32:従妹との対決②
本日は2話更新です。
まさか、マデリーンが魔力暴走を引き起こしてまで私の魔力を奪おうとするとは思わなかった。
マデリーンは後先を何も考えていないみたいだ。魔力暴走が自分の体にどれだけ負担がかかるのか、周囲にどれだけの被害をもたらすのか、本当に何も。
それだけ私のことが疎ましく、そしてマデリーン本人も追い詰められている状況なのかもしれない。
私はマデリーンを防御魔法の中に閉じ込める。
スノウが魔力暴走を引き起こした時は領地中が氷漬けになってしまった。
マデリーンの適性魔法は水魔法だ。彼女の魔力暴走は洪水を引き起こし、人も建物も押し流してしまう可能性がある。
「皆、この場から早く逃げてください!! 誰か、そこに倒れている騎士も連れて行って!!」
私の指示に、領民たちが慌てて従った。
「馬鹿ねぇ、ルティナ。魔力を奪う魔法はすでに発動しているのよ? 他人のことより自分のことを心配しなさいよ。あなたのそういう偽善が昔から大っ嫌いなのよね」
確かに、どんどん魔力を吸い出されているのを感じる。いつまで防御魔法を維持出来るか分からなかった。
でも、マデリーンのほうも良い状況ではないようだ。
彼女の体から強い魔力が発生していて、口では優位なことを言いつつも顔が真っ青になっている。
『他人から魔力を奪う魔法』をかけられている私は体調の問題はないのに、魔力暴走状態のマデリーンのほうがどんどん体調が悪くなっているのは皮肉だった。
ふと、魔力を奪われる感覚が急に途切れた。
一体どうしたのだろうと防御魔法の中のマデリーンを注視すると、彼女の周囲に大量の水が発生していた。
魔力嵐が起きていて、水が巨大な渦潮のように暴れまわり、防御魔法を壊そうとしている。
「ああぁぁぁ!!! 頭が割れるように痛いわ!!! 誰か、私を助けて!!! る、ルティナ、お願いよぉぉ!!!」
魔力嵐の中心にいるマデリーンは呼吸は出来るようだけれど、顔色が紙のように真っ白になっている。私に必死で手を伸ばして懇願していた。
もはやマデリーンの意思では水魔法を止められないのだろう。
早く魔力暴走を止めてあげたいけれど、私には彼女をねじ伏せるだけの魔力は残っていなかった。むしろ防御魔法の維持すら危うい。
「防御魔法よ、持ち堪えて……っ!」
残された魔力を注ぎ込むが、ついに防御魔法が破られてしまった。
周囲に魔力嵐が吹き荒れ、私の目の前に巨大な水の渦が迫る。
――ああ、もうダメだわ……。
「〈氷晶の鎖よ、敵を拘束せよ〉」
私が諦めかけた途端、スノウの詠唱が聞こえた。
巨大な水の渦は凍り始めて、長く強固な氷の鎖と変化し、そのままマデリーンの体を拘束した。
どうやらスノウがマデリーンの水魔法を乗っ取って、氷魔法に利用したらしい。
いくら水魔法と氷魔法の相性が良くても、相手の魔法を乗っ取るなんて、とても難しいことなのに……。
スノウがあっさりとマデリーンをねじ伏せると、彼女の魔力暴走が止まった。
その途端、マデリーンが持っていた魔石が真っ白にヒビ割れて、私の魔力が戻ってきた。
「ご無事ですか、義姉様?」
「……ええ。スノウのおかげで助かりましたわ。ありがとうございます」
「アンネロッテが報せに来てくれたおかげです。間に合って良かった」
「アンネロッテや広場にいた領民たちは皆無事ですか?」
「はい。義姉様が防御魔法を張っている間に、広場の外へ全員避難しました。騎士たちもそろそろ到着します」
「そうですか。よかったわ……」
スノウがそう言っている間に騎士たちが現れて、気を失っているマデリーンを連行していった。
絶望からの急展開で、私はその場にへたり込んでしまう。
スノウは慌ててこちらに駆け寄った。
「義姉様、大丈夫ですか!?」
「……ごめんなさい。どうやら安心して、力が抜けてしまったみたいですわ」
この後は事後処理で忙しくなるというのに、なんという体たらくかしら。
きっと今頃、父やエイベル侯爵家にはすでに連絡がいっているでしょう。
父が王都に駛馬を飛ばせば、事態を聞いたアラスター殿下がこちらにやって来ることになる。
マデリーンの様子だと無断で城から出たようだし、魔石や禁止薬物を盗み出している。マデリーンはアラスター殿下の婚約者から下ろされるだけでは済まないでしょうね……。
暗い表情を浮かべる私を見て、スノウは何を思ったのか上着を脱ぎ、それを私の頭から被せた。
そして私を抱き上げる。
「ひゃあっ!? スノウ、急に何をするのですか!?」
「義姉様はお疲れのご様子です。急いで屋敷に帰りましょう」
彼は騎士たちに「後は頼んだ」とその場の処理を任せると、私を先に馬に乗せてから自分も前に騎乗した。
「す、スノウ、あなたは騎士たちといたほうが……」
「問題ありません。僕一人いなくても事後処理くらい出来ます。僕は義姉様のほうが心配だ。とにかく今は休んでください」
スノウの馬は二人分の重さなど平気な様子で走り始める。
彼の広い背中に寄りかかっていると温かくて、なんだかどうしようもなく胸が痛い。
確かにスノウの言っていた通り、私はすっかり疲れ切っていたらしい。目を閉じた途端に、涙が頬を伝った。
「ふ、ぅぅ……っ」
拭っても拭っても、涙が止まらない。
スノウが上着を被せてくれたのはこのためだったのかと、今さら理解する。自分のことなのに、自分が泣きそうになっていたことにも気付いていなかったわ。
前方からスノウが声をかけてくる。
「……傷付いていて当然ですよ。長年信頼していたマデリーン嬢に裏切られて、自分の努力や才能で築いてきた場所を奪われて。それでも腐らずに新しい道を進もうとしていたのに、今度は面と向かって裏切りを突き付けられて。優しい義姉様が平気でいられるわけがないです」
そんなふうに慰められたら、余計に涙が止まらなくなってしまう。
「義姉なのに、……情けなくて、恥ずかしいです……っ」
「ルティナ」
スノウが私の名前を呼んだ。
その声音がとびきり優しくて、男性が愛しい女性に向ける特別なものなのだと、さすがの私も気が付いた。
「好きなだけ泣いてください」
「う……っ、うわぁぁん……っ!」
スノウに甘やかされて、私は彼の背中に顔を埋めて子供のように泣きじゃくる。
そんな私の姿が誰にも見られないようにと、スノウは人気のない道を選んで屋敷まで運んでくれた。
こうして私とマデリーンの縁は切れたのだった。




