14 な、なにそれ
監禁されていた小部屋から廊下に出ると、私たちはそのまま応接室のような部屋に案内された。
さっきまで尊大な態度で私たちを脅していた三人は、一転しておどおど、きょろきょろと落ち着かない。
ちなみに、エレノアは私の侍女として振る舞うことにしたらしい。緊張と不安に顔を強張らせながらも、黙って私に付き従っている。
「さあ、あなたたちの話を聞かせてちょうだい」
我が物顔で応接室のソファに座り、あくまでも傲慢不遜な王女になりきっている私の圧倒的すぎるオーラにひれ伏す三人の表情は、一様に暗い。
様子を窺うようにお互いの顔を見合わせ、おずおずと口を開いたのはひょろ長だった。
「実は、俺たち、同じ孤児院で育ったんです……」
そうして、自分たちのこれまでの人生を訥々と話し始める。
ひょろ長の名前はハンス、ぽっちゃりがケヴィン、そして赤毛そばかすはアントンというらしい。
三人は年が近いうえ、たまたま同じ時期に孤児院に連れてこられたということもあって、すぐに仲良くなったという。
孤児院は王都の郊外にあり、「先生」と呼ばれる年配の女性が長年一人で切り盛りしていた。どこかの貴族が資金援助をしているという話だったが、年々援助は滞り、いつしか孤児院は慢性的な経営難に陥っていたらしい。
「五年前、俺たち三人は同じ商会に就職したんです」
「起業して間もない新興の商会だったけど羽振りはよかったから、これで孤児院の経営を少しは楽にできるんじゃないかってうれしくて」
「最初の半年くらいは順調で、給料の半分を孤児院に持っていくと先生は毎回涙ぐんでたんスよ……。それなのに、俺がヘマしちまって……」
ぽっちゃりことケヴィンが視線を落とし、少し震えた声で言う。
「商会に置いてあった高そうな壺をうっかりさわったら、壊しちまったんスよ……。しかもその壺は、金持ちの貴族から預かっていた超高級な壺だったらしくて……」
「俺たちがこの先何十年働いたとしても、到底弁償できないくらい高額な壺だったと言われてしまったんです……」
「壺のことは商会が相手の貴族にうまく言ってくれて、弁償費用も商会が立て替えてくれることになったんです。でも、おかげで俺たちは多額の借金を背負うことになって……。しかも商会側は、少しでも早く借金を返したいなら表向きの仕事とは別の仕事も手伝えと言ってきたんです」
「表向きの仕事とは別の仕事?」
思わず眉を顰めて尋ねると、三人は揃って首を縦に振る。
「その商会は、実は裏社会にも通じてるやばい悪徳商会だったんですよ」
「表向きは普通の商会として健全な取引をしながら、裏では犯罪まがいの悪事にも手を染めていて……」
「この国では禁止されている人身売買はもちろん、違法薬物の取引とか武器の密輸入なんかも請け負う、悪どい闇商会だったんです」
「な、なにそれ……」
思いもよらない話に、私は絶句する。
商会という企業形態を隠れ蓑にして、やばい裏稼業に精を出す犯罪組織があるという話は確かに聞いたことがある。
でもここまで堂々とのさばって、おまけに善良な市民を犯罪行為に加担させているなんて……!
だいたい、ケヴィンが壺を壊したとかいう話だって、この三人をいいように使うつもりだった商会側の罠でしょうよ。最初から、犯罪の片棒を担がせるつもりで三人を雇い入れたに違いないのよ。なんという悪逆非道なやつら……!!
「何日か前、俺たちは商会からある男の仕事を手伝うよう命じられました。そいつはグレオメール王国の人間で『隻眼のハイエナ』と名乗り、国から逃げ出したある貴族令嬢を探していると言ったんです」
出た!! クソダサネームの悪党!!
