13 いいから早く言えよ
中庭のガゼボでまったりと本を読みながら、静かすぎて明らかに物足りない休日を過ごしていたときだった。
フォルシアン侯爵家の執事に案内され、クラスメイトで同じ留学生のレンナルトが蒼白な顔で現れる。
「ジ、ジークヴァルド、すまない……!」
レンナルトは俺の姿を確認すると切羽詰まった様子で駆け寄ってきて、そのままがくりと膝をつく。
「……どうしたんだ?」
「……王都の街に出かけたエルとルイーズ嬢が、何者かに連れ去られた」
「は!?」
思わず立ち上がって大声を上げると、レンナルトは悲壮感あふれる虚ろな目をして俺を見上げる。
「すまない……。多分、ルイーズ嬢は巻き込まれたんだ……」
「どういうことだよ?」
刺すような目で見返すと、レンナルトはゆるゆると立ち上がる。
「……詳しい事情は説明する。しかし他言無用だ。いいか?」
「……いいから早く言えよ」
俺の答えに一瞬臆したレンナルトは、それでも意を決したように言葉を選びながら話し始める。
それは、秘匿され、隠蔽されてきたエレノア嬢の出生にまつわる物語だった。
エレノア嬢が本当はグレオメールの正統な王女であるという歴然たる事実に、俺は驚愕する。
「我がディクス公爵家は建国当初から続く家門で、代々王家に忠誠を誓ってきた。だから第一王女で王位継承権を持つエルを守ることは、何をおいても優先すべき至上命題なんだ。でも俺にとってはそんなこと、最初からどうでもよかった。俺にとってエルは唯一無二の最愛、何物にも代え難い俺のすべてなんだ。俺は一番近くでエルを守るために、生きてきたと言っていい」
予想外に熱く語るレンナルトを見返しながら、なんだ、やっぱりそうだったのかと思う。
以前それとなく聞いたときにははぐらかされたけど、結局ルイーズの言う通りだったというわけだ。
ルイーズにこのことを話せば、「だから言ったでしょ?」なんてさも当然といった様子であの愛おしいライラックの瞳をキラキラさせて、得意げに微笑むに違いない。
と、そこまで考えたところで、そのルイーズがエレノア嬢と一緒に連れ去られたという事実を思い出す。なんだか唐突過ぎて、現実感がない。
「留学が決まったときも、俺はエルを守るために自ら一緒に行くことを申し出た。父上からも陛下からも、エレノアのことは任せたと言われてこの国に来たんだ。それなのに、まんまと連れ去られるなんて俺の失態だ……」
強張った顔つきで、悔しそうに歯を食いしばるレンナルト。
「なんで連れ去られたことがわかったんだよ?」
「王族のエルには、常にディクス公爵家の護衛がついているんだ。本人は知らないんだが」
「その護衛が二人を見失ったってことか?」
「ああ。二人にはどうやら目当ての店があったらしいんだが、大通りから少し路地裏に入った辺りで忽然と姿を消したと報告があった。しかも近くの店の主人が、みすぼらしい三人組のあとを歩く二人を見かけたと」
「そいつらが二人を?」
「恐らくな。でも、エルはこのフォルシアン侯爵家に招かれたと言っていたはずなのに、護衛の報告では最初から街のほうへ向かったらしいんだ。ジークヴァルド、何か知っているか?」
知っているも何も。
エレノア嬢がレンナルトの誕生日にどんなプレゼントを贈ろうか悩んでいて、ルイーズと二人で街に探しに行ったと話してしまっていいものか。
しかも、街に行ってみたらどうかと提案したのはこの俺だ。
軽い気持ちで言ったことが想定外の事態を招いたことに動揺しながらも、俺はレンナルトにすべてを打ち明ける。
「……俺の、ために……?」
事情を知り、絞り出すような声でつぶやくレンナルトに俺は頭を下げる。
「すまない、こんなことになるとは思ってなかった」
「いや、お前のせいじゃない。俺たちも、どこかで油断していたんだ。カランシル殿下だって、いくらなんでもこんなところまで追手を差し向けることはないだろうと高と括ってた。気が緩んでいたとしか、言いようがない……」
レンナルトはどこまでも暗い目をして、ため息をつく。
「とにかく、ルイーズ嬢が巻き込まれたらしいことをお前や身元保証人のフォルシアン先生に伝えなければと思ったんだ。今、公爵家の護衛や使用人が総出で二人の行方を捜しているが、俺たちはこの国の人間ではないから勝手がわからず捜索は難航している。すまない」
