10 普通にうれしいですよ
意外な答えに、私もエレノアも呆気に取られた。
「……あの、手作りのクッキーは、実はあげたことがあって……」
エレノアは少し恥ずかしそうに俯いて、おずおずと話し出す。
「母国の学園の中等部にいた頃、誕生日でもなんでもないときに興味本位で作ってみたことがあるのです。一応うまくいったし、レンにあげたら喜んではくれたのですが、婚約者でもないのに手作りのものをあげるなんてちょっと重いのでは、という意見もあったりして……」
「それ、誰に言われたの?」
「その頃仲良くしていた友だちとかに……」
うーん。それは、そうかもしれないけど。
「まあ、価値観は人それぞれだと思うんでこれは俺個人の意見ですけど、余程嫌いな人からでない限り、プレゼントは何をもらっても普通にうれしいですよ。手作りでもなんでも」
「そういうものですか……?」
「そうよそうよ。レンナルト様はエレノアがくれるものなら、なんでもうれしいと思うわよ?」
二人は多分両想い、いや確実に、もう絶対に両想いしかあり得ないでしょう! という揺るぎない謎の自信がある私は、ちょっと前のめりになって力説する。好きな人からもらうものなら、なんだってうれしいはず。
それにしても、ジークが誕生日に『手作りのクッキー』をほしがっているとは思わなかった。なんでだろう?
『手作りのクッキー』なんて、私にとってはちょっとしたトラウマである。事件(?)直後は「金輪際クッキーと名のつくものは絶対に作らないからあぁぁぁ!」と叫びながらいじけていたけど、ジークのためだったら次の誕生日には作ってあげようかな、と思った。
そういえば、あのときのクッキーは少し落ち着いてからジークと二人で裏庭で食べたんだっけ。「普通においしい」とか言いながら、次々と口に運んでいたたジークを思い出す。いや、冷静に考えたら「普通に」はいらなくない?
「ちなみに、エレノア嬢としてはどういうプレゼントを考えていたのですか?」
あれこれ言っていたわりにはだいぶ親身な様子でジークが尋ねると、エレノアは「それが、まだ何も……」と答える。
「今まではレンがほしいと言ったものをあげるというのが恒例になっていたこともあって、一人ではなかなかいいアイディアが思い浮かばなくて……」
「じゃあ、これまでの誕生日にはどういったものをあげたのですか?」
「そうですね、オーソドックスに刺繡入りのハンカチがほしいと言われたこともありますし、ブックカバーとか、筆記用具の類いを頼まれたこともあります。あとは剣術用の革の手袋とか、イヤーカフなどのアクセサリー類をあげたこともありました」
「わりとありとあらゆるものをあげていますね」
「幼い頃からずっと一緒だったので……」
その言葉で、私は唐突にオズヴァルド様と婚約していた六年間を思い出していた。
オズヴァルド様の誕生日が近づいてくると、私も何をあげたら喜んでくれるかと一日中頭を悩ませていた。婚約したての頃はまだ幼かったから、庭に咲いていた花を押し花にして栞を作ったり、それこそ何枚ものハンカチに拙い刺繍をして贈ったりした。
中等部に入ってからはちょっと背伸びをして、王都のアクセサリーショップで買った精霊石のペンダントとかルーン文字の刻まれたブレスレットとかを贈ったんだった。あの頃は、そういう「格好いい」魔除けアクセサリーがまわりの男子の間で流行っていると聞いたからである。あとはなぜか、片目用の黒い眼帯とか片手だけの黒い手袋とかも流行っていたらしい。なぜ中等部男子に片方だけの黒い小物が人気だったのかは、よくわからない。
それにしても、あの頃の私、ほんと健気だったわ。