グレオメールの人間ということは、やっぱりこいつが性悪な第一王子につながっている可能性が高いんじゃないかしら。
「その令嬢は金髪に紫色の目をしていて、貴族とはいえそれほど身分は高くない、近いうちに王都の街に出てくるからそのときを狙って何がなんでも連れてこい、と『ハイエナ』は言いました。多少手荒なまねをしても構わないからって……」
「そうすれば俺たちの借金は全部チャラにするし、孤児院に俺たちの借金を請求することもないって言われて……」
「そ、それで王女様をこんな目に……」
「……なるほど。事情はわかりました」
しおしおと項垂れる三人を前に、私は落ち着き払った声で応える。
「お前たちに罪はないとは言いません。これまでに加担してきた違法行為がどれほどのものかわかりませんが、それ相応の償いは必要になるでしょう。しかしながら、世話になった孤児院を支えようと一生懸命真面目に働いていた人間を利用し、犯罪の片棒を担がせて私利私欲を満たすその悪徳商会のほうが何倍も、いえ何百倍も性質が悪い!!」
ビシッと言い放つと、途端に三人は三人とも感極まったように涙ぐむ。
ちなみにエレノアは、首が取れるんじゃないかというくらい、ぶんぶんと大きく頷いている。
結局、この三人組だって悪辣な闇商会にまんまと騙され、利用されていただけじゃないの。
だったら、このまま放っておくわけにはいかないでしょう……!!
「お前たち」
私は背筋を伸ばし、目の前の三人の顔を交互に見つめる。
「その『ハイエナ』とやらは、もうすぐここに来るのよね?」
「は、はい。そのはずです」
「事は一刻を争います。お前たちは今すぐここから一番近い騎士団の詰め所に向かい、わたくしたちの連れ去りを自首したうえで商会でのことも洗いざらい話しなさい。そうすればお前たちの罪が軽くなるのはもちろん、すぐに騎士団がここへ駆けつけてわたくしを救い出してくれるでしょうから」
「え、だったら、王女様も一緒に行きましょう……!」
「そうですよ! 『ハイエナ』が来たら、どんな目に遭うかわかりません……!」
アントンとハンスが涙まじりに叫ぶ。
なんなのよ、もう。めっちゃいい人たちじゃないの……!
でも私は、静かに首を横に振る。
「わたくしは欲張りなのよ。お前たちやわたくしたちを窮地に追いやった悪党どもを、一網打尽にしないと気が済まないの」
「え?」
「『ハイエナ』がここへ来たら、なんとしてでも時間を稼いで引き留めます。そこへタイミングよく騎士団が駆けつけてくれれば、『隻眼のハイエナ』とやらを拘束することができるでしょう?」
私がそう言うと、何かを察したらしいエレノアが驚いたように顔を上げる。
闇商会の悪事を暴き、三人組を解放するだけなら、私たちもここから一緒に逃げ出せばいい。
でもそれだと、本当の意味でエレノアを救うことはできない。第一王子に命を狙われているエレノアを救い、エレノア自身の人生を取り戻すためには、諸悪の根源を断つ必要がある。
そう。
何がなんでも、第一王子の尻尾をつかまないと……!!
そのためには、ここで『隻眼のハイエナ』を捕らえることが不可欠になってくる。第一王子につながっている可能性がある悪党を、逃すわけにはいかないのよ。
「だったら、私も残ります……!」
怖いくらいに硬い表情で駆け寄るエレノアに、「あなたはダメよ」と諭すように応える。
「わたくしがさっき言ったこと、覚えているでしょう?」
「で、でも、あなたが本物じゃないと気づかれたら……!」
三人に聞かれないよう耳元でささやくエレノアに、私はわざと軽く笑ってみせる。
「そこはなんとかなるわよ。だってほら、私たち、ぱっと見似てるじゃない?」
「でも……!」
「あなたが助かることが最優先なんだから、二人と一緒に行って。いいわね?」
ぱちん、と目配せをすると、エレノアは今にも泣き出しそうに眉根を寄せて、ふるふると震えている。
「で、でしたら、俺が残ります!」
さっと立ち上がったアントンが、勢いよく一歩前に出る。
「俺、少しですけど剣術の心得があるんです。俺が『ハイエナ』から王女様を守ってみせます!」
決死の覚悟で宣言するアントンを見ながら、私はなぜだか唐突に、ジークの真顔を思い出していた。
ジークやレンナルト様は、まだ何も気づいていないだろう。私たちが連れ去られたことはもちろん、グレオメールからの追手が迫っていることなど、きっと知る由もない。
もしもこのまま、ジークに二度と会えなかったら――――。
それはどこか、恐怖にも似た感覚だった。
次話はまたジーク目線回です。
あの人物の、意外な過去とは……?




