12 このすっとこどっこいどもが!
「え? 何言って――」
狼狽えるエレノアの言葉を遮って、私は小声のまま早口で言い募る。
「いい? 今から私がエレノアで、あなたがルイーズよ。あの三人にあなたがエレノアだと気づかれないよう、演技するの。何があっても、何を聞かれても、自分はエレノアじゃないと言い張って」
「ど、どうして……?」
「あなたが王族だとわかった以上、あなたの命を守るのが最優先だからよ」
「そんなのダメよ……! 命は平等じゃないの!」
「そうだけど、そうじゃないの。身元を偽っているとはいえ、王族であることは事実でしょう? そんなあなたの身に何かあったら、きっと想像以上に深刻な事態を招くことになる。これはもう、グレオメールの内政と王位継承にかかわる問題という枠を超えていると思うの。場合によっては、ラングリッジとの国際問題にも発展しかねないと思うのよ」
「そ、それは……」
「だからこそ、エレノアには自分の身を守ることを一番に考えてほしいの。大丈夫、私だってこのまま黙ってあなたの代わりに連れ去られるつもりはないし、もしそうなったとしても性悪な第一王子とやらをぎゃふんと言わせてみせるから」
「ルイーズ……」
「でもまずは、ここから二人で脱出することを考えましょう。きっと、何か手があるはずよ」
私がそう言うと、エレノアは俯き加減で躊躇いながらも「わかったわ……」と答える。
過酷な運命を背負いながらも懸命に生きてきたエレノアを、友だちとして放っておけるわけがない。
それに身代わりになることを決めたとはいえ、私だって抵抗を諦めて悪党どもにひれ伏すつもりは一切ない。
とっくに腹は括っている。
この薄幸の王女を守るためなら、そしてここから逃げ出すためなら、なんだってやってやろうじゃないの……!
と拳を高く掲げながら、ひとまず情報を整理しようと思った。落ち着こう。そして、策を練ろう。
まずあの三人は、実行犯なだけで詳しいことは何も知らないはずである。どっちが本物かわからないくらいだもの。重大な情報は何一つ知らされていない可能性が高い。
それに、どう見ても平民だった。二十代半ばくらいのわりには身なりがくたびれすぎていて、だいぶ苦労している感がある。
それなりに統率の取れているところを見ると、お互いに顔見知りなのだろうけど。
一方、依頼主と思われる中二病的ネーミングセンスの『隻眼のハイエナ』が、何をどこまで知っているのかはわからない。エレノアをここで始末するつもりなのか、ここからグレオメールに連れていく気なのかも定かではない。だとしたら、そいつがここに来る前にうまく逃げ出さないと多分まずいことになる。
つまり、事は急を要するのだ。
そこまで考えて、私は自分たちのいる部屋をぐるりと見回した。
逃げ出せるような窓はない。窓どころか、家具や調度の類いもほとんどない。まさに人を監禁するのにおあつらえ向きの、それ以外の使い道がちょっと思い浮かばないくらいの小部屋。出入り口は、鍵のかけられたドアしかない。
それなら――――。
私はエレノアに部屋の隅で身を潜めているよう言ってからドアの前に立ち、縛られたままの両手で力一杯ドンドンとドアを叩き始めた。
その音に驚いた三人が慌てた様子で駆けつけて、ドア越しに大声を上げる。
「な、なんだなんだ!?」
「何やってるんだ!?」
「大人しく――」
「お、お黙りなさい!」
自分の中の『威厳』という『威厳』をどうにかこうにかかき集め、私は傲慢不遜な王女をイメージしながらぴしゃりと言い放つ。
ちなみに、私が会ったことのある王族と言えば、エレノアのほかには自国のクレメンス殿下しかいない。
学園で度々お見かけすることはあっても、いくら当時の婚約者が側近候補としてそばに侍っていたとしても、私自身は殿下とまったく面識がない。だから『王族』と呼ばれる人たちがどんなものなのか正確にはよく知らないし、多分そこまで傍若無人な方々ではないと思いつつも、とりあえずここは思い切って怖いもの知らずの偉そうな王女を演じ切ることにする。
ドア越しにも、三人が一瞬怯んだ気配がするし。
私はそのまま勢いに乗って、高飛車に叫び出す。
「いったいいつまでこのようなところに閉じ込めておくつもりなのです? いい加減、ここから出しなさい!」
「は!?」
「何言ってるんだ!?」
「お、大人しく――」
「お前たち、わたくしが誰なのかわかっているのですか? こんなことをして、ただで済むとでも思っているの!?」
「う、うるさい! 黙ってろ!」
赤毛そばかすと思われる人物が、焦った様子で声を荒げる。でも戸惑ったその声に、やっぱりこの三人はエレノアの素性も何も知らされていないのだろうと確信する。
恐らく、その辺の貴族令嬢としか聞かされてないのだ。まあ確かに、エレノアはその辺の子爵令嬢としてずっと生きてきたわけだけど。
――――じゃあ、真実を知ったら、どうなる……?