「いや……」
俺は激しく後悔した。
なぜ、街へ出てみたら? なんて軽々しく言ってしまったんだろう。
ルイーズを半ば強引に見ず知らずの他国に連れ出したのは、こんな危険な目に遭わせるためではなかったというのに――――。
兄上のせいで深く傷ついたルイーズを、見ていられなかった。
あんなにぐちゃぐちゃに泣いて、死人みたいな生気のない顔で一生懸命笑おうとするルイーズを、放っておけるはずがなかった。一見穏やかだが、実はルイーズの一途な想いに慢心し思い上がっていた兄上なんかよりも、俺のほうがルイーズを大切にできるのにと何度思ったかわからない。
こうと決めたらいきなりトップスピードで走り出すルイーズに振り回されながらも、俺はいつのまにか、あの無鉄砲な幼馴染にどうしようもなく惹かれていた。
「面倒くさい」と文句たらたらであとを追いながら、本当はいつだってルイーズのそばにいて、ずっと支えてやりたいと思うようになっていたのだ。
ラングリッジへの留学を勧めたのは、兄上に対するルイーズの想いが再燃することを恐れたからだった。会えばきっと、ルイーズの心はまた揺さぶられてしまう。あんなに兄上が好きだったのだ。一度は許せないと拒んでも、結局は元サヤ、なんてことだってあり得る。
それに、ルイーズの予想に反して、兄上とパウラ嬢は婚約には至らなかった。
うちの親たちが許さなかったのもあるし、そもそもパウラ嬢は他国の貴族との婚約が決まっていたというのもあとで知ったし、それに何より、兄上がパウラ嬢にまったく見向きもしなくなったのだ。
ルイーズとの婚約が解消になったあの日から、兄上は憔悴しきったような表情で過ごしていた。ルイーズが自分から離れていくなんてあり得ないという無自覚な思い上がりが粉々に砕け散り、手放して初めてルイーズがどれほど大事だったのかを思い知ったらしい。
ルイーズを失った事実に打ちのめされた兄上は、まるでパウラ嬢への想いなど最初からなかったかのように冷めた目をして彼女に対峙するようになった。これまで以上に生徒会活動に没頭していたのも、パウラ嬢との秘密の時間を共有するためではない。ただ現実から目を背けたい一心だったのだろう。
そんな後悔と懺悔の日々を送る兄上を目にしたら、ルイーズは多分すべてを許してしまう。
だから学園に戻ってきてほしくなかった。
でも思いがけず、ルイーズは「留学」という選択肢を口にした。このチャンスを絶対に逃すまいと思った俺は、あっという間に両家の許可を勝ち取り、兄上からかっさらうようにしてルイーズをこの国に連れてきたのだ。
それなのに、こんなことになるなんて――――。
ルイーズの安否がわからないという危機的状況に、じりじりとした焦燥感と自責感ばかりが募っていく。今すぐ探しにいきたい、助けにいきたいという衝動が、頭の中を支配していく。
だって、あのルイーズのことだ。
エレノア嬢をめぐる騒動に巻き込まれ、悪党に連れ去られたとして、大人しく黙って捕まっているわけがない。
無謀で怖いもの知らずで思い込みが激しくて、人の言うことなど一切聞くことなく勢いだけでどこまでも突き進むルイーズがどんな無茶をしているか、その結果どんな危険な目に陥っているのか、想像するだけで戦慄する。
……あいつの身に何かあったら……!?
恐怖にも似た感覚に呆然と立ち尽くしていると、不意に聞き慣れた声がした。
「いったいどうしたの? 何かあったの?」
振り返ると、執事を従えた伯母上が心配そうな表情で近づいてくる。
おおらかでいつも賑やかで一介の学園教師でしかないはずの伯母上の登場が、まさか起死回生の一手につながるなんて、このときの俺はまだ知らない。
次話はルイーズ目線回です。
ジークの懸念通り、やや暴走しています(苦笑)
ここへ来て、やっぱりタイトルは『失恋令嬢』から『暴走令嬢』に変えたほうがいいような気がしてきました……。
2025.06.25追記
思い切って、タイトルを『失恋令嬢』から『暴走令嬢』に変更しました!
全文を読み返してみたら、このほうがしっくりくるような気がしましたので……。




