第33話「正々堂々(前編)」
模擬戦開始!!
「「「「「はじまった!!」」」」」
どわッ!!
と、沸き返る会場。
ギルドマスターの合図を境に始まる模擬戦に、熱狂する冒険者たち!
「「いっけーーーー! 『放浪者』」」
「「疫病神をぶっ殺せぇぇぇええ!」」
模擬戦で殺しも何もないものだが、Sランクの攻撃を受ければDランクのレイルなど「ブチュっ」と本当に潰されてしまうだろう。
「おらぁぁああ! この一撃で決めてやる!」
「俺にも残しとけよ、ロードぉ!」
前衛二人の攻撃!
肉壁に努めるラ・タンクのタワーシールドを足場にしてロードが猛禽類のように突っ込む!
「ふんッッ!!」
一本の剣のようなロード!
その鋭い一撃が剣に乗り、鋭い剣先でレイルを貫かんとする!!
(ち……! 絶対殺そうとしている一撃だよな──)
何が模擬戦だよ。
レイルは冷静に動きを呼んで余裕をもって回避に移る。
「これでも盗賊なんだね! 敏捷にはちょっと自信があるんだ」
「な、なに!?」
激昂したロード達は扱いやすくていい。
しかも、敏捷値を上昇させていたため、レイルにも互角以上にロード達の戦闘速度についていくことができた。
「コイツ──?!」
必殺の一撃を躱されたロードが驚き、レイルの姿を目で追う。
しかし、そこに見たのはレイルの余裕の笑い顔のみ。
「どうした? 動きが鈍いぞ?」
「く……!」
そこに、
「どけ、ロード!! おらぁ──レイルてめぇ、よそ見してんじゃねーーーー!!」
ラ・タンクが騎馬突撃を思わせる強力な刺突を繰り出してきた。
「くらえ、重騎士重槍撃ッッ!」
ラ・タンク、必殺の一撃。
あまりの威力に空気が渦巻いている様子すら見えた。
ドゴォォォオオオオオオン!!
必中距離で炸裂するラ・タンクの大技!
これで決着…………。
あれ────?
「な、なんだ……」
激しい破壊音とともに、風を切った一撃は確かに強力。
しかし、勢いが急激に衰えレイルに易々と躱されてしまう。
「おやおや? どうしたどうした~?」
「ぐ────なんだこれ?」
さらに一撃を繰り出そうとしたラ・タンクだが、どうも様子がおかしい。
「おぇ……」
ガクリ──と膝をついたラ・タンク。
「ラ・タンク?! 何をして────う……!」
そして、ロードの様子にも異変が。
突如、大量の脂汗を流し始めたロード。
「ど、どうして急に────ぐぐぐ……、む、胸が」
二人して、胸部を抑えてしゃがみ込む。
「……あれれ~、ひょっとしてお前ら────」
トン……と、レイルがラ・タンクの槍に乗って、体重をかけつつ『放浪者』をチョイチョイと軽く挑発する。
「くくく。なん~か悪いもんでも食ったんじゃないのか?」
レイルが言い切らないうちに、前衛二人が身動きできなくなる。
「くそ……うげぇ」
「な、何がおこった──? ゲホっ」
ついに武器を取り落とす二人。
ざわざわ!!
ざわざわ!!
「ど、どうしたんです? ロードさん? ラ・タンクさん?!」
「ボフォート! 何か様子がおかしいわ────って、あれ? なんか、苦し……」
そして、後衛の二人も────カラーン……! と、得物を取り落とした。
「く……? これは?」
人一倍復讐に燃えていたボフォートですら、魔法の詠唱もできないほど顔面を蒼白にし、冷や汗をびっしりと掻いていた。
そして、一人余裕そうに立っているレイルを見てハッと気付いた。
「れ、レイルさん! あ、貴方一体────……」
「はは。効果てきめんだな」
スタスタと槍の上を歩いて、かろうじて上体を起こしているラ・タンクの顔面に、
「おらぁぁあああ!」
バッキィィィイイ!! と強力な蹴りをブチかます。
「ぐは!!」
それを受け身も取れずにまともに食らったラ・タンクが鼻血を吹いて今度こそ背後にぶっ倒れる。
「ち、さすがに固いな──」
「ゲフゲフ……! な、なにをしたんですか! 貴方はあぁっぁああ!!──うぷッ」
「おげぇぇぇえ……! うげぇぇええ」
床に臥してバタバタと暴れるラ・タンク。
ボフォートは口をおさえ、ロードはレイルに背を向けてゲーゲーと吐き続ける。
それを見ていた最後の『放浪者』──セリアム・レリアム。
彼女も胸を抑えつつ、
「ま、まさか?! これは──────毒?! ぐ…………」
彼女も顔を真っ青にすると、口元を抑えてドサリと腰を落としてしまった。
「おええええええ……!」
美しい顔を歪めてビチャビチャと吐しゃ物をまき散らす。
「ぺッ。……なんてこと!! い、いつのまに────?! げ、げどく、解毒魔法を……」
「はは。無駄だよ」
ニヤリと笑ったレイルが「ジャーン!」とばかりに、懐から小瓶を取り出し、おどけて掲げる。
