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第36話「嫌われ者の凱歌」

 しーーーーーーーーーーーーーん……。



 静まり返った闘技場。



 そして……。



 天井にぶっ刺さる奇妙なオブジェクト。

 それぞれ二本の棒が伸びる悪臭漂う汚いもの。これは死体でしょうか?────いいえ、『放浪者(シュトライフェン)』です。



「って、うっそーーーーーーーーーん?!」



 オーマイガと、頭を押さえるギルドマスター。

 勝敗は下せるのは審判である彼だけなのだが、今や茫然自失。


 ガックーンと膝をつき「OTL」の姿勢のまま硬直している。


 それもそのはず。100%勝てるはずの相手に、さらに完全を期すため100%勝率を上げる工夫を凝らしたのだ。


 しかも違法すれすれ────というか、ほぼ真っ黒な、色々グレーな方法を使ってでもだ。

 つまり200%勝てるはずが────……結果完全敗北!!


「おい、俺の勝ちだろ? いい加減、ジャッジを下せよ」


 ロード達は天井に突き刺さったまま身動きもしない。

 ピクピクと足が痙攣しているところを見るに、一応生きているみたいだが────どうだろう?


「い、いやまて────だって、そんな」

 

 あわあわとパニックを起こしているギルドマスターに、さすがに観客もざわつき始める。

 さっきまで金返せと連呼していた連中だが、その声が徐々に怒驚きに変わり始めるのはそう遠くなかった。


 くそ試合だと思っていたのが、ロード達の猛反撃。

 そして、大番狂わせの勝利!!


 D級 VS S級

 そして、1対4の多勢に無勢!!


 勝てるわけがない。

 勝てたらおかしい。

 絶対あり得ない──────!!


   なのに!!


   レイルが勝利したのだ!!



 どよ……。


 どよどよ……。


「お、おい。ど、どうなったんだ?」

「わ、わかんねぇけど───なんかトラップの誤作動?」

「いや、トラップなんてありの試合だったっけ?」

「し、知らねぇけど───……ロード達が負けた?」


 ざわっ!


「ば、ばかな! ロード達だぞ?」

「そうだ! S級だぞ! しかも4人!!」

「相手はD級で一人……! ありえねぇ!」


 ざわざわっ!!


「ありえねぇけど……」

「ありえねぇけど───……」

「ありえないんだけどッッ!!」


 ざわざわざわっ!!


「「「レイルの完全勝利じゃないか?!」」」


 ドワッァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 突如沸き返る会場。

 困惑、期待、そして困惑───……。

 だが、徐々にその色が変わり始める。


 最初は掛け金のこともあり、否定的に見ていた冒険者や観客たち。

 しかし、彼らの目の前で繰り広げられたのはレイルの完全試合!!


「「嘘だろ。レイルの奴勝ちやがった……」」

「「【盗賊(シーフ)】ってあんなに強いのか? 一瞬でトラップを設置しやがったぞ?!」」

「「おいおい、DランクがSランクを圧倒しちまったぜ────こ、こりゃすげぇ」」


 彼らとて冒険者。

 そして、到達点としてS級を夢見る者たちだ。


 だが、届かない。

 D、C、Bで甘んじるものが大半で、届いてもA級……。


 S級なんて夢のまた夢──────。


 なのに!!


 その夢の階級にD級の冒険者が単独で勝利した!!


 それはまさに冒険者ドリーム!!

 そう。一瞬にして会場の空気はレイルの鮮やかな勝利に飲まれてしまったのだ。


 あの疫病神と言われたレイルの完ぺきな勝利に……!


 ざわ。


「「すげぇ……」」


 ざわざわ。


「「レイル……。レイル・アドバンス!」」


 ざわざわざわ!!


「「あの野郎一人で『放浪者(シュトライフェン)』を倒しやがった!! 凄い男だ!!」」


 ざわざわざわ!!

 ざわざわざわ!!


「「レイル」」


 ざわざわざわざわざわ!!

 ざわざわざわざわざわ!!


「「「レイル!!」」」


 レイル!!!

 レイル・アドバンス!!


「……あ? なんだこれ? なんだこいつら?」

 敵意しか向けられていなかったはずの会場において、さざ波のようにレイルの名前が叫ばれはじめる。

 その声にはあざけりが一切含まれていない。

 もちろん、レイルには初めての経験だ。


「「レイル!! レイル!!」」


「お、おい?」


 疫病神でもなく。


「「レイル!! レイル!!」」


「俺の名前……?」

 万年Dランクでもなく。


「「レイル!! レイル!! レイル!!」」


「俺を…………讃えているのか?」


 一人の冒険者として名前を呼ばれるレイル。


「───俺を…………?」


 その名を呼ばれる会場を不思議そうに見渡した後──。

(あぁ、そうか。あの村での歓喜と同じ───……これは、)

 軽く目をつぶったレイルは、少しだけ歓声に身を任せた。


(これが──────!)


 ───これが勝利するということか!!


「は、ははは……」


 レイル、レイル、レイル!

 名前を呼ばれるたびに熱に浮かされたようなフワフワとした感じを味わった。


 それはあの開拓村で受けた歓喜と同じもの。

 レイル・アドバンスが求められ、この場に────この世界にいていいと認められた証……。



 ──だから、レイルは答えた。



 生まれて初めて、熱狂する声援に自ら答えた。


「「「レイル!! レイル!!」」」


 ギルドマスターが勝利を宣言できぬ中、グッとこぶしを握り締め────!


 空に向かって突き上げる!!






 勝った──────と!!






「「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」


 レイル!! レイル!! レイル!!



 この瞬間、レイルは勝利者となった。



 もはや、ジャッジは必要ない────。

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