゃない。
「そう怖がらないでくださいよ。あなたをグレオメールのお兄様のもとへお連れするのが、俺の役目なんでね」
エレノア本人じゃないことを悟られないよう顔を伏せた私を見て、恐怖のあまり怯えていると勘違いしてくれたらしい。
しかもこの人、どうやら私のことを完全にエレノアだと思い込んでいる。本当の第一王女はどんな外見なのか、ちゃんとわかってなかったというのがバレバレである。こっちとしては助かったけど、リサーチ不足は足下を掬われるよ、と言いたい。
それに、今の言葉は最初からエレノアをここで始末する計画ではなかったということだけでなく、『ハイエナ』がグレオメールの第一王子とつながっている事実をも自ら明かしてしまったことになる。え、ちょっと『ハイエナ』さん、油断し過ぎじゃない? どうして悪党って、聞かれてもないのに大事なことをペラペラしゃべっちゃうんだろう。
「……ハンスとケヴィンはどうした?」
「も、もしかしてこのままグレオメールに向かうんじゃないかって話になったんで、食料を調達しに行きました」
「は? すぐ戻ってくんのか?」
「もうそろそろだと思いますが……」
「ったく。余計なことを」
そんな話をしながら、二人は私を監禁部屋に置いて出て行った。
あとはもう、騎士団が一刻も早く駆けつけてくれるのを待つだけである。
『ハイエナ』が痺れを切らして出発しようとする前に、騎士団が来てくれるのをひたすら祈るしかない。
どうにも落ち着かない思いで、私は部屋の真ん中付近にぺたりと座り込んだ。
窓もなければこれといった家具もない、狭い部屋の中でぼんやりと思い出すのは、やっぱりジークのことだった。
もしも私たちの目論見がどこかで頓挫して、このままグレオメールに連れて行かれる羽目になって、最悪エレノアの代わりに殺されてしまったら、ジークにはもう会えない。
そう思ったら、足がすくんだ。
なんだかんだ文句を言いながらも気がつけばそばにいてくれて、楽しいときもつらいときも息ができないほど苦しいときもずっと隣にいてくれたジーク。一見無愛想だけど、本当は誰よりも優しい幼馴染を思うと、知らず知らずのうちに涙があふれてくる。
私が今、現在進行形で生きるか死ぬかの瀬戸際とも言える窮地に陥っていると知ったら、ジークは何て言うだろう。
多分「なんでそう、ルイーズはいつもいつも……」とか呆れた顔をして、これ見よがしにため息をついて、怒るよね、きっと。人の心配を振り切って突っ走って、無茶ばかりして、それで結局痛い目を見て、いつまでも成長しないと嘆くのだろう。
ごめんね、ジーク。いつも迷惑かけて、心配かけて、面倒事に巻き込んで、ほんとにごめん。
無事に帰れたら、ちゃんと謝ろう。それでこれからは、ジークの言う通り少し大人しくしていよう。
なんてことを考えていたら、急に部屋の外が騒がしくなった。
ドン! とかバーン! とかいう荒々しい音や言い争うような声が聞こえたかと思うと、バタバタと足音が近づいてくる。
驚いて部屋の隅へとにじり寄り、壁にへばりついてじっとしていると――――
「ルイーズ!」
すごい勢いでドアが開いたのと同時に、駆け寄ってきたのはジークだった。
「……ジーク……?」
信じられない思いで、つぶやく。
否応なしに、涙があふれる。
そんな私を見定めたジークは一瞬だけ顔を歪めて、それからいきなり強く抱きしめた。
「え……?」
思ってもみない状況に、軽くパニックである。
「え、ちょっ、ジーク……?」
身をよじろうとしても、びくともしない。
「ジ、ジークってば……!」
ジークは何も言わず、ただ黙って私を抱きしめる。ぎゅうぎゅうと、逃れられないほどの強い力で。
「あの、ちょっと、痛いんだけど……」
「……うるさい。我慢しろ」
「……あ、はい、すみません……」
「俺がどんだけ心配したと思ってるんだよ」
「……ごめんなさい……」
「マジで勘弁してくれよ」
「……ほんとにごめんなさい……」
「頼むから、無茶をするなら俺がいるときだけにしてくれ」
「……え?」
「じゃないと、何かあったとき真っ先に駆けつけられないだろ? 俺がルイーズを守りたいのに」
「え……?」
……ちょっと待って。
なに? 今の。どういうこと? どういう意味?
ジークの衝撃発言で、途端に頭の中が真っ白になる。でもあらぬ方向に想像が先走って、顔はぶわりと真っ赤になる。
「あ、あの、ジーク」
「なんだよ?」
「怒ってる、よね?」
「……怒ってない」
「いや、だいぶ怒ってるでしょ」
「……ルイーズに怒ってるわけじゃない。自分の不甲斐なさに腹が立ってるだけだよ」
「そんな、別に、ジークが悪いわけじゃ――」
「嫌なんだよ。俺のいないところで、ルイーズが泣いたり傷ついたりするのが」
「え?」
「憂いがあるなら、俺が全部払ってやりたい。いつだってそばにいて、ルイーズを脅かすものは全部遠ざけて、どんなに危ない目に遭ったとしても俺がルイーズを守りたい」
「……なんかそれ、愛の告白みたいじゃない?」
「愛の告白だけど」
「はい?」
「愛の告白だよ」
少しだけ腕の力を弱めたジークは、小さく笑って私の顔を覗き込む。
「ルイーズが好きだよ」
「え?」
「すげぇ好き。めっちゃ好き。大好き」
「ええぇぇぇぇ!?」
慌てふためく私に、ジークはこれまで一度たりともお目にかかったことのないような甘やかな視線を向ける。
「ほんとは、まだ当分言わないつもりだったんだけど」
「いや、ちょ、ちょっと待って。いつから!?」
「いつからだろう? はっきり自覚したのは、兄上がほかの令嬢にうつつを抜かしてるって知った辺りかな。でも今思えば、わりと最初から好きだったような気もする」
「あの、で、でも、そんなこと、今まで一度も……」
「だってルイーズは、ずっと兄上しか見てなかっただろ? それに婚約が解消になったあとだって、傷ついてるルイーズに付け入るのはなんか違うなと思ったし」
「それは、まあ、そうかもしれないけど……」
「でも今回のことで思い知ったよ。このまま何もしないでルイーズを失うくらいなら、とっとと捕まえて放さなきゃいいんだなって」
「へ?」
ジークは私を腕の中に閉じ込めたまま、満足そうに微笑んでいる。
「ルイーズ、大好きだよ」
「――っ!!」
なにその破壊力ありすぎの笑顔は!? 反則じゃない!?
「照れてじたばたするルイーズ、可愛すぎるんだけど」
「か、からかわないでよ」
「からかってないよ。ほんとに可愛い。大好き」
「ちょっ、やだ、やめてよ……!」
「もう無理だよ」
そう言って、ジークはからからと笑う。
「これからは好きな気持ちを隠さなくていいんだと思ったら、なんかすげぇうれしい」
ジークのどこまでも晴れやかな笑みが、憎らしいほどきらきらと輝いている。
そのとろけるような圧倒的笑顔に、何か言い返せるはずもなかった。
いや、待って。怒涛の展開すぎない……!?
ストックがなくなってきましたので、今日から一話ずつの投稿になります。
あと、全二十三話の予定でしたが、ちょっと増えて二十五話になってしまいました(なぜだろう?)。
引き続きお楽しみいただけるとうれしいです。