「こいつはドラゴンすら殺せる薬────……もちろんかなり薄めておいたけどね。ゴブリンで実験してみたら、死にはしないけど、げーげー吐いて、しばらく動けなってたぜ」
「ば、バカな?! い、いつの間に仕込んだって言うの?!」
「おえええ……!」と、人目も憚らず吐き戻しながらも、なんとか解毒魔法を詠唱しようと試みるセリアム・レリアム。
だが、ブルブルと震える体はまともに詠唱するできない。
「無駄無駄。試してみて気付いたんだけど、コイツには魔力を低下させる成分もあるんだぜ?」
「は、ハッタリよ! 毒を仕込むなんて不可能、な──はず……おええっ」
「あっそ?」
あの商人から買ったドラゴンキラーの毒の中には、魔力を破壊する成分も含まれており、魔法の発動を阻害する。
吐しゃ物と脂汗とともに魔力すら流れ出しているのだ。
「く……! 馬鹿な──おぇぇええッッ!!」
ついには、4人全員が動けなくなる始末。
その様子に一番驚いているのは、レイルでもロードでもない。
「「「お、おい……どーなってんだあれ?」」」
「「「な、なんだぁ? 自滅? 同士討ち? なんで『放浪者』が倒れてるんだよ?!」」」
ザワつく観客席。
「「「や、やばい!!」」」
「「「やばいぞ!!」」」
お、お、お、
「「「俺たちの掛け金がやばいぞぉぉおおおお!!」」」
騒然とする闘技場に、ギルドマスターも顔面蒼白だ。
ここでロード達が負けるようなことがあれば、ギルドマスターは胴元として大損をしてしまう。
もし、レイルに金貨でも賭けるようなもの好きがいればそれだけで破産しかねない。
「ま、待て! レイル貴様何をした?! ど、毒をばら撒くなんて卑怯だぞ!」
4対1を強いておきながら、どの口でほざくのかわからないギルドマスターに、
「卑怯~~~?? はっ、別に撒いちゃいないさ。なぁ、マスターよぉ。文句あるなら持ち物を調べてもみろよ。散布毒なんて持ってないぜ?」
そういって、服のポケットなどを裏返して見せる。
手に持つドラゴンキラーはともかく、ろくな武器もない。
正真正銘、レイルの身の回りにはどこにも何もなく、パラパラと古着からの埃が落ちるのみ。
「て、てめぇポーションももたずに、俺たちに挑んだのか? な、舐めやがって────……」
「おぉ? やるな、ロード。さすがSランク様だ」
レイルの挑発にのることなく、不屈の精神でロードが立ち上がる。
なるほど──さすがは、勇者と目されるだけはあるも猛者だ。
そして、タフネスが売りのラ・タンクもグググと体を起こす。
「な、舐めんなよ──チンケな毒なんか俺に効くものかよ!」
「いや、効いてる効いてる」
ガクガクと生まれたての小鹿のよう。
「そうだ! ぽ、ぽぽぽ、ポーション! 皆さん、ぽぽぽ、ポーションを飲むんです。解毒はできませんが、体力は回復します──ま、魔力だって……」
震える体で、腰のポーション入れから高級ポーションを取り出したボフォート。
「そ、そうか! おい、皆!!」
コクリと頷くボフォート。
そのままブルブル震えつつ、セリアム・レリアムにも飲むように言った。
「聖女様────貴方が一番に飲むのです。そして、なんとか解毒魔法を! 貴方の魔法ならこんな毒」
「ち。させるか!」
一気に肉薄するレイルに、ロード達が迎撃を開始する。
──状況判断。
ここは攻撃するべきだ!
「ぐ……。ラ・タンク。できるな?」
「す、数秒程度なら……」
セリアム・レリアムが要だと理解した『放浪者』の面々はフラフラになりながらもフォーメーションを組み、セリアム・レリアムを狙うレイルを迎かえ討つことにしたようだ。
……いや、迎撃なんてできない────だから、時間を稼ごうとする。
「セリアム・レリアム──覚悟ぉぉおお!」
レイルが『盗賊』自慢の俊足を生かして低い姿勢でセリアム・レリアムを狙う。
「させるか!──ラ・タンク、俺たちも!!」
「お、おう!!」
なんとか力を振り絞り、一息でポーションを飲み干すロードとラ・タンク。
背後に投げ捨てるようにポーションの空き瓶を「パリィン!」と投げ捨てると、セリアム・レリアムがポーションを飲み解毒魔法を唱える時間を作る。
そう。何としてでも作る!!
解毒魔法をかけられるか否かが勝負の時!!
「させるかレイルぅぅうううう!!」
「ここは通さねぇぞぉぉお!!」
最強の前衛ロード&ラ・タンク!
「どけッ!!」
レイルの肉薄攻撃を打ち崩さんとして、ロードたち二人が死力を振り絞る──────────!!
このままでは、セリアム・レリアムに回復され……。
「……間に合ったわ!」




