15 四十秒!?
レンナルトからすべての事情を聞き終えた伯母上は、何かを考えるようにゆっくりと視線を泳がせた。
そして次の瞬間、その目に見たこともない鋭利な光が宿る。
「ジーク、今すぐ出かけるから四十秒で支度して」
「は!? 四十秒!?」
「ディクス公爵令息も一緒についてきてちょうだい」
有無を言わさぬ雰囲気にたじろぎながらも、俺は命じられるまま急いで着替えて馬車に乗り込んだ。
向かい側に座る伯母上は険しい表情で一言も話さず、レンナルトもどこに連れて行かれるのかわからず不安げな顔をする。
馬車が止まり、外に出た俺たちが目にしたのは――――
なんと、燦然と光り輝く王城だった。
「フォルシアン侯爵夫人、お久しぶりです!」
馬車から降りた伯母上を見定めて、門番がすかさず敬礼をする。
「ハーシェル公爵はいらっしゃるかしら?」
「はい! 執務室にいらっしゃるかと!」
「ありがとう」
敬礼をしたままの門番に見送られ、伯母上は煌びやかな王城の中へとすんなり入っていく。
……マジか? まさかの顔パス!?
「え? なんで? フォルシアン先生って……?」
レンナルトがぶつくさつぶやくのも無理はない。
わけがわからないながらも、俺たちは伯母上のあとを慌てて追いかける。
若い頃王城の文官として働いていた経験のある伯母上は、勝手知ったるとばかりに迷うことなく王城の廊下を突き進む。
そうしてたどり着いた部屋の前に立つと、軽くノックをした。
「どうぞ」という声がするや否や、伯母上は躊躇なくドアを開ける。
「閣下、お久しぶりです」
「マイラ? 久しぶりだな。何かあったのか?」
まるでしょっちゅうここを訪れているかのような気軽さで突然現れた伯母上に、部屋の主と思われる壮年の偉丈夫はさほど驚いた様子を見せない。
「緊急事態です、閣下。人払いを」
伯母上のただならぬ表情に、「閣下」と呼ばれた男性は黙って片眉を上げる。
……いや、待て。「閣下」ってことは、この人は……!
同じことに気づいたらしいレンナルトが、少し顔を近づけ小声でささやく。
「もしかしてこの人、この国の宰相閣下……?」
「……だよな?」
顔を見合わせるしかない俺たちのことなど意に介さず、ほかに人がいなくなったのを確認した伯母上は淡々と事の次第を話し出す。
「生まれてすぐに亡くなったとされていたグレオメール王国の第一王女が実は生きており、身分を偽って我が国に留学していたことが判明しました。ですが先程、王都の街中でならず者と思われる輩に連れ去られたようなのです」
「……待て待てマイラ。突拍子もない情報を次から次へとぶっ込み過ぎだ」
「そうですか? 失礼しました」
とか言いつつ、伯母上に悪びれた様子はない。
それから伯母上は、レンナルトが話した「真実」についてかいつまんで説明し始めた。
話を聞き終えた宰相閣下ことハーシェル公爵は、疑わしげな表情を隠そうともしない。
「……俄かには信じ難いな」
「しかし閣下。外交に携わる者であれば、グレオメールの第一王子カランシル殿下の悪名を知らぬ者などおりません。だからこそ、グレオメール王がカランシル殿下の立太子を認めたがらないというのもまた有名な話。そのカランシル殿下が自分のほかにも王位継承権を持つ人間がいると知ったら、排除しようと画策するのは当然のことかと」
「確かに、カランシル殿下は苛烈で残虐、好戦的と専らの噂だ。玉座のためなら、血を分けた妹など簡単に始末するだろうな」
「はい。第一王女の存在は長い間秘匿されてきたといえ、状況的に考えればグレオメール王が第一王女に王位を譲ろうとしている可能性は高いと思われます。その王女が身分を偽り秘密裏に留学していた事実を把握していなかっただけでなく、素性の知れぬ者に連れ去られたとあっては我が国の責任を追及されるのは必定」
「しかし、死んだと思われていた王女が実は生きていたという事実を知る者のほうが少ないのであろう? だとすれば、王女に何かあったとしても真実が闇に葬られるだけなのではないか? わざわざこちらの非を問うようなことは……」
「閣下、カランシル殿下を甘く見てはなりません。計画通りに王女を命を奪ったあとでその存在を公表し、素知らぬ顔で我が国の失態を非難し糾弾することは目に見えています。場合によっては、王女の死を口実に攻め入ってくることも……」
その言葉で、部屋全体の空気が一気にピン、と張り詰める。
宰相閣下の顔つきが変わり、刺すような視線が伯母上を捉える。
「……今すぐにその王女の居場所を突き止め、身柄を保護する必要があるということだな」
「さすがは閣下、理解が早くて助かります」
「よし、騎士団の全部隊に指令を出そう。王女ということは伏せつつ、連れ去られたと思われる二人の令嬢を至急捜索するようにと」
「捕らえられた王女は、恐らくカランシル殿下のもとへ送られるはずです。あの残虐非道なカランシル殿下が、王女の始末を他人に任せるわけがありませんから」
「その可能性は十分にあるな」
「ですから万が一の場合に備えてただちに国境を封鎖し、なんとしてでも王女の出国を阻止すべきかと」
「なるほど。さすが、『ホーク・アイ』は健在だな」
感心したようにほくそ笑んでから、宰相閣下は部屋の外で待機していた補佐官たちに素早く指示を出す。
「『ホーク・アイ』?」
隣に立つレンナルトが、またしても訝しげな顔を近づけてささやく。
「フォルシアン先生って、いったい何者なんだ?」
「いや、若い頃王城で文官をしていたとしか……」
「君たち、そんなことも知らずにここに来たのか?」
俺たちが小声でこそこそ話しているのを聞きつけた宰相は、面白いものでも見るかのような目をして言った。
「マイラ・フォルシアン侯爵夫人はな、かつては私の筆頭補佐官だった優秀な文官だよ」
「筆頭補佐官?」
「伯母上がですか?」
「そうだよ。的確な観察力と洞察力で集めた情報をもとに各国の内部状況や国家間の関係性を見極め、我が国に外交上の利益をもたらす彼女の手腕は実に見事なものだった。常に細部に目を配り、すべてを見通し間違いのない判断を下すマイラは『ホーク・アイ・レディ』と呼ばれて王城中の注目と尊敬を集めていたんだよ」
「……その呼び名、いい加減忘れてくださいよ」
伯母上はそう言って、恥ずかしそうに目を逸らす。
――――王都のはずれにある騎士団の詰め所に一人の令嬢と二人の平民が駆け込んできた、という第一報が騎士団本部に伝えられるのは、この直後のことである。
次話以降はルイーズ視点に戻ります。
四十秒で支度できたジークは偉いと思います(笑)
(もちろん、本家本元のパズ〇もですが)