私は一世一代の大勝負に打って出るべく、すうっと大きく息を吸って高らかに宣言した。
「わたくしはエレオノーラ・グレオメール、グレオメール王国の第一王女です! 他国の王族をこのようなところに閉じ込めて、許されるとでも思っているのですか!?」
ざわりと空気が動く。
三人が三人とも息を呑んだ気配が、手に取るようにわかる。
ちなみに、部屋の隅で縮こまっているエレノアは私の大袈裟すぎる演技に目を丸くしている。
「……ちょ、ちょっと待てよ……」
「王族なんて、聞いてねえよ……!」
「ほ、ほんとなのか……?」
「さすがにまずいんじゃ……?」
「いや、でも、『ハイエナ』は大した貴族じゃないって……」
「そうだよ。ただ連れてくればいいって言われただけだし……」
「お、俺たちは何も――」
「何も知らなかったで済むとでも思っているのですか!? このすっとこどっこいどもが!」
ドアの向こうで何やらざわつき始める男たちを、私はますます調子に乗って一喝する。
「王族を連れ去り、こんなところに閉じ込めているのですよ? 極刑は免れないと覚悟なさい!」
「い、いや、でも、『ハイエナ』はあの店に来た『金髪に紫目の令嬢』を連れてくればそれでいいって……! あとのことは俺に任せろって……」
「そんなわけないでしょう? お前たちは騙されているのです。王族の連れ去りに関与しておきながら、やすやすと逃げ切れるわけがありません! 大方うまいこと言いくるめられて、その『ハイエナ』とやらに罪をなすりつけられるに決まっています!!」
いや、本当は、多分決まってない。
でもここまでの感じだと、この三人、『ハイエナ』にいいように使われている気がするのよ。なんかこう、素直すぎて、騙されている匂いがぷんぷんするというか。根っからの悪人ではない、本来的には善良な気質が滲み出ちゃってるというか。
だって、現に今、私みたいなぽっと出の小娘にまんまと言いくるめられちゃってるんだもの。
そんな私の荒唐無稽な脅し文句に怯んだのか、ドアの向こうは急に静かになった。
と思ったら、「じゃ、じゃあ、孤児院はどうなるんだよ……?」というつぶやきが聞こえてくる。
「ケヴィン!」
「だってよお、『ハイエナ』は俺たちが『金髪に紫目の令嬢』を連れてきたら、借金はチャラにして孤児院にも手は出さねえって言っただろ? でも俺たちが罪をなすりつけられて捕まっちまったら……」
「……俺たちの借金は、孤児院が肩代わりすることになるのか……?」
「そんなのダメだ! 先生にもあいつらにも迷惑が……!」
……はい。三人が本来は善良な人間であることが、たった今確定しました。
振り返ってエレノアの様子を確認すると、こんなときだというのに何事か察して悲痛な顔をしている。いや、そうなるよね。三人の置かれている状況が、透けて見えちゃったもんね。
これはもう、のっぴきならない重大事態である。
善良な市民が非道な悪党に利用され、搾取される様を黙って見ていられるものですか……!!!
気分だけは王族になりきったままの私は、威厳を保った低い声で尋ねる。
「……孤児院とは、何なのです?」
「あ……」
「私をここから出してくれるのなら、決して悪いようにはいたしません。事情を話してごらんなさい」
「で、でも……」
「……守りたいものが、あるのでしょう?」
そして、数分後。
ガチャリと音がして、ドアが開いた。
次話は「一方、その頃ジークは……」ということで、ジーク目線回です。
ジークの秘めたる想いが明かされます……!