真っすぐにオズヴァルド様ただ一人を想い続けて、プレゼントに思い悩んで、クラスメイトの男子たちに「今一番ほしいもの」を聞いて回って、王都の怪しいアクセサリーショップに息せき切って駆け込んで、それなのにまさかあんなにあっさり裏切られる未来が来るなんて、思いもしなかった。あーあ。
ちょっとだけ暗い気持ちが呼び起こされて遠い目をしていると、「ルイーズ?」と声をかけられる。
「どうかしたの?」
「ちょっと、自分の『黒歴史』を思い出しちゃって……」
「黒歴史……?」
エレノアはすぐにピンと来たらしく、なんだか心配そうな顔つきになる。
実はエレノアには、オズヴァルド様とのことはすっかり話してあった。
エレノアが自分の気持ちを正直に暴露してくれたときに、お返しというわけではないけれど私も全部話したのだ。
大好きだった婚約者が別の令嬢に心変わりしたことも、その結果婚約が解消になったことも、失恋の痛手を乗り越えるために心機一転留学を決めたことも、ジークがついてきてくれたことも。
忘れかけていた胸の痛みをどうにか頭の隅に追いやっていると、ジークが「あ」と何事か思いつく。
「思い切って、王都の街へ出て何か探してみるというのはどうですか? この国にしかないものがあるかもしれないし、いろいろ探して歩くのも楽しいのでは?」
なかなかの妙案に、エレノアも「そうしてみようかしら」と顔をほころばせる。
「ねえ、ルイーズも一緒に行かない?」
「いいの?」
「もちろんよ。あ、でも、このことはレンには内緒にしてもらえると……」
頬を赤らめ恥じらう友だちが、いじらしくて可愛すぎた。
◇・◇・◇
翌週、早速私たちはラングリッジの王都の街へと繰り出した。
「レンナルト様に怪しまれなかった?」
「ルイーズたちが身を寄せるフォルシアン侯爵家に招待されたって言ってきたから、大丈夫よ」
アリバイは完璧である。
ラングリッジの王都の街は、自国とはまた違った雰囲気で興味深い。『知の国』と呼ばれるせいか、本屋が多い気はするけれど。
この日のために、ラングリッジ出身のクラスメイトたちに「誕生日プレゼントを買うのに最適な店」をこっそり聞いて回り、リサーチも済んでいる。いくつか候補の店はあるのだけど、「革ひもとジュエリーで自分だけのブレスレットを作れる店があるのよ」と教えてくれた子がいて、今日の一番の目的はその店に行ってみることである。
「ブレスレットを作るときに、金とか紫とかのジュエリーを使うっていうのはどう?」
大通りからごちゃごちゃとした小道に入り、ちょっと薄暗い路地を歩きながらそう言うと、エレノアは一気に怪訝な顔になる。
「……私の色を入れるってこと?」
「そうそう。レンナルト様、絶対喜ぶと思うんだけど」
「そんなの、告白しているようなものじゃないの。無難にレンの色のジュエリーを使うつもりよ」
「いや、それとなーく、素知らぬ顔で、使ってみたら? 案外バレないかも」
「普通にバレるでしょう?」
珍しく食いぎみで返すエレノア。どういうわけか、自分の気持ちをレンナルト様に知られるのだけはどうしても避けたいらしい。
無理強いするつもりはないけれど、頑なすぎるエレノアの態度に妙な引っかかりを覚えていたら。
「ルイーズも、一緒にブレスレットを作るのよね?」
訳知り顔で、エレノアが唐突に言い出す。
「え、私も?」
「ジークヴァルド様にあげるんでしょう?」
「え?」
「金と紫のジュエリーを使って」
「え? なんで?」
「だって――――」
エレノアの答えが返ってくるより数秒早く、突然私たちの前に見知らぬ三人の青年が立ちはだかる。
無言で行く手を阻む青年たちはだいぶ薄汚れた身なりをして、飢えたような目だけがギラギラと澱んだ光を放つ。
「な、なんですか、あなたたち――」
「二人とも、大人しく俺たちについて来てもらおうか」




